エネルギー危機としての経常赤字

2014年03月31日 19:00
池田 信夫
アゴラ研究所所長

東日本大震災で日本経済は大きなダメージを受けたが、混乱する政治がその打撃を拡大している。2013年の貿易収支は11兆4745億円の赤字となり、これは史上最大である。経常収支も第二次石油危機以来の赤字となり、今後も赤字基調が続くおそれがある。円安にしようと大胆な金融緩和を進め安倍政権が、エネルギー危機を呼び込んだのだ。

こうなったのは、原油高の時期に原発を止めた菅内閣の責任が大きいが、それを放置したまま「デフレ脱却」で日本経済を回復させようとした安倍内閣の錯誤も重症だった。ここでは震災後3年で世界のエネルギー市場に何が起こり、それが日本経済にどのような打撃を与えたかを考える。

原発停止による損害は年間2.15兆円

日本の国際収支は、図表1のように2011年から貿易・サービス収支が赤字になり、これを所得収支が埋める形になっている。このきっかけは震災による緊急輸入だったので、その影響は一時的なものと思われたが、貿易赤字は翌年以降も拡大した。


図表1 貿易収支と経常収支(出所:財務省貿易統計)

この最大の原因は、民主党政権が2011年5月に中部電力浜岡原発を止め、全国の原発が定期検査後に運転できなくなったため、化石燃料の輸入が増えたことである。ただ石炭火力や石油火力は急に増やせないため、簡単に増設できるLNG火力が増えた。このため原油の輸入はほとんど増えていないがLNGの輸入が増え、そこにドル高が重なったため、巨額の貿易赤字が出る結果になった。まずエネルギー価格をみてみよう。


図表2 原油価格(ドル/バレル)とLNG価格(ドル/百万BTU)出所:IMF

図表2はWTI原油価格(左軸)とLNG価格(右軸)の推移を見たものだが、この5年で原油価格もLNG価格も2.5倍以上になった。原油価格は金融危機後に大きく落ち込んだ価格が2008年の水準に近づく過程ともみることができるが、日本のLNG価格は2011年から急に上がっている。これは原発の停止でLNGをスポット調達したことが最大の原因だ。これにドル高が重なったため、LNGの輸入額は2010年の3兆4718万トンから2013年には7兆589億円に倍増した(図表3)。

経済産業省が「原発停止で3.6兆円の損害」というのはこれをさしているが、この中にはドル建て価格の上昇や為替の影響も含まれているので、ネットの損害を計算してみよう。図表3でもわかるように、数量ベースでは25%増なのに円ベースで100%増ということは、残りの75%が為替と価格上昇の影響である。この間に為替レートは、2010年12月の1ドル=83円から2013年12月の103円まで25%上がっている。


図表3 LNGの輸入数量と金額(出所:貿易統計)IMF

残りの50%がドル建て価格の値上がりの影響ということになるが、この時期に原油は88ドルから100ドルに13%上がっただけで、LNG価格はアメリカではほとんど同じである。これを差し引いて考えると、日本の電力会社がスポットで調達したことによる値上がりの影響は37%程度あった。つまり原発停止のネットの影響は、数量増の25%に価格上昇の37%を加えた62%ということになる。金額でいうと約2兆1500億円である。

これは昨年の貿易赤字11兆4745億円の18%に相当し、GDPの0.4%強である。昨年の実質成長率が1.5%で輸入寄与度が-0.6%だから、その半分以上がLNGの輸入によるものだ。この影響は一時的ではなく、今後も原発の停止が続くと日本経済に持続的な影響を与える。すでに2011年からの2年半でGDPの1%が失われた。

「エネルギー輸入インフレ」が経営を圧迫する

しかし実質的な損害はもっと大きい。図表4は2010年以降の消費者物価指数(総合CPI)と、いわゆるコアコアCPI(食料・エネルギーを除く総合)を比べたものだが、総合CPIとコアコアは指数にして2.5も差がある。総合では、2013年以降ややインフレだが、コアコアで見るとずっとデフレである。


図表4 消費者物価指数とエネルギー価格の推移(出所:総務省)

