ドイツは原発稼働延長を本当にできないのか?

Evgeny Gromov/iStock
6月23日、ドイツのハーベック経済・気候保護相は言った。「ガスは不足物資である」。このままでは冬が越せない。ガスが切れると産業は瓦解し、全世帯の半分は冬の暖房にさえ事欠く。
つまり、目下のところの最重要事項は、秋までにガスの備蓄タンクを満たすこと。だから、ガスを発電のために使うわけにはいかない。よって発電には「予備の石炭・褐炭火力を立ち上げる!」
ただ、その途端にあちこちから、「ふざけるな、石炭・褐炭ではなく、今、動いている原発の稼働を延長しろ」という声が噴出した。当然の話だ。
ちなみに褐炭はドイツ国内に捨てるほどあり、しかも地表にあるから、わざわざ坑道を掘る必要さえない格安の資源だ。ただ、低品質なのでたくさんCO2を出す。これまで緑の党がCO2を毒ガス並みに扱ってきたことを思えば、これを燃やすのは絶対におかしいと中学生でも思う。
ドイツは、今世紀初めのSPDのシュレーダー政権(緑の党との連立)の時代より、脱原発に向かって粛々と進んできた。現在、奇しくもその2党が政権におり、今年の暮れに脱原発を完遂するという目標を、ブラックアウトが視野に入ってきている今でさえ捨てない。それどころか、自分たちの政権下でその昔年の夢が叶えられることが至上の幸せなのである。
そのためには石炭と褐炭が復活しても止むを得ない。「CO2は若干増える(ハーベック氏)」が、それも止むを得ない。原発は止めるしかないと断定している。
一方、ドイツに対して、原発を止めるなと言っている国は多い。例えばポーランドの電力関係者は数年も前から、脱原発は考え直すよう提言していた。ドイツのような大国で電気の供給が不安定になったら、周辺国はたまったものではないからだ。
また6月25日には、EU欧州委員会の圏内市場担当の委員(フランス人)が、現在動いている3基を、あと1〜2年、稼働延長すべきだと、自国のラジオの中で提案した。EUが、いや、世界中がエネルギー不足で困っているのだから、原発を動かせる国はそれを活用し、エネルギー事情の緩和に協力すべきだという主張は筋が通っている。
ところが、ドイツ最大の電力会社RWEの代表、マルクス・クレッバー氏は、「今頃、そんな話を始めてももう遅い」とつれない。「核燃料棒もないし、そんなに急に安全確認もできない」というのがその理由。年末に止めるつもりだから、10年ごとの定期点検もしていないし、予備の部品も切れかけている。燃料棒は今から注文しても来るのは1年以上先だ・・云々。
それを聞いた野党CDU(キリスト教民主同盟)のメルツ党首は、「フランスは53〜56基もの原発を運転しているのに、何故ドイツはたった3基の運転ができないのだ!」とぶち切れた。CSU(キリスト教社会同盟)のゼーダー党首も、「今、使用中の核燃料が、年末で突然、使えなくなるわけではない。世界中探して、早く次の燃料棒を注文しろ!」
はたして原発の稼働延長はできるのか、できないのか?
