遺伝子組み換え作物、なぜ作れないのか【報告1】
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世界の農業では新技術として遺伝子組み換え作物が注目されている。生産の拡大やコスト削減、農薬使用の抑制に重要な役割を果たすためだ。ところが日本は輸入大国でありながら、なぜかその作物を自由に栽培し、活用することができない。健康に影響するのではないか、栽培すると生態系を変えてしまうのではないかなど、懸念や誤った情報が消費者の間に広がっている。
この問題を議論するために、アゴラ研究所は「第6回シンポジウム 遺伝子組み換え作物は危険なのか?」を今年2月29日に東京・内幸町のイイノホールで開催した。
15年9月に毎日新聞の小島正美編集委員が中心となって「誤解だらけの遺伝子組み換え作物」(エネルギーフォーラム)という本を出版した。その小島氏に加えて生産者、研究者、消費者団体幹部らが出席し、多面的な視点から議論をした。
参加者は、小島正美(毎日新聞編集委員)、田部井豊(農業生物資源研究所上級研究員)、有田芳子(主婦連合会会長)、小野寺靖(農業生産者、北海道)の各氏。司会は池田信夫(アゴラ研究所所長)だった。
世界で急拡大、日本にも輸入-遺伝子組み換え作物の現状
まず研究者の田部井氏が遺伝子組み換えの現状を説明した。これは1996年に商品化され、2014年までに世界では1億8150万ヘクタールと日本の国土の4.8倍の面積で栽培されている。特定の除草剤に耐性がある、特定の害虫を避けるなどの取り組みで、全体の除草剤使用量を減らし、労力を減らし、収穫を増やすなど、農家に利益があるからだ。「これまで遺伝子組換え農作物・食品を危険とする報告が出ていますが、いずれも科学的に否定されています」と説明した。
日本では約200以上の遺伝子組み換え作物が認可され、家畜の飼料や加工品原材料として輸入されている。食品メーカーが遺伝子組み換えを使わないようにしているので、それによる食品は少ない。しかし間接的に、私たちは日常これを食べている。
次に農家の小野寺氏が、現状を報告した。法律では禁止されていないが、北海道では道が条例で、「囲いを作る」などの規制を加え、事実上作れなくしているという。さらに風評を恐れ、作ろうとすると他の農家が嫌がる傾向があるという。農業は雑草、病害虫との戦いだ。それを除草剤、草むしりで取っていくが、その労力を遺伝子組み換えで減らしたいという。「今はつくりたくても、さまざまな制約の中でつくれない不思議な状況です」と、懸念を述べた。
小島氏は、日本では、メディアの記者も、消費者の多くも、遺伝子組み換え作物が作られる現場を見ていないし、そのものを間接的にしか食べていないと指摘した。小島氏も当初、懐疑的であったが、他の国では、生産者と消費者の利益になっていることを指摘した。「生産でも購入でも『選択の自由』があるべきです」と主張した。
有田氏は、日本の消費者団体の意見は多様であるが、大半は全面禁止という主張はしなくなっているという。ただし、遺伝子組み換え技術が高度化する中で、「その技術は本当に安全なのかと、問い続けることは当然でしょう」と述べた。そして、選択の自由を確保するためにも、表示を可能な限り明確にしていくこと、公の場での議論を増やすことを提案した。
懸念を乗り越えるために何をすべきか-未来への提言
こうした議論を受け、池田氏は経済学から分析した。この問題は経済学で言うトレードオフ、つまり一つの効果を高めることで、他の面での損失を増やしたり、リスクを高めたりする状況になっているという。「日本では遺伝子組み換え作物を、可能性の低い健康被害のためにさまざま人たちがつくらせないことで、農家や消費者の利益を奪っているのです」と述べた。
これは池田氏がGEPR・アゴラ研究所で取り組んできたエネルギー、そして福島の復興と似た面があるという。福島原発事故では健康被害はないと専門家は一致している。それなのに「怖い」という印象が語られ、合理的な検証が行われず、福島の農業や観光に風評被害が起きている。
これについては事実に基づき、コミュニケーションを深めることが必要と、研究者としての田部井氏、またジャーナリストとして小島氏が一致した。田部井氏は研究所で、遺伝子組み換え作物を実際に栽培した。「当初、『フランケンシュタインフード』なんて言っていた方が現実を見て、考えを変えました。ただしそういう人は、なかなか声を上げない。不安の声ばかりが社会に広がります」という。
小島氏は、利用されている現状をよく知るべきと、提案した。ハワイではパパイヤの大半が、地元の研究機関のつくった遺伝子組み換えのものになっている。それで病虫害が減り、誰もが利益を得た。「多くの国では、不安を乗り越えて『商行為』になりつつあります。実績を重ねるべきではないでしょうか。もちろん嫌な人は食べなければいいし、懸念は一つ一つ減らすべきです」という。
また重要な表示の問題がある。日本では、現在は生産国での分別が難しいことから、意図せず微量が混入するケースは避けにくく、混入が5%未満ならば、分別したという証明書があれば「遺伝子組換えではない」と表示できる。有田氏は「現実問題として、5%以下の非意図的混入は仕方がない。しかし、今流通は広がる可能性があり、その議論が必要でしょう」と話した。農家の小野寺氏は「積極的に表示をすべきだ」という考えだ。「私たち専業の農家は出荷する前に自分の作ったものを食べます。国内農家は、非遺伝子組み換えをつくっています。それを明確にしていただきたい」と述べた。小野寺さんをはじめ、日本の農家は市場で売る前に自分で生産した作物を食べる。「仮に遺伝子組み換えを作っても、そうするつもりです」という。
日本の農業の再生、バイオテクノロジー発展のために
こうした現状を見ると、日本の遺伝子組み換えをめぐる議論では、「あぶない」という印象が問題を覆い、あいまいな状態のまま、何となく禁止されている奇妙な状況が起こっていた。そして担当する行政が、問題を積極的に解決しようとしない。
「日本の農業は、後継者がいなくて、利益も少ないことから、このままではなくなってしまうでしょう。また地方は少子高齢化の中で、消滅の危機にさらされています。TPPが成立に向けて合意した中で、日本の農業は国際競争に参加し、効率化していかなければ生き残れません。また遺伝子組み換え作物は、バイオテクノロジーの発展に結びつきます。技術を積極的に活躍することを考えるべきでしょう」と池田氏はまとめた。
田部井氏は、遺伝子組み換えで機能性食品と呼ばれる、さまざまな役立つ効果を持たせる研究が進んでいることを紹介した。例えばビタミンなどを増やし、食べることで摂取できるコメが研究され、発展途上国の栄養改善に役立てようという動きがある。日本の研究者がスギ花粉症の抑制に効果のあるコメを研究している。
こうした効果を、私たちが享受しないのはもったいない。小島氏が強調したように、「選択の自由」を得るために、遺伝子組み換え作物に対する思い込みを取り除き、活用を自由に行っていくことを考えなければならない。
小島正美氏の「誤解だらけの遺伝子組み換え作物」(エネルギーフォーラム)は、ここで購入可能。
(編集・アゴラ研究所フェロー、石井孝明)
(2016年3月28日掲載)
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