EPAが疑義を示すバイオマス神話:再エネ賦課金に転嫁される脱炭素の歪み

2026年01月31日 06:40
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技術士事務所代表

urbazon/iStock

脱炭素、カーボンニュートラル、ネットゼロ。これらの言葉は、いまや疑う余地のない「正解」として共有されている。一般には、木質バイオマスについて次のように説明されることが多い。

木々は成長過程で大気中の二酸化炭素(CO2)を吸収しており、その木を燃やして排出されるCO2は、もともと吸収した分を戻しているだけなので、プラスマイナスで見ればトータルはゼロになる、という整理である。

しかし近年、米国環境保護庁(EPA)は、こうした説明を前提にした「無条件のカーボンニュートラル」扱いには慎重な見直しが必要だとの認識を示し始めている。問題は理念ではない。物理と工学、そして時間軸である。

1. 石炭の起源は、植物バイオマスである

まず確認すべき基本がある。石炭は、太古の植物が地中に埋没し、長い時間をかけて炭化したものであり、その起源は明確に植物バイオマスである。

物質的に見れば、

  • 木質バイオマス:最近の植物
  • 石炭:昔の植物

という違いしかない。

それにもかかわらず、木質バイオマスは再生可能エネルギーとして優遇され、石炭は絶対悪として排除される。この善悪二分法は、自然科学的必然というより、政策設計上の都合によって作られた整理である。

2. 「プラスマイナスゼロ」という説明が抱える時間差

先の説明が直感的に受け入れられやすい理由は、「収支がゼロ」という分かりやすさにある。だが、この整理には決定的に欠けている視点がある。それが時間軸だ。

木を燃やせば、CO2は即座に大気中へ排出される。一方、その炭素を再び森林が吸収・固定するには、数十年、場合によっては100年近い時間が必要となる。これは、排出と吸収が同時に起きているわけではない。排出を現在に集中させ、吸収を未来に先送りしているのである。

EPAが問題視しているのも、将来の吸収を仮定して現在の排出を相殺するという、会計的な整理が物理的現実を反映していない点だ。燃焼時に排出されるCO2は、石炭であれ木材であれ、物理的に区別できない。

3. 水分という、最も基本的な工学的制約

さらに見落とされがちなのが、含有水分という燃焼工学の基本である。

豪州ビクトリア州の褐炭は、含有水分が約60%とされ、「水を燃やしている」と批判されてきた。そのため、脱水・乾燥に要するエネルギー負荷が正面から問題視されてきた。

ところが、伐採直後の木質バイオマスの含有水分も45〜60%に達し、褐炭とほぼ同水準である。この状態では燃料としての効率は極めて低く、そのままでは実用にならない。

実際に発電に用いられる木質バイオマスは、自然乾燥や強制乾燥、ペレット化といった工程を経て、含水率5〜10%まで下げられている。

つまり、乾いた木質バイオマスは自然に存在するのではなく、相当量のエネルギー投入によって作られている

4. 見えなくされた乾燥負荷と評価の歪み

褐炭の場合、脱水・改質に要するエネルギーは「非効率」として明示的に問題視される。一方、木質バイオマスでは、乾燥や加工に使われたエネルギーは、制度上ほとんど評価されない。

燃焼段階だけを切り取り、「再生可能」「排出ゼロ」とする評価は、ライフサイクル全体を意図的に見ない姿勢に等しい。EPAの指摘は、バイオマスそのものというより、こうした評価手法の前提への警鐘と理解すべきだろう。

5. 再エネ賦課金として社会化されるコスト

乾燥・加工・輸送に要したエネルギーとコストは、当然ながら発電コストに反映される。日本では、木質バイオマス発電は固定価格買取制度(FIT)の対象となり、高値で買い取られる。その差額は、再エネ賦課金として電気料金に上乗せされ、国民全体が負担している。

特に輸入ペレットに依存する大型バイオマス発電では、海外で乾燥・成形された燃料を長距離輸送し、国内で「再エネ」として買い取る構造になっている。これは脱炭素でもエネルギー自立でもなく、排出とコストの海外移転に近い。

6. ナラティブとしてのカーボンニュートラル

結局のところ、カーボンニュートラルやネットゼロは、厳密な物理・工学的積み上げというより、「プラスマイナスゼロになるはずだ」という物語(ナラティブ)を前提に成立している政策スローガンの側面が強い。

トランプ前大統領や米国の保守系科学技術者が繰り返し指摘してきたのは、反科学ではない。むしろ、物理法則やエネルギー収支を無視した政策こそが非科学的だという、工学的にきわめて素朴な疑問である。

水は燃えない。エネルギー保存則に例外はない。

この当たり前の事実から目を背けたまま「ネットゼロ」を唱える政策は、現実の問題解決ではなく、安心感を演出するためのナラティブに過ぎない。再エネ賦課金として顕在化している負担は、その歪みがすでに現実に現れ始めた兆候である。

EPAの指摘は、気候政策を理念から物理へ引き戻す警告であり、日本のエネルギー政策もまた、その射程内にある。

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