電力自由化は「将来世代へのツケ回し」
MMTの上陸で、国債の負担という古い問題がまた蒸し返されているが、国債が将来世代へのツケ回しだという話は、ゼロ金利で永久に借り換えられれば問題ない。政府債務の負担は、国民がそれをどの程度、自分の問題と考えるかに依存する主観的な問題なのだ(重要ではないという意味ではない)。
これに対して将来世代のエネルギーコスト負担は、主観的な判断にかかわらず確実に発生する。日本を含む各国で進められてきた電力自由化の目的は、電力業界を自由にすることではなくコストを下げることだから、自由化の成果は電気料金で判断できる。
総合資源エネルギー調査会の電力・ガス基本政策小委員会の報告書によれば、2017年の電気料金は電力自由化を開始した1994年度からの25年間で、再エネ賦課金と燃料費を除いて31%下がったが、全体としては2010年度に比べて19%上がり、今は1994年度とほぼ同じだ。
これは一面では、自由化の成果が上がったともいえる。固定費が下がったことは、自由化によって競争が生まれ、電力会社の独占利潤が減ったことを示すからだ。ところが2012年度以降は、その効果を打ち消すように原発の停止で燃料費が増えたため、電気料金は上がってしまった。
燃料費は2015年度には原油の値下がりで減ったが、その代わり再エネ賦課金が増えたため、全体としては電気料金は上がった。この傾向は2018年度も続いており、2020年度には発送電分離で電気料金が全面自由化されるので、さらに上がるおそれが強い。

写真AC:編集部
今まで大手電力会社の料金が抑制されてきたのは、地域独占の支配力を総括原価方式で抑制してきたためだ。それがなくなってインフラが分離されると、送電会社は規制されるが、発電会社は電気代を自由に上げることができる。都市では新電力が参入して電気料金が下がるが、地方では上がるだろう。
誤解のないようにいうと、私は電力自由化には原則として賛成である。送電インフラには規模の経済が大きいが、発電設備は再エネのように小規模でも成り立つので、発送電の市場を分離して競争させることは合理的だ。
しかしこれは原発停止やFIT(固定価格買取制度)などの市場外の要因がないときだ。今は電力会社が原発停止による燃料費(特にLNG)のハンディキャップを負う一方、新電力はFITで利益を保証され、公正競争が機能していない。この状態で発送電分離すると、さらに市場をゆがめる。
経産省もそれは知っているだろうが、電力自由化は今やるしかない。東京電力が弱っているからだ。経産省が2000年代前半にやろうとした発送電分離は東電の政治力に阻まれたが、3・11はそれを実現する千載一遇のチャンスだった。電力業界の支配権を東電から奪還するために、経産省は民主党政権を利用したのだ。
それは政治的には正しかったが、日本経済に大きな混乱をもたらした。このまま発送電分離すると、エネルギー基本計画で予定されている2030年の電源構成は不可能で、火力が65%以上になる。温室効果ガスを26%削減するパリ協定も実現できない。
こんな計画経済のような電源構成を、自由化した市場の「見えざる手」で実現するのは不可能である。電力会社に原発の新規建設の予定はないので、2050年には原発ゼロになり、化石燃料が増える可能性もある。
経産省の中には「自由化派」と「計画経済派」が混在し、一貫した戦略のない自由化が進んでいる。このままでは非効率な電力インフラと高い電気料金が将来世代に残され、日本から製造業が出て行くだろう。これが自由化のツケである。来年の発送電分離は、その分水嶺になるかもしれない。

関連記事
-
1. COP28の開催 11月30日から約2週間、UAEのドバイで開催されたCOP28には、90,000人近い関係者がプライベート・ジェットなどで駆けつけた。 11月21日のライブ「She Changes Climate
-
前回に続き「日本版コネクト&マネージ」に関する議論の動向を紹介したい。2018年1月24日にこの議論の中心の場となる「再生可能エネルギー大量導入・次世代電力ネットワーク小委員会」の第二回が資源エネルギー庁で開催されたが、
-
本稿の目的は、北海道で再び大規模な停電が起きないように、北海道胆振東部地震の経験から学ぶべき教訓を考えることにある。他方現在北海道の大停電については電力広域的運営推進機関(以下「広域機関」)において検証委員会が開催され、
-
福島第1原発事故から間もなく1年が経過しようとしています。しかしそれだけの時間が経過しているにもかかわらず、放射能をめぐる不正確な情報が流通し、福島県と東日本での放射性物質に対する健康被害への懸念が今でも社会に根強く残っています。
-
東日本大震災と原発事故災害に伴う放射能汚染の問題は、真に国際的な問題の一つである。各国政府や国際機関に放射線をめぐる規制措置を勧告する民間団体である国際放射線防護委員会(ICRP)は、今回の原発事故の推移に重大な関心を持って見守り、時機を見て必要な勧告を行ってきた。本稿ではこの間の経緯を振り返りつつ、特に2012年2月25-26日に福島県伊達市で行われた第2回ICRPダイアログセミナーの概要と結論・勧告の方向性について紹介したい。
-
【要旨】(編集部作成) 放射線の基準は、市民の不安を避けるためにかなり厳格なものとなってきた。国際放射線防護委員会(ICRP)は、どんな被曝でも「合理的に達成可能な限り低い(ALARA:As Low As Reasonably Achievable)」レベルであることを守らなければならないという規制を勧告している。この基準を採用する科学的な根拠はない。福島での調査では住民の精神的ストレスが高まっていた。ALARAに基づく放射線の防護基準は見直されるべきである。
-
多様性の象徴が惨劇に 8月22日、ノートライン=ヴェストファーレン州のゾーリンゲン市で、イスラムテロが起きた。ちょうど市政650年を祝うための3日間のお祭りの初日で、素晴らしい夏日。お祭りのテーマは「多様性」だった。 ゾ
-
米国マンハッタン研究所の公開論文「エネルギー転換は幻想だ」において、マーク・ミルズが分かり易い図を発表しているのでいくつか簡単に紹介しよう。 どの図も独自データではなく国際機関などの公開の文献に基づいている。 2050年
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間