社会に貢献する米国科学界(下)-信頼をいかに維持するか

2016年08月23日 22:19
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経済ジャーナリスト

)より続く

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反対派を含めて情報を集め公開

問・信頼性を確保するためにどうしましたか。

クルード博士・委員会には多様な考えの人を入れ、議論の過程を公開し、多様な見解をリポートに反映させようとしました。

まずさまざまな背景を持つ専門家20人を集めました。私のような昆虫学、農業学の学者、社会学者、経済学者、弁護士、コミュニケーション専門家、遺伝子組み換え作物の技術者、医学者など多様な研究者が参加しました。最初は意見のすりあわせが大変でしたが、事実に基づき見解を述べるということで一致し、報告書の執筆を進めました。

そして意見公聴会を行いました。聞いた人の数は80人です。遺伝子組み換え作物を開発、販売している米国のモンサント、独のバイエル社の幹部、行政官、科学者など。遺伝子組み換え作物に害があると主張し「遺伝子組み換えルーレット」と反対キャンペーンの映画を作った作家のジェフリー・スミスさんも呼びました。遺伝子組み換え作物による土壌の汚染を主張する民間団体、それを食べさせたマウスに腫瘍が発生したという、論文を発表したフランスの医学者などにも、出席を要請しました。(編集者注・これらの論文の妥当性は、各専門家に批判されている)そういう方は出席せず、ビデオメッセージだけを送ってきました。その80人との会合や一般の方との公聴会の様子はウェブサイトで見られます。

問・驚きました。はっきり言うと、「過激派」とか「トンデモ」のような人もいます。それでも呼んだのですか。

クルード博士・こういう報告書はNASのリポートで決して典型的なものではありません。会員や事務局に、嫌がる人、批判する人はいました。科学的に価値のない意見を掲載する必要はないという考えです。

ですが、私も委員もさまざまな意見を聞きたいと思いました。結局NASもそれを認めました。そして、どんな意見も聞くという態度によって、多くの人が積極的に意見を委員会に言うようになり、さらにさまざまな意見を集められたと思います。

報告書は900の専門論文を引用し、事実の評価から導かれるものだけを記述し、それに対して委員会として意見をまとめました。報告書は草稿段階でウェブ上にそれを公開し、コメントを募集しました。700ほどのコメントがつきました。それを読み、最終原稿ではできる限りその質問への返答をしました。ただし賛成派、反対派に意見は隔たって、それぞれのグループでは主張がよく似ていました。また1800人の専門家に査読してもらい、コメントをもらいました。

読みやすいように図表を入れ、ウェブでも公開する工夫もしました。ツイッターやフェイスブックで告知し、全文をダウンロードした数は約2万件になりました。これは米国の科学的な論文の中でもかなり多く読まれた方でしょう。

また意見、引用論文は、その出典、執筆者を公開しました。米国の研究機関や大学には、その研究の支援者、目的を明示するルールをつくっているところがあります。それがある場合は、その研究の背景が分かるようにしました。先ほど述べたように「関係者が書いている」「お金が絡んでいる」と思うと、その情報に関する信頼度が変わってしまいます。そのために最初から明らかにしました。

報告書を発表しただけにしたくはありませんでした。発表後も相互に意見がやりとりできるコーナーをつくりました。こうした長い報告書ではどんなに注意しても間違いが見つかってしまう者なので、それがあると常に修正しました。

その後も、高校や大学生が授業で、この問題を取り上げ、議論の対象になることを呼びかけています。

情報とプロセスの公開で、信頼性を確保する

(写真5)遺伝子組み換え作物の効果。畑から分けたダイズ。1週間経過した反時計回りに上から無農薬、農薬、害虫耐性を持つ遺伝子組み換え。害虫に食べられる量が違う。モンサント社研究所で

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問・社会の重要問題について、社会的な答えを出そうとする米国の科学者の態度を尊敬します。そしてそれを受け入れる社会の寛容性と、世論の健全さにも感銘を受けます。

福島原発事故の後で日本では放射能パニックと社会混乱を克服していません。それは専門家の不作為が一因です。日本学術会議はこのパニックを止めるために、何にも役立ちませんでした。ある日本の政治家は、その無能さを「ひな人形のようだ。見栄えだけいいが何もしない」と話していました。一般人の動きも違います。日本ではデマ拡散者、それに踊る人が目立ちました。日米両国の知性の差に悲しくなります。

クルード博士・アメリカを評価しすぎです(笑)。私は日本の福島事故の状況を詳しく知りませんが、大変な状況であったと聞いています。

問・放射能が拡散され、また専門家が原発は安全と嘘をついたのに事故が起こったという印象が広がりました。その結果、専門家への信頼が崩壊。その専門家や事業者が原子力政策から排除され、意志決定が間違うという悪いサイクルが今、日本で生まれているように思えます。

クルード博士・そうですか…。 私の大学は共同プロジェクトで今、島などの閉鎖地域に不妊にする遺伝子処理をしたマウスを放ち、その駆除をしようという共同研究の計画があります。数年経つと、子どもが生まれないので、マウスがいなくなるという予定です。ところが、それには住民の心配が当然強くあります。今、話し合いを深め、倫理委員会をつくって、どのような問題が起こりえるか、問題を検証しています。そこでも情報公開、リスクの洗い出し、倫理性の検証、地域住民との対話と信頼の醸成を続けています。

社会への情報の徹底した公開、そして発信を信頼されるものにしていく配慮が、科学問題のコミュニケーションで必要でしょう。

 (2016年8月23日更新)

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