気候変動問題、基準年をいつにするべきか

2015年04月27日 14:00
アバター画像
国際環境経済研究所理事・主席研究員

(IEEI版)

日本の2020年以降の削減目標の「基準年」はいつになるのか。一般の方にはそれほど関心のない地味な事柄だが、しかし、基準年をいつにするかで目標の見え方は全く異なる。交渉プロセスにおいては必ず、各国の削減努力の公平性が議論されるので、いわゆる交渉官は基準年の違いによって生じる「見かけの削減量」の大小に騙されることはない。しかし一般社会は削減量の数字の大きさに左右されるので、削減目標を議論するにあたってそれほど軽視して良いものでもないのだ。

現在国連に約束草案を提出している各国の目標を、基準年を変えて比較した表を作成したのでご覧頂きたい。各国・地域ともに、数字が最も大きくなる基準年を選んでいるということがわかるだろう。

(図表1)

これまでの枠組みにおける「基準年」

京都議定書は1990年を基準年と置き、そのときの排出量と比較して、第一約束期間と言われる2008~2012年までの5年間での排出量削減率を定める仕組みであった。日本は▲6%、EUは▲8%、ロシアは0%といった具合である。

2013年以降2020年までの枠組みを定めるカンクン合意(2013年)は、現在議論されている2020年以降の枠組みの素地となるもので、各国が自主的な目標を掲げる仕組みであった。

当然のことながら基準年も統一されていない。米国は2005年比で▲17%、ロシアは1990年比で▲15~25%(前提条件付き)、EUと豪州は同じ期間ではあるが京都議定書第二約束期間の目標として1990年比でそれぞれ▲20%、▲0.5%という具合だ。なお、豪州については、2020年単年では基準年を2000年として▲5%という目標も提示している。いわゆる見かけの削減量が、そのほうが大きくなるから2000年にしたというためだ。2000年比▲5%は、90年比▲2.6%だ。

なお、我が国は民主党政権時代に1990年比▲25%削減を掲げたが、2013年11月に2005年比▲3.8%に目標の差し替えを行っている。

(図表2)
(注1・図表2出典

2020年以降の枠組み

2020年以降の枠組みも各国が自主的に目標を掲げそれをレビューしあう仕組みであり、基準年も目標年限も各国に任されている。これまでに国連気候変動枠組み条約事務局に目標を提出した国の目標を整理すると下記のとおりである。

実はまだ加盟195カ国のうち目標を提出した国はわずかで、先進国の中でもカナダや豪州、韓国、中国・インドといった新興大排出国は目標を提出していない。そのため、全体の傾向を語るには無理があるが、例えばスイスはシンプルに1990年比で2030年には50%削減、2021~2030年までの平均排出量で35%削減を目標として掲げている。メキシコは対策を行わなかった場合に(Business As Usual)排出されたであろう2030年の排出量と比べて25%削減することを目標として掲げ、2026年には排出のピークを迎え経済成長と温室効果ガス排出量のデカップリングが起こること、GDP当たりの排出を2013年を基準として約40%改善することなども示している。

(注2・各国が国連に提出した約束草案については下記で確認できる。国連気候変動枠組み条約サイト

我が国はどう考えるべきか

我が国の削減目標について、基準年を設定するとすればいつにするのが考え方として正しいのであろうか。4月17日付けの毎日新聞報道によれば、経産省は東京電力福島第1原発事故後となる13年を主張し、環境省は「基準年を何度も変えると国際的な信頼を損ねる」として、05年を主張しているという。(毎日新聞15年4月17日記事)

それぞれの主張に一理あるとは思うが、しかし、原発事故の影響により我が国のエネルギー政策はゼロベースで考えなおすことになった訳であるから、2013年あるいは14年といった「今の日本」を基準にする方が受け入れやすいし、削減目標について現実に即した議論ができるのではないか。2005年当時我々がどのような状況にあったかは少なくとも筆者は既に忘却の彼方であり、肌感覚を持ってそのレベルからの削減努力を議論することはできない。

