海外の太陽、風力エネルギー資源の利用拡大を図ろう(下)
コラム(上)で、日本は、エネルギーの安定供給の確保と2050年に向けたCO2の大幅削減のため、再生可能エネルギーを大量に導入することが必要であり、そのためには海外の太陽、風力エネルギー資源の利用拡大を図らなければ、その実現は困難であることをご説明しました。
海外の太陽、風力エネルギー利用技術開発の重要性
「海外の太陽、風力エネルギー資源への依存が不可欠」という認識に立った時、「海外の太陽、風力エネルギー資源を利用して、如何に大量かつ安価なエネルギーを製造し、それをどのように日本に運んでくるか」ということが重要な課題となります。
まず、海外の質の高い太陽光・熱、風力資源の特長をフルに活用して、コストの安いエネルギーを得るためには、エネルギーの利用技術を海外資源の状況に合ったものに変える必要があります。例えば海外の太陽熱資源は、利用可能な時間帯、エネルギーの強度、利用可能な波長域などが日本国内のそれとは異なります。このため、日本国内で得られるエネルギーの質の制約によって技術的、経済的に利用困難あるいは不利であった技術が、海外の条件下ではより競争力のある技術となり得るからです。
また、海外資源の状況に合った利用技術開発をすることは日本の技術の競争力を高める観点からも重要です。日本の国内資源を前提とした利用技術開発だけでは、前回のコラムに記したように日本のエネルギー問題を解決できないばかりか、利用技術の主戦場となる太陽、風力エネルギー資源に恵まれた地域で日本の技術は遅れをとってしまうでしょう(注1)
海外の太陽、風力エネルギーをどのように運んでくるか
次に海外で太陽、風力から得たエネルギーをどのように日本に運んでくるかを考える必要があります。太陽エネルギーは電気または熱に、風力エネルギーは電気に変えて利用することが一般的ですが、電気や熱を大量に、かつ、遠距離運ぶことは大変に困難であり、また、コストもかかります。このため、太陽エネルギー、風力エネルギーを運搬可能な化学物質(化学エネルギー)に変えて利用することが合理的です。地球上に豊富に存在する水を利用してこれらのエネルギーを水素に変えれば、(後述するような困難はあるものの)船などで運搬することが可能となり、また、水素として使えば、CO2を出すこともありません。
この水素の利用技術開発や関連インフラに関する導入支援などは、既に政府によって行われています。ただ現在のような規模では、大量の再生可能エネルギーを導入するためには不十分です。
現在、水素を燃料とする燃料電池自動車を2025年までに250万台、家庭用の定置型燃料電池を2030年までに530万台導入するための水素導入計画が進められていますが、これだけの水素を導入しても、そのエネルギー量は2030年までに日本の一次エネルギー供給量の1〜2%を置き換えるに過ぎない量なのです。
日本の化石燃料への依存度を大きく減らし、CO2排出量を年までに90年比80%削減するためには、この数十倍の水素を海外の太陽、風力エネルギーから安価に製造し、輸送・貯蔵する方策を、今から検討しておく必要があります。ちなみに、現在の水素導入計画は、海外から輸入した原油や天然ガスから分離した水素を利用することを前提としているので、この程度の規模にとどまっているのです。
ただ、水素もこれを大量に取り扱う(運ぶ、貯める、使う)ためには、もう一工夫が必要となります。水素は、化学エネルギーとしては極めて有用な物質ですが、水素は超低温(マイナス253℃)まで冷却しないと液化しませんし、液化しても外部からの自然入熱によるボイル・オフ(自然蒸発)を止めることはできません。
また、水素は漏洩すると爆発する危険性が大きい物質ですが、水素は金属を脆くする性質があるため、容器には炭素繊維などの高価な材料を用いる必要があります。さらに、水素には臭いが付きにくいため、漏れているかどうかが分かりにくいという問題もあります。こういった事情で水素を取り扱うことは容易ではありません。
これまでの技術開発によって、水素の輸送・貯蔵技術にもかなり目途がついてきたと言われていますが、大量、かつ、遠距離(長時間)の輸送・貯蔵となるとまだまだ課題は多く、水素が再生可能エネルギーの大量導入手段となり得るかどうかは、技術的にも、経済的にもかなり疑問です。
