熱力学第二法則で考える移民問題:「善意」だけでは社会は維持できない

はじめに:なぜ善意の政策が混乱を生むのか
近年、欧州を中心に移民政策を巡る混乱が続いている。人道や多様性を掲げたはずの政策が、なぜ社会分断や治安悪化を招いてしまったのか。この問いに対し、感情論やイデオロギーではなく、構造そのものから考えてみたい。
その手がかりとして有効なのが、物理学の基本法則である熱力学第二法則である。
熱力学第二法則という視点
熱力学第二法則は、簡潔に言えばこういう法則だ。どのようなシステムであっても、適切な制御や境界がなければ、秩序は自然に維持されず、無秩序へと向かう。
これは物質世界の話だが、人間社会にも驚くほど当てはまる。社会秩序は放置すれば自然に保たれるものではなく、制度、規範、文化といった「見えない制御」によって支えられている。
ここで、社会を「熱力学的システム」として見ると、以下のような対照表ができる。
| 熱力学 | 社会 |
| 系(system) | 国家・共同体 |
| 境界 | 国境・法制度・文化規範 |
| エネルギー | 教育、規範、治安、行政コスト |
| 秩序(低エントロピー) | 信頼、ルール遵守、社会的一体感 |
| 無秩序(高エントロピー) | 対立、犯罪、分断、制度疲労 |
この対照表は、価値判断ではなく構造判断による。
移民流入と社会エントロピー
この観点から移民問題を見ると、論点は明確になる。
移民そのものが善か悪かではない。問題は、規制や設計を欠いた大量流入である。
言語、宗教、法意識、家族観、社会規範の異なる人々が短期間に大量に流入すれば、社会の摩擦は必然的に増大する。これは価値判断ではなく、社会システムの安定性の問題である。
熱力学的に言えば、これはエントロピー流入である。秩序を保つためには、警察、福祉、教育、統合政策といった「外部エネルギー」を大量に投入せざるを得なくなる。
つまり、教育、同化政策、厳格な法執行、文化的ルールの明確化、受け入れ人数の制御などはすべて、エントロピー増大に抗うための「外部エネルギー投入」だ。
それを怠れば、どうなるか。
「多様性」は、分断に、対立に、治安悪化に、ポピュリズムの台頭に、社会不安へ。
これは欧州ですでに観測された「実験結果」である。従って、厳格な規制や設計を欠いた移民の受け入れは止めるべきである。
「移民の武器化」という現象
ここで注意すべきなのは、「意図」の問題である。
熱力学第二法則は、意図の有無を問わない。善意であっても、エントロピーは増大する。しかし、その構造的脆弱性を認識した主体が、それを意図的に利用するならばどうなるか。結果として、移民は「武器」として機能し得る。
これは陰謀論ではない。戦車やミサイルを使わず、相手社会に秩序維持コストを強制的に負わせる、現代的な非対称戦争の一形態である。
重要なのは、問題が「誰かの悪意」にあるのではなく、第二法則を無視した社会設計そのものにある点だ。
日本社会は「比較的低エントロピー」だった
では、日本社会はどうだろうか。
日本社会は、自然観、社会観、家族観といった基層において、長い歴史の中で形成されてきた自律的な秩序を持つ社会である。法や強制に依らず、規範や暗黙の了解によって社会が回る構造を持ってきた。
本稿でいう「比較的低エントロピーな社会」とは、秩序を維持するために監視や罰則といった外部エネルギーを過度に投入しなくても、社会が安定している状態を指す。
これは民族論ではなく、歴史と文化が生み出した社会構造の話である。
自律社会が揺さぶられている理由
しかし近年、その前提となってきた自律的秩序が、十分な検証や設計を欠いたまま揺さぶられている。
人手不足を理由にした安易な移民受け入れ、同化を伴わない「共生」という曖昧な理念、治安や規範の議論を封じる空気。
問題は変化そのものではない。自律社会の存在を理解しないまま、それを解体してしまうことにある。熱力学第二法則が示す通り、秩序は一度失われれば、自然には回復しない。
移民を受け入れてもよい「条件」とは何か
熱力学第二法則は、移民を全面否定してはいない。重要なのは条件設計だ。
低エントロピーを維持できる条件
- 受け入れ数を制御する(流量制限)
- 文化・法規範への同化を義務化
- ルール違反は即座に排除(不可逆性)
- 自立を前提とする(福祉依存を防ぐ)
これは「冷たい政策」ではなく、社会という系を壊さないための最低条件である。
おわりに:善意と設計は別物である
移民政策は、人道政策であると同時に、安全保障政策でもある。善意は尊重されるべきだが、善意だけで社会が維持されることはない。
必要なのは、排除でも放任でもない。社会の特性を踏まえた設計と規制である。厳格な規制や設計を欠いた、安易な移民の受け入れは止めるべきである。
第二法則は冷酷だが正直だ。それを無視した理想は、必ず現実に裏切られる。
日本社会がこれまで維持してきた自律的秩序を、無自覚に失ってよいのか。その問いから、議論を始めるべき時期に来ている。
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