総合CPIの上昇を「異次元緩和の成果だ」というのは間違いである。食料・エネルギーを除く「コアコアCPI」は依然としてデフレで、総合CPIとの差はエネルギー価格の上昇である。震災以降、原油価格の上昇やLNG輸入の増加でエネルギー価格が上がっており、特に2010年までは下落を続けていた電気代が20%以上も上昇した。日本経済に起こったのは「デフレ脱却」ではなく、原油高とドル高によるエネルギー輸入インフレである。

電気料金の値上げの影響は、規制されている家計(低圧)より自由化された企業(高圧)のほうが大きい。次のように家庭用が10%以下の値上げに抑えられているのに対して、企業用はその2倍ぐらい上がっている。

  北海道 東北 東京 北陸 中部 関西 中国 四国 九州
家庭用 7.73 8.94 8.46 4.95 9.75 7.8 6.23
企業用 11 15.24 14.9 8.44 17.26 14.72 11.94

図表5 各電力会社の料金値上げ率(%)

値上げは企業経営にどれぐらい影響を及ぼすだろうか。たとえば北海道庁のアンケート によれば、電気代が総コストに占める比率は全業種で3.5%で、小売業では5.1%、製造業では4.6%と高い。北海道電力は大口電力を11%値上げするが、これによって道内企業の経常利益は平均9.4%減少する。大企業の減少率が8.3%であるのに対して、中小企業は9.6%と影響が大きい。北海道では、電炉メーカー北海道鉱業が廃業した。売り上げは50億円だが経常赤字が続いており、電気代の値上げが1億円のコスト増になるためだ。

この料金値上げの問題点は、経産省が原発を運転することを前提にして値上げ幅を圧縮していることだ。北海道電力の場合、11%の値上げは泊原発が動いているという前提であり、実際には運転再開の目処は立たないので、北電は債務超過の危機に瀕し、再値上げを申請する見通しだ。同社によれば、実態に見合う値上げ幅は30%ぐらいだという。

東電の値上げ幅も、柏崎刈羽原発が動くことを前提にして圧縮し、関西電力も高浜原発の運転が前提で、九州電力も玄海原発の運転が前提だ。しかし原子力規制委員会の安全審査を理由にして政府が運転再開を認めないため、大幅な赤字が続いている。図表6は、経産省の電気料金審査専門委員長の安念潤司氏がまとめた電力各社の経営状況である。2013年3月期には、9電力合計で1兆3420億円の赤字が出ている。


図表6 電力各社の経営状況(安念潤司氏による)

このように政府が電気料金の値上げを非現実的な条件で圧縮し、電力会社が大幅な赤字を出していることが、GDPの0.3%近い赤字(貯蓄不足)の原因になっている。マクロ経済的に見ると、経常収支の赤字は国内の貯蓄不足に対応するので、これが財政赤字と並んで経常収支が赤字になる大きな原因である。

経常赤字の影響

マクロ経済学の常識では、貿易赤字は悪ではない。日本が「貿易立国」を卒業する段階では、所得収支の黒字で貿易赤字を補う構造になることは当然である。しかし経常収支が赤字になることは好ましくない。マクロ経済的には

経常黒字=所得-消費-投資-財政赤字

だから、国内貯蓄が減少している中では経常黒字が財政赤字をファイナンスしている。財務省によれば、日本の家計純資産1205兆円に対して、政府債務は1122兆円と、その差は83兆円まで縮まっている。財政赤字は毎年50兆円ぐらい出ているので、2016年には逆転する可能性がある。このとき経常収支も赤字だと、国債を海外からの投資で埋める必要があり、金利が上昇するおそれが強い。

日本経済は、戦後の貿易黒字のおかげで約300兆円の対外純資産を蓄積しているので、経常赤字が今すぐ経済危機に直結することはないだろう。しかし財政赤字が急速に貯蓄を食いつぶしている中で経常収支がそれを補えないと、日本は海外からの投資に依存する経済になる。

