独中合作再び? ドイツ軍の元パイロットが中国軍を指導
ドイツ連邦軍の複数の退役パイロットが、中国人民解放軍で戦闘機部隊の指導に当たっているというニュースが、6月初めに流れた。シュピーゲル誌とZDF(ドイツの公営テレビ)が共同取材で得た情報だといい、これについてはNATOも中国側も否定していない。
同記事によれば、過去に3人の連邦軍の元パイロットがセイシェル島にコンサルティング会社を設立し、そのペーパー・カンパニーを通じて高額な報酬を受け取っていることが、「パナマ・ペーパー」がきっかけで明らかになったという。
いずれにせよ、NATOの一員であるドイツの元軍人が、中国に何らかの軍事協力をするとは、かなり非常識なことだ。しかも、この状態が少なくとも10年も前から続いているというから、国防省や連邦軍がまるで気づいていなかったのかどうか・・?
これを聞いて日本人として思い出すのは、独中合作だろう。ドイツと中国の協力体制は清国の時代より強固だったが、1933年にナチが政権をとってからはその関係がさらに強まり、軍事では100名を超えるドイツの軍事顧問団が中国軍の近代化に携わった。そのため、37年に始まった日中戦争では、日本が戦った相手は中国軍でなく、ドイツ軍だったと言われたほどだ。
今回のケースは、もちろん当時とは異なり、ドイツ政府の意向ではないが、しかし、結果として、中国軍がドイツの軍事専門家によって指導され、強化されることに変わりはない。しかも、こうして強くなった人民解放軍の戦闘機部隊の矛先が、いずれ有事の際に日本に向かってくる可能性は十分にある。そうなれば、まさに日中戦争のシナリオの再現だ。
ただ、シュピーゲル誌によれば、中国軍に引き抜かれたパイロットはドイツ人だけでなく、米国人パイロットが1人、中国軍に協力した疑いでオーストラリアで逮捕されているというし、英国ではすでに30人ものパイロットが、同じ理由で監視下にあるという。
つまり、今や独中合作どころか、皆で中国軍を強化してくれていたわけで、いざとなったら日本(おそらく台湾も)の安全保障などあっという間に吹き飛びそうだ。
6月初め、シンガポールで「シャングリラ対話(アジア安全保障会議)」が開かれた。これは、アジア・太平洋地域の国防相、および民間シンクタンクなどが集まる恒例の大イベントで、毎年、シャングリラホテルで開かれるのでこう呼ばれる。
今回の会議のハイライトの一つは、3月に就任したばかりの中国の李尚福国防相の講演だった。その中で氏は、平和を祈念し対話を望む中国を強調。また、米中の対立が「世界にとって耐え難い災難となる」ことを警告し、「一部の国」のアジアでの軍拡を非難した。一部の国とはもちろん米国だろうが、しかし、アジアの空と海で一番強引に勢力範囲を広げているのは中国だ。
シャングリラ対話では、多くの国防相が一堂に会するため、この機を利用し、2国間の会談も組まれる。ただ今回、米国と中国の会談はなかった。中国側が米国からの打診に応じなかったという。
一方、ドイツのピストリアス国防相は、3日、李尚福国防相と会談を持ち、その場で李尚福氏に対し、ドイツ軍の元将校の起用を即刻止めるよう厳重に申し入れたという。ところが、李尚福氏からは大したリアクションもなく、“暖簾に腕押し”状態。そんなわけで、会談後に二人が両国旗の前に立った公式写真では、ピストリウス氏が苦虫を噛み潰したような顔をしている。片や李尚福氏は、彫刻のように無表情。この調子では、中国によるドイツ軍人リクルートは続くかもしれない。
ドイツのパイロットに話を戻すと、連邦軍の戦闘機パイロットの定年は41歳。それ以上になると、反射神経が鈍り、視力も落ちるという。ただ、41歳というのはまさに壮年で、戦闘機の操縦には不適格だとしても、まさか家で寛ぐ年齢ではない。しかも、子供がいるとすれば、まだ学業の途中だろう。ところが、リタイア後の年金は最後の収入の50%と定められているため、当然、皆が2度目の就職をする。パイロットを養成する学校の講師に収まるケースが多いという。
そんな中、少なくとも10年前に、数人の元パイロットが中国のヘッドハンターに引き抜かれたわけだ。そして、今になってドイツの軍事防諜機関(MAD)は、何が漏洩したかの調査に入っているという。