そうしたことから、これまでの取組みに加えて水素を輸送・貯蔵が容易な別の物質(水素キャリア)に変えて運搬し、利用することを考えることも必要です。アンモニア、メチルシクロヘキサンなどがこういった物質の候補として提案されています。水素キャリアは、利用の際に再び水素を取り出して使う物質のことですが、アンモニアは水素キャリアになるだけでなく、それ自身が燃えるので、そのまま発電タービンや工業炉などの燃料及び燃料電池の燃料としても使える可能性があります。(この場合、アンモニアは水素キャリアではなく、エネルギー・キャリアと呼ぶべきでしょう。)つまり、アンモニアは、大量の化石燃料を代替するCO2フリーの燃料となる可能性があります。
これらの水素キャリア、エネルギー・キャリアとなる物質には、それぞれの特徴があります。ここで大事なことは、それぞれの物質の特徴と用途や使用条件を踏まえつつ、複数の大量導入シナリオを想定して、複層的な調査研究や技術開発を進めていくことです。今後、さまざまな予測不能な環境変化が起きることが間違いない中で、コストを含むシナリオ間の優劣は、大きく変わり得ますから。
また、こうした化学エネルギーの研究開発を進めることは、実は、国内の太陽、風力エネルギーの利用拡大にも役立ちます。何故なら、太陽、風力エネルギーを化学エネルギーに変えて貯めておくことによって、これらエネルギー資源の本質的、かつ、重大な欠点、すなわち、利用可能なエネルギー量の時間的変動が極めて大きいという問題を克服できるからです。しかも、蓄電池などを利用するよりはかなり経済的に・・・。
これまで、再生可能エネルギーは、夢のエネルギーともてはやされながらも、日本のエネルギー需給の将来においては、どちらかといえば主役というよりは、お客様のような扱いを受けていたのではないでしょうか。日本のエネルギー需給に係る制約要因を直視したうえで、再生可能エネルギーが将来的に担うべき役割を見直し、量的にも質的にもその大きさに相応しい取組みを、長期的観点に立って早急に開始する必要があると思います。
(注1)これまで行われてきた太陽、風力エネルギー利用技術開発が、国内のエネルギー利用を前提としたものに限られていた理由としては、技術開発の財源となっているエネルギー特別会計の制約があるとも言われています。
(2013年7月29日掲載)

関連記事
-
5月23日、トランプ大統領は、 “科学におけるゴールドスタンダードを復活させる(Restoring Gold Standard Science)”と題する大統領令に署名した。 日本語(機械翻訳)は
-
世界のエネルギーの変革を起こしているシェールガス革命。その中で重要なのがアメリカのガスとオイルの生産が増加し、アメリカのエネルギー輸入が減ると予想されている点です。GEPRもその情報を伝えてきました。「エネルギー独立」は米国の政治で繰り返された目標ですが、達成の期待が高まります。
-
6月24日、東京都の太陽光パネルの新築住宅への義務付け条例案に対するパブリックコメントが締め切られた。 CO2最大排出国、中国の動向 パリ協定は、「産業革命時からの気温上昇を1.5℃以内に抑える」ことを目標としており、C
-
前稿で触れた「気候変動の真実 科学は何を語り、何を語っていないか」については、このアゴラでも既に杉山大志氏とノギタ教授の書評が出ており、屋上屋を架すの感なしとしないが、この本体価格2200円の分厚い本を通読する人は少ない
-
本年5月末に欧州委員会が発表した欧州エネルギー安全保障戦略案の主要なポイントは以下のとおりである。■インフラ(特にネットワーク)の整備を含む域内エネルギー市場の整備 ■ガス供給源とルートの多角化 ■緊急時対応メカニズムの強化 ■自国エネルギー生産の増加 ■対外エネルギー政策のワンボイス化 ■技術開発の促進 ■省エネの促進 この中で注目される点をピックアップしたい。
-
日本政府は2050年CO2ゼロ(脱炭素)を達成するためとして、「再エネ最優先」でグリーントランスフォーメーション(GX)産業政策を進めている。 だが、世界情勢の認識をそもそも大きく間違えている。 政府は「世界はパリ気候協
-
九州電力の川内原発が7月、原子力規正委員会の新規制基準に適合することが示された。ところがその後の再稼働の道筋がはっきりしない。法律上決められていない「地元同意」がなぜか稼働の条件になっているが、その同意の状態がはっきりしないためだ。
-
小泉元首相を見学後に脱原発に踏み切らせたことで注目されているフィンランドの高レベル核廃棄物の最終処分地であるONKALO(オンカロ)。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間