経常収支が赤字になっても、アメリカのように海外から多くの資金流入が持続すればいいが、日本の対内直接投資はGDPの3%程度と低く、国債の海外保有率も低い。このまま経常赤字になると、高金利の対外債務に依存する南米やロシアのような不安定な経済構造になるおそれもある。対外純資産も、財政赤字の6年分しかない。

高度成長の時代は終わったが、日本はまだ豊かな国である。しかしその豊かさに安住して資産を食いつぶすと、大事な国富が失われ、貧困への道を転落するだろう。それを防ぐためには、政府が「成長戦略」のようなものを立てても意味はない。それより政府にできることは、本稿で指摘したようなエネルギー資源の莫大な浪費を止め、日本経済を正常な軌道に戻すことだ。その第一歩は、法令にもとづいて原発を運転することである。

(2014年3月31日掲載)

This page as PDF

関連記事

  • 「アジア投資銀行の狙いは、中国が「赤い原子炉」を輸出するための融資体制づくりではないか。また中国の中東からの石油、天然ガスを運ぶ海上交通路を安全にするための、途中の港湾の整備にも使うだろう。アジア開銀がやっていない融資だ。中国のエネルギー戦略と、この銀行は密接に結びついている」。日米の参加がないことで話題になっている中国主導のアジア投資銀行(AIIB)について、在東京のアジア某国の外交官は、取材に見通しをこう述べた。
  • 関西電力は、6月21日に「関西電力管外の大口のお客さまを対象としたネガワット取引について」というプレスリリースを行った。詳細は、関西電力のホームページで、プレスリリースそのものを読んでいただきたいが、その主旨は、関西電力が、5月28日に発表していた、関西電力管内での「ネガワットプラン」と称する「ネガワット取引」と同様の取引を関西電力管外の60Hz(ヘルツ)地域の一部である、中部電力、北陸電力、中国電力の管内にまで拡大するということである。
  • (GEPR編集部より)この論文は、日本学術会議の機関誌『学術の動向 2014年7月号』の特集「社会が受け入れられるリスクとは何か」から転載をさせていただいた。許可をいただいた中西準子氏、同誌編集部に感謝を申し上げる。1.リスク受容の課題ここで述べるリスク受容の課題は、筆者がリスク評価研究を始めた時からのもので、むしろその課題があるからこそ、リスク評価の体系を作る必要を感じ研究を始めた筆者にとって、ここ20年間くらいの中心的課題である。
  • 【要旨】 放射線の健康影響に関して、学術的かつ定量的に分析評価を行なっている学術論文をレビューした。人体への影響評価に直結する「疫学アプローチ」で世界的にも最も権威のあるデータ源は、広島・長崎の原爆被爆者調査(LSS)である。その実施主体の放射線影響研究所(RERF:広島市)は全線量域で発がんリスクが線量に比例する「直線しきい値なし(LNT)仮説」に基づくモデルをあてはめ、その解析結果が国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告に反映されている。しかしLNT仮説は低い線量域(おおむね100mSv以下)では生物学的に根拠がない(リスクはもっと小さい)とする「生物アプローチ」に基づく研究が近年広くなされている。
  • 東日本大震災とそれに伴って発生した東京電力福島第一原子力発電所事故から丁度3年後の2014月3月11日、日本原子力学会の福島第一原子力発電所事故に関する調査委員会(以下「学会事故調」という)が丸善出版から「その全貌と明日に向けた提言」題した報告書を刊行した。
  • 東日本大震災による東京電力・福島第一原子力発電所の事故の煽りを受けて、日本の全ての原子力発電所が定期検査などの後に再稼働できない“塩漬け”状態が続いている。
  • 2月25日にFIT法を改正する内容を含む「強靭かつ持続可能な電気供給体制の確立を図るための電気事業法等の一部を改正する法律案」が閣議決定された。 条文を読み込んだところ、前々からアナウンスされていたように今回の法改正案の
  • 2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震直後の誘発地震で、それまでに考慮されていなかった断層に地表地震断層を生じたことから、翌年、国は既設原子力発電所の敷地内破砕帯を対象に活動性の有無に関するレヴューを行なった。

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