中川恵一氏に聞く、低線量被ばくの誤解と真実・2-福島で甲状腺がんは増えたか?

低線量放射線の被ばくによる発がんを心配する人は多い。しかし、専門家は「発がんリスクは一般に広がった想像よりも、発がんリスクははるかに低い」と一致して指摘する。福島原発事故の後で、放射線との向き合い方について、専門家として知見を提供する中川恵一・東大准教授に聞いた。(全3回)
問い2
福島で甲状腺がんが増えたという報告があります。原発事故の影響でしょうか?
答え2
甲状腺がんには検査を増やせば「発見」も増える特徴があります。
――福島県では原発事故当時18歳以下だった27万人の甲状腺診断が行われています。今年2月には「75人に甲状腺がんとその疑いを発見」との発表が福島県からありました。子どもの甲状腺がんの発生率は、100万人に1〜2人という報道もあります。どのように考えるべきでしょうか。
中川 これは、原発事故の影響によるものではありません。
韓国では今、甲状腺がんが増え、がんの第1位です。理由は、検診数の多さです。日本ではがん検診の受診率の少なさが問題ですが、韓国では6割の人が検診しています。そして女性の乳がん検診の際に、医師がついでに同じ検査機を使って甲状腺がんも見るようになったのです。
すると「発見」が急増しました。韓国の発見割合は10万人に81人、世界平均の10倍という統計もあります。女性にがんへの不安が広がり、手術が増えました。今、韓国では検査のしすぎが社会問題になっています。
そもそも、甲状腺がんは大人にかなりの確率で存在しますが、進行が非常に遅いことが特徴です。命にかかわらなければ手術のリスクを考え、切除しなくてもいい場合がほとんどです。
甲状腺がんは当然、若い人にもあります。福島での甲状腺がんの発見は、検査数が増えていることを考えると、決して異常なことではありません。
――一方、チェルノブイリ原発事故では、甲状腺がんで15人の子どもがなくなりました。
中川 まず、チェルノブイリ事故と福島事故とでは事情が違うことを、考える必要があります。チェルノブイリ事故では周辺住民の子どもの100人に1人は1万mSvも被ばくし、6000人の子どもが甲状腺がんになりました。それに対して、福島事故の子どもの最大被ばく量は35mSvです。事故による被ばく量の増加も、大半の子供は数mSvです。
チェルノブイリではソ連体制の下で事故の情報が住民に伝えられず、避難や食料の管理が適切に行われませんでした。それに加えて土地の事情があります。ヨウ素という物質は甲状腺ホルモンをつくるためだけに必要です。日本人は海の近くで生活し、ヨウ素を昆布のような海藻から体に取り入れます。
ところが内陸で生活するとヨウ素が不足しがちになります。米国では、家庭用食塩にヨウ素を入れるように政府が指導しています。チェルノブイリ周辺では、ヨウ素の含む食材をほとんど食べていませんでした。
――日本とは食をめぐる環境が違ったわけですね。
中川 チェルノブイリ事故では放射性物質であるヨウ素131が拡散しました。乳牛が汚染された草を食べそこから取れたミルクを、子どもたちが飲みました。ヨウ素不足の体に取り込まれたために、甲状腺が吸収しました。
福島原発事故の場合には、事故直後に周辺地域産の食材の流通を禁止しました。そのために、食料による被ばくはほとんどありませんでした。
このように、状況が異なることから、日本ではチェルノブイリ事故と同じように子どもたちが甲状腺がんになる可能性はありません。ただし今後、福島で検査が増えれば、がんの「発見」も増えます。そのことを認識して、周知しておく必要はあります。
問い3
低線量被ばくの危険性を訴える人たちが今でもいます。その情報にどのように向き合うべきでしょうか?