EUは相変わらず1990年を基準年としているが、それは基準年を変えないことで国際的な信頼を得られるからではなく、単に自分たちの削減目標が大きく見えるからだと理解するほうが普通だろう。それが証拠に、EUは今年2月、2050年までに世界全体の排出を2010年比で60%削減する長期目標を提案している。世界全体の削減については2010年を基準とし、自国の削減については1990年を基準とするというのは、まさにダブルスタンダードではないだろうか。もはや四半世紀以上前のデータを「基準」として使うことに対して、我々は説明を求めていくべきだろう。(欧州委員会ENERGY UNION PACKAGEのP5参照)

約束草案提出に向けて

2020年以降の枠組みにおいては、基準年も年限も、そして総量目標であるのか原単位目標であるのか、はたまた行動計画であるのかも統一されていない各国が出してくる約束草案に対して、どう努力の公平性を評価し野心を引き出していくかが肝となる。求められるのはどこかの国にあわせて基準年や年限を置くことではなく、その根拠について説明責任を果たすことだ。

日本政府がいま目標に織り込もうとしている省エネ目標は本当に達成できるのか、再エネの導入はそこまで拡大できるのか、国民運動はどこまで広がりを持ち生活のなかの排出を抑制できるのか。目標の内訳を見ていると様々な不安要素がある。政府には、国連交渉の場だけでなく、そのコストを負担する国民に対して、目標の意味するところを説明する義務がある。温暖化を「自分事」として捉え行動する国民を増やすためにも、目標策定のプロセスから丁寧に国民と共有していく必要があるだろう。

(2015年4月27日掲載)

This page as PDF
アバター画像
国際環境経済研究所理事・主席研究員

関連記事

  • 東電は叩かれてきた。昨年の福島第一原発事故以降、東電は「悪の権化」であるかのように叩かれてきた。旧来のメディアはもちろん、ネット上や地域地域の現場でも、叩かれてきた。
  • アゴラ研究所の運営するエネルギーのバーチャルシンクタンクであるGEPR(グローバルエナジー・ポリシーリサーチ)はサイトを更新しました。
  • 本年1月に発表された「2030年に向けたエネルギー気候変動政策パッケージ案パッケージ案」について考えるには、昨年3月に発表された「2030年のエネルギー・気候変動政策に関するグリーンペーパー」まで遡る必要がある。これは2030年に向けたパッケージの方向性を決めるためのコンサルテーションペーパーであるが、そこで提起された問題に欧州の抱えるジレンマがすでに反映されているからである。
  • アゴラ研究所の運営するエネルギー・環境問題のバーチャルシンクタンクGEPRはサイトを更新しました。 今週のアップデート 1)企業家が活躍、米国農業-IT、遺伝子工学、先端技術を使用 米国の農業地帯を8月に記者が訪問、その
  • ロシアからの化石燃料輸入に依存してきた欧州が、ロシアからの輸入を止める一方で、世界中の化石燃料の調達に奔走している。 動きが急で次々に新しいニュースが入り、全貌は明らかではないが、以下の様な情報がある。 ● 1週間前、イ
  • いまや科学者たちは、自分たちの研究が社会運動家のお気に召すよう、圧力を受けている。 Rasmussen氏が調査した(論文、紹介記事)。 方法はシンプルだ。1990年から2020年の間に全米科学財団(NSF)の研究賞を受賞
  • 日経ビジネス
    6月21日記事。ドイツ在住の日系ビジネスコンサルタントの寄稿。筆者は再エネ拡充と脱原発を評価する立場のようだが、それでも多くの問題を抱えていることを指摘している。中でも電力料金の上昇と、電力配電系統の未整備の問題があるという。
  • 長崎県対馬市:北海道の寿都町、神恵内に続く 長崎県対馬市の商工会は、高レベル放射性廃棄物の最終処分場の選定問題に3番目の一石を投じる模様である。 選定プロセスの第1段階となる「文献調査」の受け入れの検討を求める請願を市議

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