トランプ再来で揺れるドイツ:日本はどう向き合うべきか
1月20日、ドナルド・トランプ大統領の第2次政権の発足直後、ドイツの公共第2放送の総合ニュースでは、司会の女性がものすごく深刻な顔でニコリともせずにそれを報じた。刻々と近づいていた巨大ハリケーンがついに米国本土に上陸してしまったかのような、鬼気迫った感じだった。音を消して見ていたなら、私は、第3次世界大戦が勃発したと思ったかもしれない。
司会者はとびきり怖い顔で続けた。
「トランプ大統領は就任演説で、パリ協定からの脱退を宣言した。他国に関税を掛けると言った。不法入国を止めると言った。それ以外にも、多くの大統領令に本日中に署名をすると言っている」
トランプ氏とそのチームが、前回とは比べようのないほど周到な準備で将来の任務に臨もうとしていることは、この大統領令の数とスピードが如実に示している。それもあって、ドイツメディアによるトランプの悪魔化は、第1次政権の時よりさらに激しくなっている。
就任式典の前にトランプ夫妻が教会に足を運び、その足でホワイトハウスにバイデン夫妻を訪ねている映像でも、司会者は、「平和的な権力の移行。しかし、4年前にはこの光景はなかった」と、当時、トランプ氏がバイデン大統領の勝利を認めなかったことに言及。トランプ氏は議事堂襲撃の首謀者として、ドイツメディアではほとんど犯罪者扱いだ。
また、同局の主席編集者(女性)はため息をつきながら、「我々は非常に不快な時代に対して心の準備をしなくてはいけない」。「米国とヨーロッパの友好関係は、すでに賞味期限切れ」。だから、「フランスの外相も、トランプとはツノを突き合わせなければならなくなると言っている」と、一人で対米“宣戦布告”。
さらに、「トランプ氏は大統領就任式に、イタリアのメローニ首相やハンガリーのオルバン首相のように、EUではよく思われていない首脳を招待した。ドイツからはAfDの政治家や、フランスからは右派ポピュリストも。しかし、ショルツ首相やマクロン大統領は招待されなかった」と極めて硬い表情。つまり、「トランプ氏は初日からヨーロッパの分断を試みている」と分析。トランプ大統領がヨーロッパを軽視していることに対する逆恨みかもしれない。
こうしてドイツメディアが悪口雑言を放っていたとき、トランプ大統領はあれよあれよという間にメキシコ国境を閉め、性別は男か女の2種類に戻し、トランスジェンダーの人は軍隊から排除。また、パリ協定だけでなく、WHOからも脱退する意向だ。
これらについてもドイツメディアは、トランプ氏は商売人で、儲からないことにはお金を出さないと解説していたが、果たしてそうだろうか? 国境を守り、違法滞在者を摘発するのは主権国家として当然の措置だし、性別の基本は男女2種類だということを否定する人が、世の中にそれほど多くいるとも思えない。
ところが、翌日、オンライン放送ntvに出演したケルン大学の政治学者トーマス・イェーガー氏のコメントは、全く違った。「トランプのスピーチは野蛮で脈絡のないカオスそのもの。トランプは嘘つき」と、解説というよりほとんど誹謗中傷のレベル。氏によれば、バイデン前大統領が、トランプ就任の7分前に自分の家族などを恩赦したのは、今後予想されるトランプの報復から無実の罪の人々を救った正しい行動だそうだ。
また、トランプが国境を閉じたことにより、「すでに国境を越え(←違法)、これから“正式に”ビザの申請をしようとしている人々が困難に陥っている」とか、「性別が男女だけになると、現在、性を変えるためにホルモン治療中のティーンネイジャーを抱える多くの家庭が途方に暮れる」と声高に批判。これにはかなり呆れた。私は、国境侵犯を合法化することにも、多くの子供がホルモン治療を受けている状況にも賛成できない。
一方、パリ協定については、トランプ氏のみならず、共和党の党員はたいてい、地球の温度は人間の力では変えられないという考えだ。惑星を温暖化による破滅から救うとして、CO2の削減を人類の最大目標のように謳っているのは、EUの欧州委員会、国連など左翼勢力で、さらにいうならその背後にいるグローバルな巨大資産運用会社だ。しかし、共和党は当然のことながら、左翼イデオロギーには染まっていない。
ちなみにパリ協定とは、世界の190カ国以上が参加しているマンモス協定だ。2国や3国間の協定でも意見がまとまらないのに、190カ国が賛成しているような協定が機能するはずもなく、トランプ氏は第1次政権の時もパリ協定からはさっさと離脱した。その後、バイデン大統領が再び参加したが、今後も、米国の動向に関わらず、地球の温度は上がる時には上がり、下がる時には下がるだろう。
だから日本は、こんな雲をつかむような話にお金を使うより、効率的な火力発電やCO2の固定化技術の開発などに取り組んだ方がずっと良い。パリ協定も米国に従って脱退した方が国益に沿うのではないか。
なお、エネルギー政策では、トランプ大統領はバイデン政権が敷いた化石燃料の採掘禁止を撤廃し、ガスも石油も“Drill, baby, drill!“
また、風車は電気代を上げるので、今後、新規の認可はせず、E Vに対する補助は撤廃。誰でも自分の好きな車が買えるようになる。これらの措置でガソリン代や電気代が下がれば、物価が安定し、産業も振興、国民が豊かになるという算段だ。
また、WHO脱退に関しては、ドイツメディアが主張するように、トランプ大統領は他人の健康などどうでも良いからWHOを抜けるわけではなく、WHOの主導権を中国が握り、世界中の人々の健康管理に影響力を行使することを危険視している。つまり、トランプ大統領の目標は、おそらく組織の再編、あるいは再構築。
パナマ運河についても同様で、ドイツメディアはトランプの言葉をわざわざ曲解し、米国が武力でパナマ運河を我がものにしようとしているかのようだが、トランプ氏が問題視しているのは、かつて自分たちが2万5000人もの犠牲者を出して建設した運河の運営が、現在、中国の手に渡っていることだ。しかも、米国は法外な通行料を取られているので、これが適正な(と米国が思う)値段になれば、騒動は収まるのではないか。
トランプ氏の宿願は、一口で言うなら自由を取り戻すことだ。欧米では、ここ10年ぐらい急速に左傾化が進み、左派の意見だけが大手を振っている。そして、それに抗おうとすると、反民主的だの、極右だのという烙印を押される。この閉塞感を打破し、極端に左に寄ってしまった政治の軸を真ん中に戻し、普通の人間の当たり前の常識を取り戻そうというのがトランプ氏の狙いだ。だからこそ、やはり言論圧迫に抵抗し続けているイーロン・マスクとの共闘がある。
Make America graet again! 今、彼らがやり始めたことは革命に等しい。ワシントンDCからは、新しい時代の幕開けの予感がひしひしと伝わってくる。
ただ、目下のところ、この革命に逆らっているのがドイツと、おそらく日本も。この両国の共通点は、米国の忠実な子分であったこと。そして、ホワイトハウスに逆らうことなく、戦後70年間、ひたすら経済発展に勤しんできた。しかし、その秩序がトランプ登場で変わろうとしている。
“トランプ革命”が成功するか失敗するかは五分五分だろう。ただ、それがどんな形で収まるにせよ、その波がドイツと日本にやってくるまでに、それほど長い時間はかからない。だからこそ今、私たちに求められているのは、従順さではなく、独立心だ。そして何より、自分の頭で考え、トランプ政権と協力し、かつ、堂々と渡り合える政治家が熱望される。

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