答え3
科学的事実を受け止め冷静に情報に向き合ってください。
――中川先生は事故直後から、低線量被ばくの健康影響について情報発信をはじめました。ところがインターネットなどで批判をたくさん受けました。
中川 ネットで私の名前を検索すると「御用学者」とか、たくさんの悪口雑言が書かれています。私は誰かに頼まれて発言したのではなく、誤ったがんや放射線の情報が広がることがおかしいと思い、自発的に発言したのです。
私が語る放射線の情報は、私個人の意見ではなく科学的な事実です。これまでの研究の集積、医師としての経験の結果です。
――どのような理由で、一部の人は低線量被ばくの危険性を訴えているでしょうか。
中川 低線量被ばくの影響はとても小さいものです。しかしゼロであると断言できません。リスクがまったく存在しないと証明するのは難しいことです。私は「福島でがんは増えない」と判断していますが、「絶対」と証明はできません。残念ながら断言できないために、「危険」という、一部の人の主張が印象に残ってしまいました。危険を主張する人は「リスクゼロ」を求めているようです。
――国際放射線防護委員会(ICRP)も0から100mSvまでの間の健康影響は安全サイドに立って、ごくわずかでも影響があるとする仮説を採用しています。
中川 ICRPは、発がんは「しきい値」というある水準から急に発生する現象ではなく、被ばく量に比例して発生しているとの仮説を採用しました。LNT(直線しきい値なし「Linear Non-Threshold」)仮説といいます。

1000mSvの被ばくでは約5%がん発生が増加するとのデータがあります。LNT仮説では仮に100mSvでは0.5%と想定し放射線の防護を検討します。ただしICRPは、これを仮説と強調し「がん発生、死亡者数推定に使ってはいけない」「10mSv以下の被ばくでは健康被害は観察されない」としています。いわば100mSv以上は「科学」の領域、100mSv以下は「哲学」の領域、つまり安全思想の領域と言えるでしょう。
ところが日本では誤ってLNT仮説が紹介されました。「10mSvの被ばくなら人口200万人の福島でがんは100人増える」と専門家と称する人が発言し、混乱を生みました。これは仮説で、10mSv以下でがんが必ず増えるという意味ではありません。それなのに「ICRPが、がんが増えると言っている」という主張もありました。いずれも間違いで残念です。
「3・福島へのメッセージ」に続く。
(取材・編集 石井孝明(アゴラ研究所フェロー))
(2014年10月6日掲載)
関連記事
-
ベクレルという量からは、直接、健康影響を考えることはできない。放射線による健康影響を評価するのが、実効線量(シーベルト)である。この実効線量を求めることにより、放射線による影響を家庭でも考えることができるようになる。内部被ばくを評価する場合、食べた時、吸入したときでは、影響が異なるため、異なる評価となる。放射性物質の種類によっても、影響が異なり、年齢によっても評価は異なる。
-
チェルノブイリ事故によって、ソ連政府の決定で、ウクライナでは周辺住民の強制移住が行われた。旧ソ連体制では土地はほぼ国有で、政府の権限は強かった。退去命令は反発があっても、比較的素早く行われた。また原発周囲はもともと広大な空き地で、住民も少なかった。
-
2015年のノーベル文学賞をベラルーシの作家、シュベトラーナ・アレクシエービッチ氏が受賞した。彼女の作品は大変重厚で素晴らしいものだ。しかし、その代表作の『チェルノブイリの祈り-未来の物語』(岩波書店)は問題もはらむ。文学と政治の対立を、このエッセイで考えたい。
-
シンクタンクのアゴラ研究所(東京)は昨年12月8日に、シンポジウム「持続可能なエネルギー戦略を考える」を、東京工業大学(同)で開催した。そこで行われた基調講演の要旨を紹介する。
-
28年前、旧ソ連邦のウクライナで4号機が放射能を火山のように噴出させて以来、チェルノブイリの名前は原子力の悪夢のような面の同義語となってきた。そのチェルノブイリでは現在、巨大な国際プロジェクトが進行している。高い放射能を帯びた原子炉の残骸を、劣化したコンクリート製の「石棺」ごと、今後100年間以上封じ込める巨大な鋼鉄製シェルターの建設作業だ。
-
核兵器の原料になる余分なプルトニウムを持たない。広島、長崎で核兵器の被害を受け、非核3原則のもと原子力の平和利用を進める日本は、こうした政策を掲げる。しかし原子力発電の再稼動が遅れ、それを消費して減らすことがなかなかできない。
-
アゴラ研究所の運営するエネルギーのバーチャルシンクタンクGEPR(グローバルエナジー・ポリシーリサーチ)はサイトを更新しました。
-
10月27日放送の言論アリーナを公開しました。現地で医療活動を行う公衆衛生の研究者でもある越智小枝医師(相馬中央病院内科診療科長)に話をうかがった。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間














