福島の除染「1ミリシーベルト目標」の見直しを(下)?パニックが政策決定に影響
福島の除染「1ミリシーベルト目標」の見直しを(上)— 意味はあるのか」から続く

(除染の状況、環境省ホームページより)
民主党政権の失政、無責任な除染決定
それでは1ミリシーベルト(mSv)の除染目標はどのように決まったのだろうか。民主党政権の無責任な政策決定が、この問題でも繰り返された。
民間団体の国際放射線防護委員会(ICRP)は各国に放射線の安全基準を提言している。2008年公表の勧告111号で、原子力災害では「緊急時には100mSv、事故の収束過程では1mSvから20mSvを目標に被ばく対策を行うべきだ」と提案した。(GEPR記事「放射線防護の重要文書「ICRP勧告111」の解説 ― 規制の「最適化」「正当化」「住民の関与」が必要」)
これは20mSvを被ばくすると健康被害が起こるという意味ではなく、放射線から身を守るための目標値だ。また基準は勧告であって、どのように下げるかは、それぞれの地域住民の参加の中で決めるべきとした。日本政府もこの勧告を採用して、「20mSvを当面の目標にして、長期的に1mSvまで下げる」と、11年9月に有識者を集めた内閣府の会議で決定している。(内閣府「低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ」
など)
大規模な放射性物質の拡散がすでに起こっていない以上、時間の経過と共に雨や風による水や土の動きによって放射性物質はさらに拡散し、地域の放射線量は減少していく。そうした時間の経過も利用することにした。
ところが原発事故後に、放射能をめぐって一部の人によるデマが拡散した。放射能への恐怖が強まる中で「自然被ばく量は年1mSvだからそこまで下げなければならない」という、意見が唱えられるようになる。放射線関連の医師などの専門家でその説を主張する人はほとんどいなかった。
福島の各市町村議会は「1mSvまでの除染」を政府に要請する決議を12年夏に行った。民主党政権は除染の線引きを放棄し、なし崩し的に除染が12年秋から始まった。そして当時の環境大臣だった細野豪志氏が繰り替し強調したことで、「1mSv」は除染の事実上の目標値になった。
読売新聞は「帰還を阻む1ミリ・シーベルト」という今年3月3日の記事で、細野氏がこの目標を事実上設定したことを批判した。細野氏はこれに自分のブログ記事で3月4日に反応した。「(記事は)私が1ミリ・シーベルトという目標を独断で決めたかのように書かれています」「1ミリ・シーベルトという除染の目標は健康の基準ではないこと、帰還の基準でもないことは、私自身が再三、指摘していました」「福島県の皆さんの要請によるものです」と、弁明した。(参照・細野氏ブログ3月4日「ソーシャルメディアの可能性」記事)
細野氏に取材を申し込んだが応じてもらえなかった。ところが環境省の会見記録を読むと細野氏自ら12年秋にこの基準を強調している。(細野大臣会見議事録)
「1ミリから5ミリについてもやります」(12年9月30日)「元々、1ミリシーベルトを目標とするというところは、一貫をしてます。それに向けて、できるだけ一歩一歩着実に進んでいくという形で対応したいと思っております」。(同10月4日)こうした記録が残る。
「年1mSvまでの除染は国が責任を持って請け負います」。福島県富岡町に住む北村俊郎氏は、12年9月に郡山市で行われた同町の住民説明会で民主党の吉田泉復興副大臣が明言したことに驚いた。配布された資料には「20mSvを目標にする」と書いてあるにもかかわらず、厳しい目標をわざわざ政府側が市民に口約束したのだ。
一連の政治家の発言と行動を見ると、「1mSv」に決めた責任は、細野氏と当時の政権与党だった民主党の政治家が引き受けなければならない。彼らは手間のかかる被災者との対話ではなく、限度を設けない除染を行い税金の形で国に負担を負わせるという安易な解決策を選択した。そして、いかにも民主党らしいが、この決定は行政通達、法律などで明文化されず、「誰が決めかたか分からない」無責任な状況になっている。
それなのに12年末に政権を奪還した自民党の動きは鈍い。担当大臣になった石原伸晃氏は、1ミリシーベルト問題について見直しを明言していない。政治的な反発を避けようとしているのだろう。
政策の是正で復興を進めよう
除染をめぐる政策は、かなりおかしな状況に陥っている。
まとめると、第一の問題点は、除染のための13年まで約9000億円の巨額な税支出は、それに見合う政策効果がないということだ。第二の問題点は、被曝量が1mSvとなることで、除染の手間とコストが増えて長期化して、福島の避難者が帰れないということだ。
そのために、次の政策転換が必要である。
