「成熟したコミュニケーションが必要」 — 福島事故で世界の専門家ら(下)
「「汚染水、環境への影響は小さい」-福島事故で世界の専門家ら(上)」から続く。

写真4 国際廃炉研究開発機構の海外専門家と東電、関係者らの会議(9月27日、東電にて)
「人類史上最悪の事故」とは言えない
記者団の質問には6人の専門家からなる「国際専門家グループ」の副議長であるエイドリアン・シンパー博士が答えた。シンパー博士は英国原子力廃止措置機関の戦略技術担当取締役だ。
凍土壁については、「地下水に何らかの形で介入すると非常に大きな影響が出るおそれがある。特に地盤が影響を受け、軟弱になる可能性も考えなければならない」と指摘した。そして「地下の詳しい状況を調べ、予想される影響を慎重に評価したうえで、建設を実施するかを判断すべき」と述べた。
「事故対策では選択肢を強調したが、政府・東電の対策は硬直的に見えるのか」という質問があった。シンパー氏は、直接その問いには答えなかったものの、「どのような対策でも、完全に悪影響のないものはほとんどない。対策のリスクや不確実性があるか、必ず議論が必要で、柔軟性はそれを解決する」と話した。海外の専門家からみると、日本の計画は硬直的に見える面があるのかもしれない。
「人類史上最悪の事故を収束できるのか」という問いがあった、シンパー博士は「人類史上最悪の事故ではない。放射能の影響は限定的である。重大かつ、深刻な事故であるが、今の状況は悪化していないし、廃炉に向かい進んでいる」との認識を示した。
汚染水については、核物質を除去後、海に流すことを海外専門家ら勧告した。「人々の懸念をどのように説得すべきか」との問いに「簡単ではないが、対話を続け、理解を得るしかない」という。「私たちは自然放射線に囲まれて生きている。科学的事実を説明し、そして関係者の意見を聞きながら、成熟した双方向のコミュニケーションを、政府・東京電力が重ねるべきだ」という。
放射線については、過度に不安を抱くべきではないという。「環境で放射線を検出したということは、それが危険であることを意味しない。放射線量を見て判断するべきなのだ。放射性物質は、科学技術と機器の発展で、少量でも探知できる。これは原因を特定して対策を打てる、つまり状況を管理できるということだ。科学の力のすばらしさを認識するべきことであって、危険と思い込むべきではない」と述べた。
トリチウムについては、次のように懸念に答えた。「福島では500テラベクレル、つまり500兆ベクレルのトリチウムがあると日本でも海外でも報道されている。しかしベクレルという単位の放射線量はとても小さい。そして福島第一原発では年22兆ベクレルのトリチウムの放出が事故前は認められていた。トリチウムは、管理された形で放出されることは、これまでの日本でも、他国も認められていることは認識してほしい」。
そして汚染水については次の認識を述べた。「現状の漏洩量と放射線の測定量を考えれば、汚染水によって海洋が汚れ続けて続き、水産物の汚染による健康被害が日本で起きることは考えにくい。福島と日本の皆さんの健康に、この問題は即座に影響を与えるものではない。状況を監視することが必要だが、緊急対応が必要とは言えない。こればかりに集中するべきではない」。
シンパー博士は「福島で遺棄された周辺の町と家を見ると、胸が痛み、原子力関係者として責任を持って解決に関わりたいと思う」と感想を述べた。ただし今回の事故では「放射線の影響は限定的だった」と繰り返した。「福島事故を経験した日本の皆さんに心からお見舞いを申し上げたい。しかし事故が起こってしまった以上、その状況の中で冷静で、合理的な対応を選択するべきだ。それが事故の解決と、福島と日本の復興につながる」と結んだ。