具体的にMADが強く疑っているのは、戦時におけるNATOの兵器や兵士の投入計画と、戦闘部隊のトレーニング方法の漏洩。また、ドイツの元パイロットが台湾攻撃のシナリオを作成し、その訓練を指導したことに確信を持っているという。
シュピーゲル誌によれば、2014年、米国当局は、中国のローデ・テックというコンサルティング会社を制裁リストに入れた。同社の社長は人民解放軍の元将校の息子で、中国に航空関係の会社も持っている。そして、実は、複数のドイツ人の元パイロットが、この会社の斡旋で中国に渡っている。
元パイロットの1人であるHは、2013年からチチハル市に居住。ドイツ当局が一番警戒している人物らしい。チチハル市は中国の最東北、黒竜江省(省都はハルピン)の町で、空軍基地がある。Hは、しかし、シュピーゲル誌とZDFの取材には応じていない。
一方、取材に応じたのはSで、現役時代はHと同じ北ドイツのロストック基地におり、やはり13年に中国に渡った。ただ、彼曰く、中国で行っている訓練は特殊なものではなく、公になっている戦法、あるいは中国の要請に基づいたやり方であり、「軍事機密は漏らしていない」。それどころか、中国に渡ったとき、ドイツ軍当局は、彼が外国でパイロットの養成に従事することを許可したという。なお、中国では正規に税金も納めており、つまり、全て合法だそうだ。
Jは、ドイツにいる彼の兄弟が取材に応じた。連邦軍で、海軍のパイロット、トーネード戦闘機のパイロットを務めた後、退任後はフロリダのフライトスクールで働いていたが、やはり13年、人民解放軍の空軍コンサルタントの長として中国に渡った。
ミュンヒナー・メルクーア紙は、彼らが中国軍に協力している理由は、思想的な動機からではなく、単に、プロのスポーツ選手並みの破格の報酬のせいだったと見ているが、それはそれで何となく気が抜ける。案の定、一部の政治家の間では、「年金が少ないからこういうことが起こるのだ! 年金をもっと上げろ」という声が上がっているが、問題は本当にそこなのか?
実は10年も前から、ドイツ軍の装備はボロボロで、兵士も足りず、戦力も士気も低下していることが広く指摘されていた。ただ、これは16年間政権を握っていたメルケル前首相が意識的に行ったことだと、私は思っている。徴兵制を停止し、軍事費も絶対に上げなかった。また、一時、男性の国防相の人気が上がりすぎたので、彼の失脚後は必ず女性を起用した。
元々ドイツでは、軍隊はあまり尊敬も感謝もされておらず、戦争好きの輩の集団といった偏見が根強かったが、それがメルケル政権下ではさらにエスカレートした。ここ数年は、兵士の愛国心が行き過ぎると、極右と疑われて取り調べられることもあったほどだから、国防という概念のどこか根本のところが、よれよれになってしまっていたのかもしれない(何となくどこかの国と似ている)。それもあって元パイロットたちも、それほどの抵抗もなく、お金のために中国に渡れたのではないか。
なお、メルケル後、政権が社民党に変わっても、女性国防相は踏襲された。しかし、ウクライナ戦争が始まると、流石に軍事オンチの国防相では無理が募り、今年になってピストリウス国防相に交代。10年ぶりに徴兵経験のある国防大臣と話題になった。氏は現在、連邦軍を立て直そうと奮闘中だが、その途端、人気急騰で今や政治家ランキングで1位。ひょっとして、ドイツ国民は、本当は強い軍隊を望んでいたのかと思えてくるほどだ。
翻って日本はというと、核保有国3国に囲まれ、そのうち少なくとも2国は反日感情が強く、ミサイルもしょっちゅう飛んでくる。どう見ても、状況はドイツよりも不穏だ。ところが、肝心の首相は自国の防衛に邁進することもなく、核廃絶という見果てぬ夢を唱えて悦にいっている。大丈夫だろうか。
本来なら、今こそ政府は、核シェルターの建設から核抑止力の構築までも含めて、本当に国民を守るためのしっかりとした国防強化計画を打ち出すべきだ。そうすれば、ピストリウス氏と同じく、人気急上昇というおまけまで付いてくるかもしれない。
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