一般家庭への拙速なスマートメーター導入への懸念 — 日本におけるスマートグリッドの現状
東日本大震災とそれに伴う福島の原発事故の後で、日本ではスマートグリッド、またこれを実現するスマートメーターへの関心が高まっている。この現状を分析し、私見をまとめてみる。
日本におけるスマートメーター、スマートグリッドに対する考え方の変遷
これまでのスマートメーター、スマートグリッドに対する日本政府及び業界の反応は、次の3段階に分けて考えることができる。
【第1段階:~2010年ごろ】
海外でスマートグリッドという言葉がもてはやされているが、日本の電力品質は世界一で、送配電網の自動化も実施済み。スマートグリッドなど不要、あるいは日本の送配電網はすでにスマートグリッド化している。発電予備力も十分あるので、米国で注目されているデマンドレスポンス(電力需要を抑制する仕組み。以降DRと略)は不要である。また、検針員の雇用問題や、検針員が各戸を訪問・検針しない場合の検針結果の通知コストを考えると、スマートメーター化は当面実現困難だ。このような意見が大勢を占めていた。
【第2段階:2011年~昨年3月11日の東日本大震災まで】
特異日(正月やゴールデンウィークなど、電力需要が少なくなる日)では、ベース電源(一定量の電気を安定的に供給する電源)である原子力発電でほとんどの需要を賄えている。この上に、政府が打ち出した2020年2800万kWの太陽光発電(以下、PVと略)大量導入目標が達成されると、特異日には各家庭内のPVが作り出した電気を家庭内で使い切れなくなり、逆潮流(電線をさかのぼって家の外に流れ出す)が発生し、電力系統に悪影響を及ぼす可能性がある。
したがって、日本型スマートグリッドとして何らかの対策が必要である。すなわち、PVの普及に伴って、ベース電源である原子力発電設備を減らすのではなく、大量の逆潮流を起こさないよう、PV側を制御する必要があるという方向に変化した。
一方、スマートメーターに関しては、2010年6月に改定されたエネルギー基本計画において、「費用対効果等を十分考慮しつつ、2020年代の可能な限り早い時期に、原則全ての需要家にスマートメーターの導入を目指す」ことが示された。
このため経済産業省と民間企業や研究者によるスマートメーター制度検討委員会で仕組みが検討された。30分検針値の発信(30分ごとに電力使用量を計測した値を保持し、まとめてデータセンター側に送信する)と遠隔開閉(作業員が出向かなくても、データセンターからスマートメーターに指令を送ることで電力供給開始/停止が行える)の機能に限定することでコンセンサスが得られ、DR機能や住宅向けエネルギー管理システム (HEMS)とのインタフェース検討は先送りとされた。
【第3段階:東日本大震災以降の電力需給の逼迫を背景に】
発電予備力が十分ではなくなってきたので、電力使用情報を「見える化」するだけでなく、ビルや住宅向けのエネルギー管理システムと連携させることにより、ピーク需要削減に貢献するDRを実現するツールとしてのスマートメーターを早期導入する機運が高まった。
その後のスマートメーター、スマートグリッド導入具現化の過程
以上の通り、日本でもスマートメーター、スマートグリッドを推進する流れはできたものの、その具体化のために、これまでに次のような過程を経てきている。
- 昨年7月、国家戦略室エネルギー・環境会議において決定された「当面のエネルギー需給安定策」では、「スマートメーターの導入促進及びそれを活用した需要家に対するピークカットを促す料金メニューの普及」、「今後5年以内に高圧を含めた総需要の8割をスマートメーター化し、これによりスマートグリッドの早期実現」という方針が発表された。
- 昨年11月、エネルギー・環境会議において「スマートメーターとHEMSとの情報連携に必要なインタフェースの標準化について、今年度中に行う」、「HEMSの導入を促進する」という方針が打ち出された。
- これを受けて、スマートコミュニティアライアンス(JSCA:官民一体となってスマートコミュニティを推進するため平成22年4に設立された組織)のスマートハウス標準化検討会の下に、HEMSタスクフォースおよびスマートメーター・タスクフォースができ、スマートメーターとHEMS間のインタフェースの標準を検討。今年2月、HEMSと接続機器およびスマートメーターとの間のインタフェースとしてECHONET-Liteを推奨することを決定した。
- また、電気料金制度・運用の見直しに係る有識者会議ができ、今年3月に「電気料金制度・運用の見直しに係る有識者会議報告書」がまとめられたが、その中で、「スマートメーターの早期導入に向けて規格の標準化を進めるとともに、効率的な調達の観点からオープンな形で実質的な競争がある入札を行うこと」が提言された。
- これに呼応して、東京電力は、スマートメーターの本格導入に向けた調達改革の一環として、スマートメーターの計器部分と通信部分のそれぞれについて、現行仕様に対する意見公募を行い、国内外の意見を反映して、仕様の最適化を図る旨をプレスリリースで公開している。そして、3月21日、スマートメーター通信機能基本仕様に関する意見の募集を開始。採用に当たって、スマートメーターが実現する機能に関する前提条件として、以下を提示している。
- 30分検針値(30分ごとの電力使用量)を収集できること。
- 電力会社のデータセンターからスマートメーターの設定・制御ができること。
- 検針員の持つハンディターミナル(使用電力量を計測する装置)を用いた直接検針もできること。
