日本のプルトニウムでは原爆を作れない
エネルギー戦略研究会会長、EEE会議代表 金子 熊夫
GEPRフェロー 元東京大学特任教授 諸葛 宗男

(写真AC:編集部)
周知の通り米国は世界最大の核兵器保有国です。640兆円もの予算を使って6500発もの核兵器を持っていると言われています。第二次世界大戦の末期1945年8月6日、9日広島、長崎への原爆投下は事前警告無しでした。米国は米国兵士の犠牲の最小化が目的だとしていますが、その後公開された秘密文書には「全世界に核兵器の恐ろしさを見せつける」ことが狙いだと明記されています。その米国の狙い通り、全世界は広島、長崎で核兵器の恐ろしさを見せつけられ、その後米国が国連常任理事国に就任し、世界の覇権を獲得するのを指をくわえて見ているしか術がありませんでした。その米国が最も懸念したのは核保有国の増加です。もしそれを放置すれば米国の核兵器の価値がどんどん低下してしまうからです。
1968年に核拡散防止条約(NPT)を作って核保有国を米ロ英仏中の5ヵ国に限定し、それ以外の国の核兵器開発を禁じました。ところが1974年にインドが平和目的と称して核実験に成功し実質的な核保有国になってしまいました。その後隣国パキスタンも核開発に成功しました。これを受け、それまで自ら再処理工場を保有していた米国は、カーター政権発足を契機に、民生用プルトニウム抽出をやめ再処理工場を全て廃止しました。米国が原子炉級プルトニウムの利用を禁止したのはこの時からです。原子炉級プルトニウムが怖いのではなく、プルトニウムの抽出技術を拡散させないためです。その証拠は、1994年にカーター元大統領が北朝鮮で金日成主席と会談し、締結した米朝枠組み合意内容にあります。ここには、5MW黒鉛炉を廃止して建設中の50MW、200MW原子炉の建設中止と引き換えに100万kWの軽水炉2基を供与することが明記されています。米国が原子炉級プルトニウムに危険性がないこと知っていた何よりの証拠です。原子炉級プルトニウムで原爆が作れないことを米国自身が認めていたのです。
さて、さる6月4日、公益財団法人「笹川平和財団」の研究会(座長・鈴木達治郎 長崎大核兵器廃絶研究センター副センター長)は政府への提言書を発表しました。その中で利用目的が不透明なプルトニウムが余剰だとして、国際原子力機関(IAEA)の許可を使用の条件とするなど、今よりも厳しくIAEAの管理下に置くよう求めています。笹川平和財団はその提言で、“全世界で分離プルト二ウムは増加を続け現在約520トン、長崎型原爆(6kg/発)換算で8万6000発以上に達している”としていますが、日本の保有しているプルトニウムは全て原子炉級ですから、上述した理由で原爆は作れません。
従って、現在日本が原子炉級プルトニウムを47トン保有していること自体に問題があるわけではなく、しかも、それらのプルトニウムはすべてIAEAの全面的な査察(保障措置)下に置かれ、透明性が確保されているので、それが国際社会の懸念を招いているはずはありませんから、わざわざ国際プルトニウム管理(IPS)制度のようなものを新たに設けなければならない理由はありません。にもかかわらず、念のために、敢えて屋上屋を重ねる形でプルトニウム国際貯蔵制度を作ろうという今回の提案が全く無意味と決めつけるわけではありませんが、もしそのような制度が実現しなかったとしても、我が国の核燃料サイクル政策の正当性が揺らぐものではないことを銘記しておくべきです。

関連記事
-
北朝鮮の国防委員会は2013年1月24日、国連安全保障理事会の制裁決議に反発して、米国を核兵器によって攻撃することを想定した「高い水準の核実験」を実施すると明言した。第三回目となる核実験。一体、高い水準とは何を意味するのだろうか。小型化、高濃縮ウラン、同時多数実験をキーワードに解読する。
-
GEPRを運営するアゴラ研究所は、エネルギーシンポジウムを11月26、27日の両日に渡って開催します。山積する課題を、第一線の専門家を集めて語り合います。詳細は以下の告知記事をご覧ください。ご視聴をよろしくお願いします。
-
CO2排出を2050年までに「ネットゼロ」にするという日本政府の「グリーン成長戦略」には、まったくコストが書いてない。書けないのだ。まともに計算すると、毎年数十兆円のコストがかかり、企業は採算がとれない。それを実施するに
-
2020年はパリ協定実施元年であるが、世界はさながら「2050年カーボンニュートラル祭り」である。 パリ協定では産業革命以後の温度上昇を1.5度~2度以内に抑え、そのために今世紀後半に世界全体のカーボンニュートラルを目指
-
1.第5次エネルギー基本計画の議論がスタート 8月9日総合資源エネルギー調査会基本政策部会においてエネルギー基本計画の見直しの議論が始まった。「エネルギー基本計画」とはエネルギー政策基本法に基づいて策定される、文字どおり
-
20世紀後半から、人間は莫大量の淡水を農工業で利用するようになった。そのうち少なからぬ量は海に還ることなく蒸発して大気中に放出される。それが降水となることで、観測されてきた北半球の陸地における2%程度の雨量増加を説明でき
-
夏も半分過ぎてしまったが、今年のドイツは冷夏になりそうだ。7月前半には全国的に暑い日が続き、ところによっては気温が40度近くになって「惑星の危機」が叫ばれたが、暑さは一瞬で終わった。今後、8月に挽回する可能性もあるが、7
-
茨城大学理学部の高妻孝光教授は、福島第1原発事故以来、放射線量の測定を各地で行い、市民への講演活動を行っています。その回数は110回。その取り組みに、GEPRは深い敬意を抱きます
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間