戦時の「脱炭素モラトリアム」その便益とリスク

Andrii Yalanskyi/iStock
欧米エネルギー政策の大転換
ウクライナでの戦争は、自国の化石燃料産業を潰してきた先進国が招いたものだ。ロシアのガスへのEUの依存度があまりにも高くなったため、プーチンは「EUは本気で経済制裁は出来ない」と読んで戦端を開いた。
米国バイデン政権も国内の化石燃料産業を冷遇してきた。結果、国際的な石油・ガス価格は高騰した。これは石油・ガスの輸出を経済・財政の最大の柱とするロシアに力を与えることになった。
いま欧州各国はロシアのガス依存を減らし、石炭、LNG、原子力を増やそうと躍起になっている。米国も野党共和党が石油・ガスの環境規制緩和と増産を猛然と訴えている。何れも、これまでの脱炭素一本やりの政策からは根本的な変化である。
この変化の必要性は切迫している。だがこれまでの脱炭素政策を自己否定することになるので、政権交代をしない限り、路線変更の歩みは遅いかもしれない。
脱炭素モラトリアムの便益
さてプーチンと欧米の対立が長引くとなると、日本も他人事ではない。ロシアが世界市場から締め出されることで、石油・ガスは品薄になり、価格が高騰する。
いまや日本のエネルギー政策の国際的な地合いも完全に変わった。
日本も、安価で安定なエネルギーを活用することで、内外のエネルギー価格の高騰を防ぎ、物価のインフレを抑制するのみならず、ロシアの最大の収入源を絶たねばならない。
これにはまず原子力発電の速やかな再稼働が第一である。
次いで、石炭火力発電所を可能な限り稼働させるべきだ。これによって不要になったLNGは欧州などに転売すればよい。
工場や家庭では石油・ガスを使っているため、価格高騰に直面している。せめて電気だけでも低廉にすべきだ。このため、再生可能エネルギーの導入などのコスト増になる政策は停止すべきだ。
以上のような政策は、2030年にCO2をほぼ半減する(46%削減)という現行の政府目標と整合しない。
したがって、脱炭素についてはモラトリアム(一時停止)が必要だ。それによって、石炭の最大限の利用と再エネ導入の停止をすることが出来る。
脱炭素モラトリアムのリスク
以上は脱炭素モラトリアムの便益であったが、ではその環境リスクはどの程度か。
日本の2020年のCO2排出量は11.5億トンだった(環境省)。
図のように、これを直線的に2050年までに0にする場合には、累積のCO2排出量はAの面積となる。これに対して、今後10年脱炭素モラトリアムをしてから10年遅れで0にする場合には、累積のCO2排出量にはBの面積が加わる。
この追加分のBによる気温上昇を計算しよう。
まずCO2排出量は、
10年間 × 11.5億トンCO2/年 = 115億トンCO2 = 0.0115兆トンCO2
累積排出量と気温上昇は下記のTCRE係数を用いて計算する。
(注:この計算方法はIPCCのモデルの結果を用いている。詳しくは拙著「地球温暖化のファクトフルネス」を参照)
TCRE:1.6℃/兆トンC = 0.44℃/兆トンCO2
そうすると両者の掛け算で、
Bによる気温上昇は、 0.44℃ × 0.0115 = 0.0051℃
となる。
いま戦時に於いて、「エネルギーの安定・安価な供給および世界平和への寄与」という便益と、気温上昇0.0051℃というリスクを比較衡量するならば、どちらが大であろうか。答えは自明であろう。
■

関連記事
-
福島の原発事故以来、放射能への健康への影響、とくに飲食による内部被曝に不安を訴える人が増えています。現状では、ほとんど問題にする必要はありません。
-
今回は、日本人研究者による学術論文を紹介したい。熱帯域を対象とした、高空における雲の生成と銀河宇宙線(GCR)の相関を追究した論文である(論文PDF)。本文12頁に、付属資料が16頁も付いた力作である。第一著者は宮原ひろ
-
図は2015年のパリ協定合意以降(2023年上期まで)の石炭火力発電の増加量(赤)と減少量(緑)である。単位はギガワット(GW)=100万キロワットで、だいたい原子力発電所1基分に相当する。 これを見ると欧州と北米では石
-
2020年はパリ協定実施元年であるが、世界はさながら「2050年カーボンニュートラル祭り」である。 パリ協定では産業革命以後の温度上昇を1.5度~2度以内に抑え、そのために今世紀後半に世界全体のカーボンニュートラルを目指
-
この頃、10年も前にドイツで見た映画をよく思い出す。『In Time』(邦題『TIME/タイム』)。冒頭に荒れ果てた街の絶望的なシーン。人々はみすぼらしく、工場では産業革命時代のままのような錆び付いた機械がどうにかこうに
-
GEPRの運営母体であるアゴラが運営するインターネット放送の「言論アリーナ」。6月25日の放送は「原発はいつ再稼動するのか--精神論抜きの現実的エネルギー論」をまとめました。
-
緑の党には1980年の結成当時、70年代に共産党の独裁政権を夢見ていた過激な左翼の活動家が多く加わっていた。現在、同党は与党の一角におり、当然、ドイツの政界では、いまだに極左の残党が力を振るっている。彼らの体内で今なお、
-
アゴラ研究所の運営するエネルギーのバーチャルシンクタンクであるGEPR(グローバルエナジー・ポリシーリサーチ)はサイトを更新しました。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間