原子力損害賠償制度の課題と考察(その3)
論点2・大規模原子力災害への対応のあり方
原子力災害は、家庭、職場、地域コミュニティという「場」を破壊するという意味において異質である。今次の東電福島原発事故のような大規模災害においては、金銭賠償では救済が困難な被害があり、それが被災者の生活再建を滞らせている要因であることをかんがみ、国あるいは地方自治体による地域コミュニティ再生の取り組みが、事故後早い段階においてなされる必要性、民法不法行為制度による対応とは別に、例えばダム開発における土地収用法を参考に、集落・地域の再建を図ること等を含む国による災害補償スキームを創設しておく必要性を指摘しておきたい。
論点3・原子力事業関連法体系のあり方
原子力損害賠償制度を見直すにあたっては、原子力利用のリスクマネジメント施策の一部であるとの認識のもと、原子力安全規制、防災制度、地域再建支援制度、原子力国際協力等、諸制度との相互補完的な役割や協調を確保した原子力利用のリスクマネジメント施策について、総合的な全体像を描く必要性がある。限られたリソースの中で、どの救済を優先し、どうやって損害拡大を防止し、どう地域を再生させるか、いかに迅速に現実に即した形でなしうるか。原子力損害賠償制度を含めて事業環境関連制度全体を総合的に見直す必要がある。
原子力損害に関する国際条約、具体的には原子力損害補完的補償条約(CSC)への加盟を検討する必要もあると考える。
CSCに加盟した場合の意義としては次のものがある。
①わが国のメーカーがプラント輸出を行う場合、輸出相手国がCSCを締約していれば当該国における原子力事故の責任は輸出相手国の原子力事業者に集中されるため、わが国企業にとっての事業リスクの回避につながる。
②事故発生時に、事故を起こした国の責任額が3億SDR(約450億円)(注)を超えた場合、全ての加盟国により拠出された補完基金の支援が受けられる。(注・SDRはIMFにおける通貨の引き出し権。2013年9月30日の為替レートによれば、1SDR=1・534080ドル)
③わが国で起きた事故によって他国で越境損害が生じた場合であっても、裁判管轄権がわが国の裁判所に集中される。
これらのメリットが認められる一方で、①基金拠出金の負担金主体・負担方法の明確化、②研究炉等少額賠償措置しか持たない施設の扱い、③裁判管轄権の問題(他国で事故が起こりわが国に損害が及んだ場合は、裁判管轄権の集中原則によって日本国民は事故発生国において訴訟を提起する必要があることも受け入れなければならない)という潜在的なデメリットも考慮する必要がある。
4・今後の原子力損害賠償制度のあり方
わが国原子力損害賠償法が制定されてから約半世紀。東電福島事故によってもたらされる混乱を当時の法学者たちは予見していたかのように、国家の明確な関与のない原賠法を強く批判していた。法律制定後開催されたシンポジウム「原子力災害補償」において、我妻栄東京大学教授は「部会の答申と法は立脚する構想が異なる」と批判している。
「原子力の平和利用という事業は、歴史上前例のないものである。その利益は大きいであろうが、同時に、万一の場合の損害は巨大なものとなる危険を含む。従って、政府がその利益を速進する必要を認めてこれをやろうと決意する場合には、被害者の1人をも泣き寝入りさせない、という前提をとるべきである」と述べている。
わが国においては国の関与と覚悟が不明確であるまま原子力技術を利用してきてしまったのである。今後も原子力技術の平和利用を継続するのであれば、改めてそのリスクを明確化し、分担を明らかにすべく全体観をもった議論を行う必要がある。
(2014年4月14日掲載)

関連記事
-
はじめに 原子力発電は福一事故から7年経つが再稼働した原子力発電所は7基[注1]だけだ。近日中に再稼働予定の玄海4号機、大飯4号機を加えると9基になり1.3基/年になる。 もう一つ大きな課題は低稼働率だ。日本は年70%と
-
政府は政府事故調査委員会が作成した吉田調書を公開する方針という。東京電力福島第一原発事故で、同所所長だった故・吉田昌郎(まさお)氏が、同委に話した約20時間分の証言をまとめたものだ。
-
「原発事故に直面した福島のガンの増加の可能性は、仮にあるとして、0.0002%?0.0000の間。それなのに人々は避難を強制され、毎日表示されるガイガーカウンターの数値に囲まれ生活している」。ナレーションの後に原発と、福島の人々の姿、そして除染の光景が示される。これは必要なことなのだろうか
-
1ミリシーベルトの壁に最も苦悩しているのは、いま福島の浜通りの故郷から避難している人々だ。帰りたくても帰れない。もちろん、川内村や広野町のように帰還が実現した地域の皆さんもいる。
-
7月6日記事。クリントン氏はオバマ大統領の政策を堅持し、再エネ支援などを主張する見込みです。
-
2011年3月の福島第一原子力発電所事故の余波により、今後の世界的エネルギー供給への原子力の貢献はいくぶん不確かなものとなった。原子力は潤沢で低炭素のベースロード電源であるため、世界的な気候変動と大気汚染緩和に大きな貢献をすることができるものだ。
-
2015年12月8日開催。静岡県掛川市において。出演は田原総一朗(ジャーナリスト)、モーリー・ロバートソン(ジャーナリスト、ミュージシャン)、松本真由美(東京大学客員准教授、キャスター)の各氏が出演。池田信夫アゴラ研究所所長が司会を務めた。原子力をめぐり、メディアの情報は、正確なものではなく、混乱を広げた面がある。それを、メディアにかかわる人が参加し、検証した。そして私たち一般市民の情報への向き合い方を考えた。
-
【SMR(小型モジュール原子炉)】 河野太郎「小型原子炉は割高でコスト的に見合わない。核のゴミも出てくるし、作って日本の何処に設置するのか。立地できる所は無い。これは【消えゆく産業が最後に足掻いている。そういう状況】」
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間