COP30最大のリスクは気候でも森林でもなく宿泊問題だ

2025年09月03日 06:50
アバター画像
東京大学大学院教授

Md Zakir Mahmud/iStock

COP30議長国ブラジルは11月にベレンで開催されるCOP30を実行力(Implementation)、包摂(Inclusion)、イノベーション(Innovation)を合言葉に、アクション中心の会議にすることを目指しており、グローバル共同作業(Global Mutirão)と呼ばれるイニシアティブを提案している。

「Mutirão」とはブラジルのポルトガル語で「地域住民が自主的に協力し合って行う共同作業」を意味する言葉である。「グローバル共同作業」はこれを地球規模に拡張したものであり、気候変動への対応を政府だけでなく都市、企業、NGO、先住民族、若者、市民社会等、多様な主体の「共同作業」として位置付け、それぞれの役割で協力するプラットフォーム形成を目的としている。

政府が主体となる国別貢献(NDC:Nationally Determined Contribution)に対し、多様な主体が参加するグローバル貢献(Globally Determined Contribution)による国境を超えた協力を提唱している。

またベレンはアマゾン森林を有するため、COP30では森林保全を中心テーマに据えている。年間40億ドル規模の「Tropical Forests Forever Facility(TFFF)」という基金構想(1ヘクタール4ドル)による熱帯林の保全を軸に、途上国や地域社会・先住民族への資金還元を目指している。

さらにCOP29で掲げられた「2035年までに年間1.3兆ドルの気候資金を動員する」目標に向けた「1.3兆ドルに向けたバクー・ベレムロードマップ(Baku to Belem Roadmap to 1.3 T)の実行も議論される予定だ。

グローバル共同作業やグローバル貢献はアイデアとしては理解できるものの、その実現に向けたイメージが不明確であり、TFFFにせよロードマップにせよ、先進国も経済情勢が厳しく、途上国支援の拡大に向けた納税者の理解を得にくいことを考えれば、COP30の見通しは決して明るいものではない。

しかしこうした中身の問題とは別にCOP30を失敗に終わらせる最大のリスクは宿舎問題だ。COP期間中に開催地のホテルの値段が高騰することは決して珍しいことではない。ただ、COP30では5万人人近くの参加が見込まれる一方、開催地ベレンのホテルインフラは圧倒的に不足している。

この点については今年初めから各国政府が強い懸念を表明しており、一時は首脳セッション等の象徴的なイベントはベレンで開催するも、その他の会議はリオデジャネイロやサンパウロ等の大都市で開催するとの希望的観測も流れたが、ブラジルはベレン開催にあくまでこだわった。

6月の準備会合ではブラジル政府によるロジ(運営・宿泊計画)の説明会が開催され、「早急に政府によるホテル予約サイトを立ち上げる。現在、ホテルの建設を進めており、クルーズ船を宿泊用に利用することも検討している」とのことであったが、公式ホテル予約サイトの立ち上げは8月までずれ込んだ。

さらにベレンのホテルがこれまでのCOPと比較しても法外な価格を請求していることが各国の強い怒りを買っている。筆者は11月16日~22日まで7泊するが、その代金が約100万円(!)である(ちなみに9月の1週間の滞在費用は6万円くらいである)。

このような「ぼったくり」がベレン中のホテルで生じており、一部の途上国政府は会議への不参加、代表団規模の縮小を検討している。各国政府からはブラジルに対し、より宿泊施設の充実しているリオデジャネイロ、サンパウロ等の大都市に移すことを求めているが、ブラジルは頑としてこれに応じていない。

世界最大の熱帯雨林を有するアマゾン川の河口であるベレンの開催という象徴的意義にこだわっているのだろう。

8月22日のブラジル政府と気候変動枠組み条約事務局の打ち合わせの際、国連側は発展途上国の代表団に1日当たり100ドル、先進国の代表団に同50ドルの宿泊代補助を求めたが、ブラジル側は「ブラジル政府はすでにCOP30開催のために多大な費用を負担しており、ブラジルよりはるかに豊かな国々を含む他国の代表団を補助する余裕はない」との理由でこれを拒否している。途上国の中には本当に参加見合わせ、代表団縮小を強いられる国も出てくるだろう。

筆者のこれまでの経験に照らせば、開催地の宿泊事情、会場との交通、会場の設備(トイレ、飲食物の値段等)等のロジ面で参加者に強い不満を感じさせるCOPが成功したためしはない。

その典型的な事例は会場のキャパシティを大幅に超える人数を参加登録し、多くの人を雪のふりしきる戸外で行列させたコペンハーゲンのCOP15(2009年)であり、会議運営の拙劣さもあり、「デンマークに2度と大きな会議の主催をやらせるな」とさえ言われるようになった。

今回のCOP30の宿泊をめぐるトラブルがこのまま続けば、会議の成否そのものも危うくなろう。疑いなく宿泊問題はCOP30最大のリスクだ。

This page as PDF

関連記事

  • エジプトで開かれていたCOP27が終わった。今回は昨年のCOP26の合意事項を具体化する「行動」がテーマで新しい話題はなく、マスコミの扱いも小さかったが、意外な展開をみせた。発展途上国に対して損失と被害(loss and
  • 2018年4月全般にわたって、種子島では太陽光発電および風力発電の出力抑制が実施された。今回の自然変動電源の出力抑制は、離島という閉ざされた環境で、自然変動電源の規模に対して調整力が乏しいゆえに実施されたものであるが、本
  • 高浜3・4号機の再稼動差し止めを求める仮処分申請で、きのう福井地裁は差し止めを認める命令を出したが、関西電力はただちに不服申し立てを行なう方針を表明した。昨年12月の申し立てから1度も実質審理をしないで決定を出した樋口英明裁判官は、4月の異動で名古屋家裁に左遷されたので、即時抗告を担当するのは別の裁判官である。
  • グレートバリアリーフのサンゴ被覆面積が増えつつあることは以前書いたが、最新のデータでは、更にサンゴの被覆は拡大して観測史上最大を更新した(報告書、紹介記事): 観測方法については野北教授の分かり易い説明がある。 「この素
  • 政府は「2050年カーボンニュートラル」を宣言し、「2030年CO2排出46%削減」という目標を決めましたが、それにはたくさんお金がかかります。なぜこんな目標を決めたんでしょうか。 Q1. カーボンニュートラルって何です
  • 中国の研究グループの発表によると、約8000年から5000年前までは、北京付近は暖かかった。 推計によると、1月の平均気温は現在より7.7℃も高く、年平均気温も3.5℃も高かった。 分析されたのは白洋淀(Baiyangd
  • エジプトで開催されていたCOP27が終了した。報道を見ると、どれも「途上国を支援する基金が出来た」となっている。 COP27閉幕 “画期的合意” 被害の途上国支援の基金創設へ(NHK) けれども、事の重大さを全く分かって
  • 米国のウィリアム・ハッパー博士(プリンストン大学物理学名誉教授)とリチャード・リンゼン博士(MIT大気科学名誉教授)が、広範なデータを引用しながら、大気中のCO2は ”heavily saturated”だとして、米国環

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