1・国が特別除染地域で、除染計画の目標を明確にすること。またそれ以外の地域でも、ムダな除染を避けるために、公金支援の線引きをすること。ICRP基準を参考に、当面の被曝量を「20mSv未満」と設定し、「長期的に1mSvを目指す」という当初の政策の方向に目標を設定、明確化すべきだ。
2・除染を山地や森林などを含めて無制限に行うのではなく、居住地、道路など生活環境に限定をすること。実施の際には現地の意見を聞くこと。これによってコスト減と、早急な達成が可能になる。
3・放射能のリスクに対する啓蒙活動を行い、除染の合意を地域、市町村で積み上げること。
こうした方向に政策の舵を切るべきだ。筆者の個人的意見では、現状は除染などしなくても原発近郊以外では普通に暮らしても健康被害は起きないと考えており、除染は必要ないと思う。しかし世論の納得と安心、そして安全性を重視して除染は限定的に行うことはやむをえないだろう。
もちろん、この政策転換は福島県民の方の反対を産むかもしれない。しかし、やらないと決めないと、福島の復興は進まないし、国の財政負担が無限に広がりかねない。丁寧に事実を示し、対話と合意の擦り合わせを国、県が行う必要がある。
そして除染は国だけの問題ではない。私たち一人ひとりの国民が行うべきことがある。
第一に福島県の住民の方の意思決定、復興活動を情報の面で支えること。デマの流布や、自分の政治主張の押しつけなどの干渉は慎み、正確な情報に基づく意思決定を静かに行える環境を整えることだ。これは福島県以外の除染問題にも当てはまる。
第二に除染での税金の無駄な使われ方に、批判を向けることだ。
原発事故によって今も続く混乱を、収束に向かわせたい。福島の復興は、解決すべき問題は相互に関連し、一つを解決しても別の問題が生じるためになかなか進まない。しかし障害の中で大きなものの一つである「1mSv目標」の見直しは状況を改善するはずだ。
地域の繁栄は、人々がそこに集い、生活を営まない限りありえない。福島の復興もそうであろう。パニックが影響してつくられた民主党政権の悪しき政策の残滓を、私たち国民の声と行動で取り除かなければならない。
(2013年6月10日掲載)

関連記事
-
経済産業省は4月28日に、エネルギー源の割合目標を定める「エネルギーミックス」案をまとめた。電源に占める原子力の割合を震災前の約3割から20−22%に減らす一方で、再エネを同7%から22−24%に拡大するなど、原子力に厳しく再エネにやさしい世論に配慮した。しかし、この目標は「荒唐無稽」というほどではないものの、実現が難しい内容だ。コストへの配慮が足りず、原子力の扱いがあいまいなためだ。それを概観してみる。
-
福島県では原発事故当時18歳以下だった27万人の甲状腺診断が行われています。今年2月には「75人に甲状腺がんとその疑いを発見」との発表が福島県からありました。子どもの甲状腺がんの発生率は、100万人に1〜2人という報道もあります。どのように考えるべきでしょうか。中川 これは、原発事故の影響によるものではありません。
-
福島原発事故の影響は大きい。その周辺部の光景のさびれ方に、悲しさを感じた。サッカーのナショナルトレーニングセンターであったJビレッジ(福島県楢葉町)が、事故直後から工事の拠点になっている。ここに作業員などは集まり、国道6号線を使ってバスで第1原発に向かう。私たちもそうだった。
-
2015年のノーベル文学賞をベラルーシの作家、シュベトラーナ・アレクシエービッチ氏が受賞した。彼女の作品は大変重厚で素晴らしいものだ。しかし、その代表作の『チェルノブイリの祈り-未来の物語』(岩波書店)は問題もはらむ。文学と政治の対立を、このエッセイで考えたい。
-
先のブログ記事では12月8日時点の案についてコメントをしたが、それは13日の案で次のように修正されている。
-
GEPR・アゴラの映像コンテンツである「アゴラチャンネル」は4月12日、国際環境経済研究所(IEEI)理事・主席研究員の竹内純子(たけうち・すみこ)さんを招き、アゴラ研究所の池田信夫所長との対談「忘れてはいませんか?温暖化問題--何も決まらない現実」を放送した。
-
東京大学准教授、中川恵一氏のご厚意により、中川氏の著書『放射線医が語る被ばくと発がんの真実』(ベストセラーズ)に掲載されたロシア政府のチェルノブイリ原発事故の報告書を掲載する。原典はロシア科学アカデミー原子力エネルギー安全発展問題研究所ホームページ(ロシア語)。翻訳者は原口房枝氏。
-
「福島で捕れたイノシシのボタン鍋を食べませんか。肉の放射線量は1キロ当たり800ベクレルです」こんなEメールが東京工業大学助教の澤田哲生さんから来た。私は参加し、食べることで福島の今を考えた。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間