実は今年の3月、経済・気候保護省と環境省が、原発の稼働延長が可能かということを独自に調査し、不可能であるという結論を出している。いうまでもなく両省とも緑の党の省だ。
ところが現在、それを否定する論文や記事が多く出始めた。それによれば、この調査には原子力の専門家が入っていなかったらしい。
私には、それを確かめる術がないが、ただ2011年に、22年の脱原発が可能であるという結論を出した「倫理委員会」には、原子力の専門家も電力会社の関係者もほとんどおらず、その代わりに社会学者や聖職者が脱原発を決めた。また2019年に、2038年の脱石炭を決めた委員会でも、石炭産業の関係者は締め出され、環境団体が複数入っていた。だから、今、それと似たようなことが起こっていたとしても私は驚かない。そもそもハーベック大臣が、この調査は「イデオロギーに左右されずに」行うと、ZDF(第2テレビ)の朝のニュース番組でわざわざ言及していたことからして怪しかった。なお、ZDFも緑の党とは相性が良い。
一方、稼働延長が可能であるという記事は皆、少なくとも専門家の見解を元に書かれている。彼らは、新しい燃料棒の調達までは出力は弱まるが、今冬の電力のかなりの助けになるとした。また、点検は稼働しながらすれば良く、世界には440基もの原発が動いているのだから、部品の調達も不可能ではない。それより、早く燃料棒を注文しないと、本当に間に合わなくなってしまうと懸念している。ひょっとすると、ハーベック氏らは今、「間に合わなくなる」のを待っているのかもしれない。
なお、ドイツの脱原発は国民と国土の安全のためと言われるが、周辺には原発がたくさんあるので、ドイツの脱原発で安全になるわけではない。しかも東欧では、まだソ連時代の原発も動いており、かえってドイツの原発の方が安全かもしれない。
一方、電力会社が稼働延長に乗り気でないのも様々な理由がある。
政府に無理やり脱原発を強いられて11年、それを違法だと訴えていた裁判では、政府が敗訴を恐れて示談に持ち込み、電力会社に莫大な賠償金(税金!)を支払った。つまり、電力会社にしてみれば、すでに片は付いている。
また、以前は使用済み核燃料の輸送のたびに、自称環境団体の暴力的な抗議活動に悩まされ、しかも、メディアはいつも環境団体の味方だった。ドイツ人の原発アレルギーは今も強いから、もし稼働延長になり、あの悪夢が蘇ると思えば、気が進まないのはよくわかる。それより何より、今では電力会社でも再エネ派が力を持ち、原発の稼働延長など俎上に載らないのかもしれない。
日本が原発を稼働できないのは、政府の無能と無責任のせいだ。しかし、ドイツの脱原発は緑色のイデオロギー。そして政府が、CO2が増えようが、冬のブラックアウトの危険が迫ろうが、そのイデオロギーを実践しようとしている。なんと恐ろしい政府かと思う。
関連記事
-
共存共栄への可能性 私は再エネ派の人々とテレビ番組やシンポジウムなどで討論や対話をする機会が時々ある。原子力推進派のなかでは稀な部類であると思っている。メディアでもシンポジウムでも、再エネvs.原子力という旧態依然の構図
-
「福島の原発事故で出た放射性物質による健康被害の可能性は極小であり、日本でこれを理由にがんなどの病気が増える可能性はほぼない」。
-
日本でも、遺伝子組み換え(GMO)作物が話題になってきた。それ自体は悪いことではないのだが、このブログ記事に典型的にみられるように、ほとんどがGMOと農薬を混同している。これは逆である。GMOは農薬を減らす技術なのだ。
-
3月11日の大津波により冷却機能を喪失し核燃料が一部溶解した福島第一原子力発電所事故は、格納容器の外部での水素爆発により、主として放射性の気体を放出し、福島県と近隣を汚染させた。 しかし、この核事象の災害レベルは、当初より、核反応が暴走したチェルノブイリ事故と比べて小さな規模であることが、次の三つの事実から明らかであった。 1)巨大地震S波が到達する前にP波検知で核分裂連鎖反応を全停止させていた、 2)運転員らに急性放射線障害による死亡者がいない、 3)軽水炉のため黒鉛火災による汚染拡大は無かった。チェルノブイリでは、原子炉全体が崩壊し、高熱で、周囲のコンクリ―ト、ウラン燃料、鋼鉄の融け混ざった塊となってしまった。これが原子炉の“メルトダウン”である。
-
福島第一原発の「廃炉資金」積み立てを東京電力に義務づける、原子力損害賠償・廃炉等支援機構法の改正案が2月7日、閣議決定された。これは原発の圧力容器の中に残っているデブリと呼ばれる溶けた核燃料を2020年代に取り出すことを
-
欧州では電気自動車(EV)の販売が著しく落ち込み、関連産業や政策に深刻な影響を与えているという。 欧州自動車工業会(ACEA)の発表によれば、2024年8月のドイツにおけるEV新車販売は前年比で約70%減少し、2万702
-
COP26におけるグラスゴー気候合意は石炭発電にとって「死の鐘」となったと英国ボリス・ジョンソン首相は述べたが、これに反論して、オーストラリアのスコット・モリソン首相は、石炭産業は今後も何十年も事業を続ける、と述べた。
-
第6次エネルギー基本計画の策定が大詰めに差し掛かっている。 策定にあたっての一つの重要な争点は電源ごとの発電単価にある。2011年以降3回目のコスト検証委員会が、7月12日その中間報告を公表した。 同日の朝日新聞は、「発
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間















