電気自動車は「エコ」か「エコノミー」か

テスラの新車「モデル3」(Wikipediaより:編集部)
テスラが新車を発表し、電気自動車(EV)が関心を集めている。フランスのマクロン大統領は「2040年までにガソリン・ディーゼル車の販売を停止する」という目標を発表した。つまり自動車はEVとハイブリッド車に限るということだが、それは可能だろうか。そして「エコ」なのだろうか?
まずドライバーにとって身近な問題から考えよう。EVの最大の問題は走行距離である。カタログ上は800kmを超す車種があるが、リチウム電池は自然放電するので、現実には300kmぐらいが限度だろう。セールスマンは「東京から箱根に往復するのが精一杯」というらしい。週末の家族旅行に使うのは、帰ってこられなくなるリスクが大きい。
行った先で電池が切れたらどうするか。今は充電スタンドはほとんどないので、それが今後、整備されるかどうかが大きな問題だが、「充電スタンドは当てにするな」というのがプロの助言だ。今のようにEVが少ないと、東京の都心以外では充電スタンドは商売として成り立たない。基本的に自宅で充電できる人が使うものだから、集合住宅では困難だろう。もちろん長距離の業務用には使えない。
ではEVは、ガソリン車より「エコノミー」だろうか。走行距離あたりの燃費(電気代)でみると、EVはガソリン車の約半分だが、これは電池のコストを含む所有コスト(ownership cost)で考える必要がある。これは車種によって大きく違うが、米エネルギー省(DoE)の調べによれば、次の図のように5年間の所有コストは、ガソリン車(ICE)の平均3万6000ドルに対して、EVは約8万ドルと2倍以上である(2013年現在)。これを2022年にはガソリン車と同じレベルに下げるのがDoEの目標だ。

ガソリン車のコスト優位性は、原油価格に大きく依存する。次の図はシカゴ大学のチームによる推計だが、現在の電池コスト325ドル/kWhでは、原油価格が1バレル=420ドルまで上昇しないとEVが割安にならない。電池が2020年にDoEの目標とする125ドルまで下がると、バレル115ドルで両者は同じになる(日本のガソリン代はアメリカの約2倍だが、電気代も約2倍なので相対的な関係は同様)。

しかし電池のコスト削減は困難だ。EVのほうが開発初期なのでイノベーションの余地は大きいが、ガソリンエンジンの熱効率も30%前後と低いので、あと2~30%は上げる余地がある。OECD/IEAによると、電池のコストは図の左のようにここ数年、下げ止まっており、少なくともリチウム電池では飛躍的なコスト削減はむずかしい。

ではEVは「エコ」だろうか。一見、EVのほうがCO2の排出量が低いようにみえるが、発電のために火力発電所を使っており、リチウム電池は採掘と製造の過程で多くのCO2を排出する。それを合計すると、EVのCO2排出量はガソリン車に比べて1割ぐらい(1台3~5トン)少ない、というのがロンボルグの計算である。
5トンというのは、4000円/トンの炭素税をかけるとすると2万円。この程度のメリットのために莫大な補助金を出すのは、気候変動対策としては効率が悪い。それより日本では原発を普通に動かせば、発電所のCO2排出量は半分になる。原発ゼロにすると2030年代に電気代は2倍になり、EVはガソリン車よりはるかに高くなる。
以上はざっくりした計算だが、今のところEVはガソリン車に比べて「エコノミー」ではない。充電設備をそなえた一戸建ての家に住み、最大でも箱根ぐらいしか遠出しない「意識の高い」ドライバーが乗る、すきま商品と考えたほうがいい。CO2を考えると「ややエコ」だが、ガソリン車を禁止するのは社会的コストが大きすぎる。気候変動対策としても、炭素税のように非裁量的な政策のほうが効率的だ。
日本では今のまま原発をゼロにすると、電気代が上がってEVはさらに高価になり、CO2排出量も増える。フランスの場合は電力の80%を原子力に依存しているので、EVへの切り替えがエコになるが、日本ではエコにもエコノミーにもならないのだ。
関連記事
-
11月11日~22日にアゼルバイジャンのバクーでCOP29が開催される。 COP29の最大のイシューは、途上国への資金援助に関し、これまでの年間1000億ドルに代わる「新たな定量化された集団的な目標(NQCG)」に合意す
-
熊本県、大分県など、九州で14日から大規模地震が続いている。1日も早い復旧と被災者の方の生活の回復を祈りたい。この地震でインフラの復旧の面で日本の底力に改めて感銘を受けた。災害発生1週間後の20日に、電力はほぼ全戸に復旧、熊本県内では都市ガス、水道は9割以上が復旧した。
-
マイクロソフト社会長であるビル・ゲイツ氏は「ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団」を運営し、地球規模の社会問題の解決のための活動をしています。
-
国連気候変動枠組み交渉の現場に参加するのは実に2 年ぶりであったが、残念なことに、そして驚くほど議論の内容に変化は見られなかった。COP18で、京都議定書は第2約束期間を8年として、欧州連合(EU)・豪などいくつかの国が参加を表明、2020年以降の新たな枠組みについてはその交渉テキストを15年までに固めることは決定した。
-
気候変動開示規則「アメリカ企業・市場に利益」 ゲンスラーSEC委員長 米証券取引委員会(SEC)のゲンスラー委員長は26日、米国商工会議所が主催するイベントで講演し、企業の気候変動リスク開示案について、最終規則を制定でき
-
元静岡大学工学部化学バイオ工学科 松田 智 6月30日に掲載された宮本優氏の「失われつつある科学への信頼を取り戻すには・・」の主張に、筆者は幾つかの点では共感する。ただし全てにではない(例えばコロナの「2類→5類」論には
-
EU農業政策に対する不満 3月20日、ポーランドのシュチェチンで農民デモに遭遇した。主要道路には巨大なトラクターが何百台も整然と停まっており、その列は延々と町の中心広場に繋がっていた。 広場では、農民らは三々五々、集会を
-
太陽光発電や風力発電のコストに関して我が国ではIEAなどの国際機関の研究報告結果で議論することが多いが、そもそも統計化するタイムラグが大きい事、統計処理の内容が明らかにされないためむしろ実際の入札での価格を見るほうが遥か
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間















