全停電になっても大丈夫な原子力発電は出来ないか
はじめに
映画「Fukushima 50」を観た。現場にいた人たちがフクシマ・フィフティと呼ばれて英雄視されていたことは知っていたが、どんなことをしていたのかはもちろんこの映画を観るまで知らなかった。

© 2020『Fukushima 50』製作委員会
中でも胸を打ったのは2号機のべントのために弁を開けに行く決死隊のシーンだ。2人1組になった決死隊が既に放射線量が高くなっていた原子炉建屋に入った。
最初の隊はMO弁を開けることが出来たが、次の隊は高い放射線量に阻まれてAO弁を開けることが出来なかった。その内の1人は被ばく線量が95ミリシーベルトにも達していた。年間許容線量ぎりぎりの信じられないほど高い被ばく線量である。
この映画は自分の命を捨てでも日本を守ろうとした人たちがいたことを後世に伝えるために作られたのだろう。もう二度とあんなことを起こしてはなるまい。全停電になっても原子炉が安全に停止できるようになっていれば良かったのにとつくづくと思った。
1. 全停電対策を取り入れたらどうか
(1)全停電(SBO)になっても大丈夫なようにという要求がない
安全設計では全停電(SBO)にならないための様々な対策を講じている。スイスでは秘密の場所に冷却水や非常用電源(EG)を隠し持っている原子力発電所があると聞く。テロがあっても電気や冷却水を確保するためである。それほど電気や冷却水は生命線だとされている。
電気を確保するために非常用発電機(EG)を用意していることは良く知られている。その非常用電源(EG)にはバックアップも用意されている。最近は多様化と言って方式の異なるバックアップを用意している発電所もある。
メインEGがディーゼル方式の場合はガスタービン方式が使われる。さらには移動電源車まで用意している場合もある。このように各プラントとも電気の確保にはお金をかけている。
しかし全停電(SBO)になっても大丈夫にしろとの要求をしている国はないのが現状のようである。
(2)全停電でも冷温停止できるのは小型炉(SMR)だけ
もし全停電でも大丈夫な設計をしろと求められたらどうするか。実は不可能ではない。
炉心の体積より原子炉の表面積の比率を大きくすれば良いのである。そうすれば自然対流による冷却を炉心の崩壊熱より大きくすることができ、強制冷却が無くても原子炉を安全に停止させることが出来る。
今のところ、炉心が小さくないとこの考え方は実現させられない。唯一、小型炉(SMR)がその設計思想を取り入れている。全停電でも冷温停止させることが出来るのは小型炉だけなのである。大きな利点である。大型炉でも実現できると素晴らしいがまだ実現した例はない。
2. 事故原因を津波だとしたのは素晴らしい判断だった
映画を観ていて驚いたのは停電になった時の吉田所長(当時)の言葉だ。タービン建屋が津波を被ったから停電になったと聞いて頷いた。小LOCA(配管破断)のことには全く触れなかった。
3. ヘリから水注入を「カラスの小便」としたのは痛快だった
米国が燃料プールの臨界の可能性を懸念しヘリコプターから冷却水を注入したが、その様子を見た吉田所長(当時)は「カラスの小便だな」と漏らした。この一言が脳裏に残った。
4. 菅元首相の現地視察での放管手続き無視は見苦しかった
3/12早朝、菅首相(当時)が突然現地を視察した。管理区域に入る際、衣服の着替え等が必要になるが「何のために来たのか判っているだろう」と言っていやいや靴の履き替えだけ行った。
ルールを率先して無視した首相(当時)のこの場面は冒頭に述べた決死隊が線量計を確認したシーンと好対照である。監督の意図を強く感じた。
5. 吉田所長(当時)はしばしば清水社長(当時)と対立
清水社長(当時)と吉田所長の電話の厳しいやり取りがしばしば登場した。
その内の一つ。すでに海水注入の準備作業が始められていた時、社長から海水注入中止の指示があることを事前に聞いた時、吉田所長は担当者の机まで行って何事か耳うちした。
その後社長が電話で「これは俺の命令だ」と言って強引に吉田所長に作業の中断を命令した。吉田所長は「判りました。」と言って大声で作業の中止を指示した。
しかし現場では海水注入作業が続けられていることが映し出されていた。何の解説も無かったが吉田所長の耳打ちは恐らく「俺の指示を無視して作業を続けろ」の類だったものと思われる。
最後になるがウィキペディアによるとFUKUSHIMA50の実数は50人ではなく1,383人だったそうだ(表1参照)。

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