中東危機の最大の被害者は日本である

2020年01月08日 17:00
池田 信夫
アゴラ研究所所長
イランによる攻撃ミサイル発射(IRNAより)

イランによる攻撃ミサイル発射(IRNAより)

米軍のソレイマニ司令官殺害への報復として、イランがイラク領内の米軍基地を爆撃した。今のところ米軍兵士に死者はなく、アメリカにもイランにもこれ以上のエスカレーションの動きはみられないが、原油価格や株価には大きな影響が出ている。

この動画はきのう収録したものだが、山本隆三さんは「イラク戦争のような全面戦争にはならないだろう」と見ている。中東をめぐる地政学的な情勢が、この10年余りで一変したからだ。

イラク戦争のときは、中東の原油供給を守ることがアメリカの重要な戦略目的だったが、今やアメリカはシェールガス・シェールオイルの生産で、世界最大の産油国になり、エネルギーの自給率は100%を超えた。

(山本隆三氏の資料)

(山本隆三氏の資料)

アメリカの原油輸入量も大幅に減り、特に中東からの輸入はその1割程度になった。したがってイランとの戦争によって中東からの原油供給が途絶えたとしても、アメリカ経済に与える影響は限られている。これがトランプ大統領が先制攻撃した一つの理由だろう。

最大の打撃を受けるのは、エネルギー自給率8%の日本である。しかも1次エネルギー供給の39%が中東で、ホルムズ海峡が封鎖されると、原油の87%が入ってこなくなる。原油の備蓄は200日分あるが、LNGは100日分しかない。天然ガスの価格は原油に連動するので、原油価格が上がると日本経済は大きな打撃を受ける。

(山本隆三氏の資料)

(山本隆三氏の資料)

石油危機の教訓を思い出そう

1973年の石油危機では、原油価格は数倍になり、日本の物価は2年で45%も上がり、経済は壊滅的な打撃を受けた。エネルギー多消費型の「高度成長」が終わったのもこの年だった。

中東のような政治的に不安定な地域にエネルギー供給を依存していると、日本経済が大きなリスクにさらされる――という教訓を学んだ日本政府は、化石燃料からの脱却をはかり、通産省は原子力開発を進めた。

しかし2011年の東日本大震災のあと、民主党政権が原発を法的根拠なく止めたため、今では原子力の一次エネルギー供給に占める比率はわずか2%。先進国の中では、エネルギー供給の脆弱性がもっとも高い。

エネルギー多様化の柱だった原子力が頓挫したため、当面は石炭火力を増やすしかない。天然ガスの供給も中東に偏っているので、エネルギー安全保障の立場からはLNGから石炭への転換が必要である。

これではCO2排出を2030年までに26%減らすというパリ協定の約束は守れないが、この問題は再生可能エネルギーでは解決できない。再エネで供給できるのは電力だけであり、それは一次エネルギーの25%に過ぎない。たとえ電力を100%再エネで供給したとしても、CO2はゼロにはならないのだ。

1970年代に比べると、エネルギーの安定供給に加えて地球温暖化という変数が増えたが、電力を非化石電源で供給し、一次エネルギー供給を多様化するというエネルギー安全保障の戦略は変わらない。

かつて自民党政権は「汚れ役」になって原子力開発を進めたが、安倍政権はそういう厄介な問題から逃げてきた。おかげでこういう状況になっても、今年中に動かせる見通しの原発は1基もない。

だが日本人は危機に直面すると団結し、方向転換できる。それを示したのが石油危機だった。今回の危機は1970年代ほど大規模なものにはならないだろうが、忘れられた教訓を思い出すきっかけにはなるかもしれない。

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