- スマートハウス標準化検討会で取りまとめられたスマートメーターとHEMSのインタフェース標準(ECHONET-Lite)に準拠し、通信ネットワークはIP(インターネットプロトコル)に準拠、伝送メディアは920MHz帯特定小電力無線、無線LAN、PLC(電力線通信)の3方式のいずれか(あるいは、その組み合わせ)であること。
- 通信傍受や「なりすまし」、「データ改ざん」、電波妨害などを排除し、確実なセキュリティー対策を施すこと。
- 運用保守機能として、スマートメーター自らが設備管理情報をセンターに自動送信し、遠隔から通信ネットワークを介して通信ソフトウエアを更新できること。
※ このスマートメーター通信機能基本仕様を見る限り、東京電力としては、海外のDRで基本となりつつある自動DR(系統の電力逼迫時に「DRシグナル」を電力会社が送り、需要家側の機器の電力使用を自動的に抑制する仕組み)は考慮されていないことがわかる。
※ また、これに先駆けて東京電力は2月末にスマートメーター導入計画を発表したが、来年秋から家庭を中心に従来型メーターとの交換を始め、2022年度までに大規模オフィスや工場も含む約2700万件の全契約者に導入する計画とのことである。
単にスマートメーターを導入しても、ピーク需要削減や省エネは進まない
ここまで、日本におけるスマートメーター、スマートグリッドに対する考え方の変遷と、今後どのように具体化されそうかを見てきた。
東京電力は、スマートメーターの計器部分と通信部分の仕様をオープンにし、競争入札でスマートメーターの購入価格を1万円以下に抑えたいとしている。しかし、それでも全契約者2700万件にスマートメーターを導入するとなると2700億円。更に、スマートメーターとデータセンター間で検針データなどの授受を行わせるための通信インフラ整備コストが1000億円以上と言われている。
さらに、せっかく導入したスマートメーターを有効利用するには、検針システムの更改だけでなく、料金計算システムや停電管理システム、顧客管理システムなど、システム改変費用も必要になる。ざっと見積もって、2022年までの8年間に4000億円、年平均500億円の投資に見合う成果が期待できるのか、いささか疑問である。
電力供給においては、特定時間に需要が集中すること(ピーク)を抑制するために、負荷率の削減が必要になる。その方策はスマートグリッドを使った場合に「間接負荷制御」と「直接負荷制御」の2つの方向がある。電力会社から電気料金や使用情報などのインセンティブ情報を提供することにより、需要家自らが電気の使い方を抑制することが「間接負荷制制御」だ。一方で、電力会社から需要家の家電機器を直接遠隔操作する「直接負荷制御」という取り組みもある。
最もDRが進んでいる米国でFERC(連邦規制委員会)がまとめた2010年のDR評価報告書(2010 Assessment of Demand Response and Advanced Metering Staff Report)のDRプログラム及び需要家タイプ別ピーク抑制可能電力量比較グラフ(Reported potential peak load reduction by type of program and by customer class P33)が示されている。
時間帯別料金(TOU:Time-of-Use Rate)や、事前通知型の時間帯別料金(CPP:Critical Peak price)などのDR(下図右側のTime-based Programs部分)よりも、直接負荷制御(DLC:Direct Load Control)など(下図左側のIncentive-based DR Programs部分)の方が一般家庭(Residential:下図中で青の部分)のピーク需要削減に貢献すると予想されている。また、それよりも大口需要家(Commercial and Industrial:下図中でオレンジ色の部分)のDRプログラムの方が大きなピーク削減効果があるとみなされていることがわかる。
また、昨年度、関東・関西合わせて900戸を対象としたデマンドレスポンスの実証実験が行われているが、その結果は、下図の通りで、劇的なピーク需要削減結果は得られていない。
※ 図中、グループ1は時間帯別料金(TOU)でピーク時間帯の単価は2倍。グループ2は 事前通知型の時間帯別料金(CPP)でピーク時間帯の通常単価は2倍、CPP発動日の単価は3倍。グループ3は事前通知型の時間帯別料金(CPP)+エアコン直接制御で単価はグループ2と同じ。グループ5は比較対象のためのグループで、一律料金、見える化のみ。
提言 ー 本格導入前に効果を検証するべき
せっかく盛り上がっているスマートメーター導入機運に水を差すつもりはないが、このままスマートメーター導入に突き進むより、実証実験モニター家庭の選び方、グループの分け方、CPP発動時の単価設定の仕方など、さらに工夫し、かつ、ピーク需要削減目標を立てて実証実験を行い、目標をクリアできるかどうか(自動DRの仕組みを用いなくとも期待した需要削減効果が得られるかどうか)を確認してからスマートメーターの本格導入を考えても遅くはない。
昨年11月、平成23年度経済産業省関連第三次補正予算の一環として、エネルギー管理システム(BEMS・HEMS)導入促進事業費補助金300億円が認可されたが、米国の資料を参考にするなら、現時点では一般家庭へのスマートメーター導入を急ぐよりも、まずは大口需要家の100%スマートメーター化をめざし、エネルギー管理システムとの間で自動DRによるピーク需要削減の仕組みの完成と実展開に予算を集中させた方が良いのではないだろうか?
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