写真5 英国原子力廃止措置機関のエイドリアン・シンパー博士
事故対策、外部の視点から問題を考える
筆者は海外専門家の視点は意義深いものと考える。日本では福島原発事故後の混乱によって、政府、東電、そして原子力専門家の信頼が失墜した。そのために、事故処理についてメディア、そして自称専門家が好き勝手なことを言う「百家争鳴」状態になっている。
その中には、過度に危険を煽ったり、政府・東電を誤った情報で批判したりする偏向したものも多い。もちろん、この事故は重大なものだが、健康被害が広がるという意味での「危機」は起きていない。
これは多様な意見を示すメリットがある半面、多すぎる情報による世論の動揺や事故の当事者に誤った情報で影響を与える可能性というデメリットもある。客観性を保ち、専門性のある海外のプロの視点は、問題を考えるどの立場の人も必要な情報であろう。こうした意味のある情報の流通は促進されるべきだ。
また筆者は日本の政府・東電の対策は、柔軟性に欠けている点が多少はあったと考える。見栄えを気にして、高い目標を掲げ、それに邁進する。しかし、その失敗の可能性について、検証せずに突き進みし、実際にうまくいかない例がいくつかあった。最新技術を使う凍土壁の建設に突き進んでいるように見えることは一例だ。これは日本の組織で普遍的に起こる失敗の特徴かもしれない。
これらの疑問について、海外専門家は明確な日本政府への批判をメディアの前でしなかったものの、同じような懸念を示したようだ。自らは分からない気づきを、別の視点から分析することは意義のあることだ。
原発事故は少しずつではあるものの、現状は状況の改善に向かっている。この事実を受け止めながら、私たちは冷静に原発事故に向かい合うべきであると思う。そして不必要な恐怖にとらわれることなく、可能な限り「平時」に戻って、それぞれの持ち場で事故に向かい合うべきだ。
(石井孝明 アゴラ研究所フェロー、ジャーナリスト)
(2013年9月30日掲載)

関連記事
-
池田・2022年までに、電力では発送電分離が行われる予定です。何が行われるのでしょうか。 澤・いろいろな説明の仕方がありますが、本質は料金設定の見直しです。規制のかかっていた4割の家庭用向けを自由化して、総括原価と呼ばれる料金算定方法をなくします。
-
2月4日に公開したアゴラ研究所の運営するインターネット放送「言論アリーナ」の番組「原子力規制委員会は何を審査しているのか」の要旨を紹介する。
-
原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCAR)は現在、福島で起こった原発事故の評価、また放射線の人体への影響をめぐる議論を重ねている。海外の報道WNN(World Nuclear News)の記事「UN approves radiation advice」を参考に、それをまとめる。これは米国の原子力情報を提供するニュースサイト。
-
東日本大震災の地震・津波と東京電力福島第一原子力発電所事故でダメージを受けた、福島浜通り地区。震災と事故から4年近くたち、住民の熱意と国や自治体などの支援で、自然豊かな田園地帯は、かつての姿に戻り始めようとしている。9月5日に避難指示が解除された楢葉町の様子を紹介する。
-
1986年のチェルノブイリ原子力発電所における事故は、ベラルーシ、ウクライナ、ロシア連邦にまたがる広範な地域に膨大な量の放射性核種が放出される結果となり、原子力発電業界の歴史の中で最も深刻な事故であった。20年経った今、国連諸機関および当該三ヶ国の代表が共同で健康、環境、そして社会経済的な影響について再評価を行った。
-
バズフィードとヤフーが、福島第一原発の処理水についてキャンペーンを始めたが、問題の記事は意味不明だ。ほとんどは既知の話のおさらいで、5ページにようやく経産省の小委員会のメンバーの話が出てくるが、海洋放出に反対する委員の話
-
判定の仕組みも問題だ。原子力規制委員会の決定は、制度上は5人の委員の合議で決まることになっている。しかし今は島崎氏が地震関係業務を一人で引き受けている。島崎氏はこれまで原子力関係の規制づくり、判定の経験がほとんどない地震学者だ。委員に就任してから、事業者とほとんど対話をせずに規制基準をつくり、そしてその後は自ら判定者となってしまった。日本各地の原発の周辺で意味があるとは思えない「穴掘り」を繰り返している。
-
東日本大震災、そして福島第一原子力発電所事故から5年が過ぎましたが、被災した福島県内の各自治体では、復興に向けたまちづくりが進められています。双葉町は大部分が帰還困難区域に指定され、町民約7000人が今も全国各地に避難していますが、町北東部の両竹・浜野地区は避難指示解除準備区域となり、両竹・浜野地区から段階的に町の復興が進められる計画です。平成26年(2014年)9月から国道6号の自由通行も可能になり、昨年3月には常磐自動車道も全線開通しています。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間