東京都の電力販売への違和感
(IEEI版)

東京都の電力改革を主導する猪瀬直樹都知事(同氏ホームページより)
東京都は保有する水力発電所からの電力を平成21年度(2009年)から10年間の長期契約で東京電力に販売しているが、この電力を来年度から入札により販売することにした。3月15日にその入札結果が発表された。(産経新聞3月15日記事「東京都の水力発電、売却先をエフパワーに決定」)
新電力と呼ばれる特定規模電気事業者であるエフパワー社が落札し、その価格は1kWh当たり14.5円と発表されている。今までの都の東電への売却価格は1kWh当たり約9円と報道されており、年間の都の収入は10億円から17億円に増加する。
東京都の収入が増えるのは都民にとって喜ばしいが、14.5円で売れる電力を何故9円でいままで東電に販売していたのだろうか。東電はその差額を利益にしていたのだろうか。そうではない。東電の電気料金はコストをベースにした総括原価主義に基づき決められている。全てのコストに約3%の報酬率が加えられ、電気料金になる。都の水力発電所からの電気は東電が販売のために仕入れる電力でありコストの一部になっている。コストが安い分電気料金が安くなる。大株主でもある都が東電にコスト競争力のある卸電気を供給するのは当然かもしれない。
来年度から都の水力発電所からの電力供給がなくなるために、東電は火力発電所を利用し、その電力量を補うことになる。都の水力発電所の来年度の発電量の見込みは1億1700万kWhだ。原発が停止している現状東電で余力が最もあるのは石油火力だが、この発電量を石油火力で得ると燃料代だけで、16億から17億円必要だ。水力からの電気を購入するのに比較し、燃料代だけで5億から6億円コストがかさむ。むろん燃料代に加えて運転費、人件費なども必要だ。
東電の大株主である東京都が競争力のある電気を東電以外に販売することにより、東電の収益を悪化させるわけだ。他の株主は納得できないだろう。東電が契約の残存期間6年間分の違約金を都に請求しているのは、他の株主にとっては当然かもしれない。都が電力業界に競争環境を創り出そうとするのは、東電の株主としての立場と矛盾しているようにも思える。
もし違約金が支払われなかったら、コストの増加分は、最終的に電気料金の値上げの形で消費者が負担することになるだろう。原発停止による燃料代の負担に加えて、都の水力発電所からの電力が来ない分も値上げにつながる。都民は都の増収によるメリットを多少受けることがあるかもしれないが、都民以外の東電の消費者は東電が安い電源を失うことによるデメリットを更なる電気料金値上げの形で受けることになる。
さて、今回電力を購入したエフパワーの購入価格14.5円は高いように思える。送電料金、自社のコスト、利益を上乗せすれば自由化されている分野の電力料金としての競争力はないだろう。おそらく二酸化炭素を排出しない電力としての価値を付け、他の自由化されている電力より高く売ることになる。一時、羽田空港のエスカレーターに表示されていた「グリーン電力」だ。
二酸化炭素を排出しない電力を好む消費者がいるのは間違いないので、市場はあるのだろう。しかし、温暖化問題に携わり、二酸化炭素削減事業を行っていた私は「グリーン電力」の意義を殆ど認めていない。
既に動いている水力発電では二酸化炭素は出ていない。グリーン電力でお金を出しても新たに二酸化炭素が減る訳ではない。個人の好みに口出すする気はないが、新たな削減につながらない仕組みに私はお金を出す気はしない。
(2013年4月1日掲載)

関連記事
-
高校生がスウェーデンで感じたこと 今年の夏、全国の高校生13人がスウェーデンの〝核のごみ〟の最終処分に関わる地下坑道施設や研究所を視察した。約1週間の行程で私はアドバイザーとして同行した。 この視察の中で、高校生たちは様
-
前回に続き、最近日本語では滅多にお目にかからない、エネルギー問題を真正面から直視した論文「燃焼やエンジン燃焼の研究は終わりなのか?終わらせるべきなのか?」を紹介する。 (前回:「ネットゼロなど不可能だぜ」と主張する真っ当
-
女児の健やかな成長を願う桃の節句に、いささか衝撃的な報道があった。甲府地方法務局によれば、福島県から山梨県内に避難した女性が昨年6月、原発事故の風評被害により県内保育園に子の入園を拒否されたとして救済を申し立てたという。保育園側から「ほかの保護者から原発に対する不安の声が出た場合、保育園として対応できない」というのが入園拒否理由である。また女性が避難先近くの公園で子を遊ばせていた際に、「子を公園で遊ばせるのを自粛してほしい」と要請されたという。結果、女性は山梨県外で生活している(詳細は、『山梨日日新聞』、小菅信子@nobuko_kosuge氏のツイートによる)。
-
10月最終週に「朝まで生テレビ」に出た(その日は直前収録だったが)。原発政策がそのテーマだったが、自分の印象では、そのほとんどの時間が東京電力の法的整理論に関する議論に費やされたような気がする。出演者の方々のほとんどが法的整理に賛成で、私一人が消極的意見を述べ、周りから集中砲火を浴びた。
-
エネルギー・環境問題を観察すると「正しい情報が政策決定者に伝わっていない」という感想を抱く場面が多い。あらゆる問題で「政治主導」という言葉が使われ、実際に日本の行政機構が政治の意向を尊重する方向に変りつつある。しかし、それは適切に行われているのだろうか。
-
9月末に国連のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第5次評価報告書が発表されることをきっかけに、9月3日に池田信夫さんの「言論アリーナ」に呼んで頂き、澤昭裕さんも交えて地球温暖化の話をさせて頂く機会を得た。(YouTube『地球は本当に温暖化しているのか?』)その内容は別ページでも報告されるが、当日の説明では言い足りなかったり、正確に伝わるか不安であったりする部分もあるため、お伝えしたかった内容の一部を改めて書き下ろしておきたい。
-
昨年夏からこの春にかけて、IPCCの第6次報告が出そろった(第1部会:気候の科学、第2部会:環境影響、第3部会:排出削減)。 何度かに分けて、気になった論点をまとめていこう。 気候モデルが過去を再現できないという話は何度
-
トリチウムを大気や海に放出する場合の安全性については、処理水取り扱いに関する小委員会報告書で、仮にタンクに貯蔵中の全量相当のトリチウムを毎年放出し続けた場合でも、公衆の被ばくは日本人の自然界からの年間被ばくの千分の一以下
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間