2050年CO2ゼロのコストは国家予算に匹敵する
菅首相が10月26日の所信表明演説で、「2050年までにCO2などの温室効果ガスの排出を実質ゼロにすることを目指す」旨を宣言した。

2020年10月26日 所信表明演説を行う菅首相(官邸サイト)
1 なぜ宣言するに至ったか?
このような「2050年ゼロ宣言」は、近年になって、西欧諸国が世界各国に圧力をかけて表明させてきたものだ。これにより国際政治的な「相場観」が形成されて、日本も追随して宣言することになった。
だがこの2050年「ゼロ」という数字には、技術的、経済的な実現可能性の検討が完全に欠落している。どのようにしてゼロを達成するのか、具体的な計画を持ち合わせている国は1つもない。
それでも「2050年ゼロ」と言わないと「環境に後ろ向きだ」と糾弾されるようになったため、実施可能性の検討が全く無いまま、日本も宣言するに至った訳である。
いったい、お金は幾ら掛かるのだろうか?
2 英国からの報告
日本に先立って2050年ゼロを宣言した英国の計画を分析した報告がある。
それによると、①風力発電の大量導入などによって発電に伴うCO2をゼロにする、および②住宅での省エネ改築を実施する、という2つの項目だけで、コストは世帯あたりの累計で1000万円を超えるという。
しかも、これには自動車などの運輸部門や、工場などの産業部門、病院などの業務部門のコストはまだ計上されていいない。従って本当のコストはもっとずっと高い。
3 日本での技術見通し
では日本についてはどうか。
今年11月11日に開催された「グリーンイノベーション戦略推進会議」において、経産省の研究機関であるRITEが資料を提示した。
そこでは、CO2ゼロを実現するための技術として、
- CCUS。CO2を発電所や工場から回収し、地中に埋める。
- 合成メタン。水素からメタンを合成して燃料として用いる。
- 合成石油。水素から石油を合成して燃料として用いる。
- 水素。石炭ではなく水素を用いて製鉄する。
- DAC。大気中からCO2を回収し、地中に埋める。
などが並んでいて、何れも大規模に使われることが想定されている。
耳慣れない技術もあるが、それもそのはずで、上記のうち、世界のどこかで本格的な普及に至ったものは一つもない。何れもまだ、机上計算や実験室の中のものであり、せいぜいパイロットプラントが幾つかあるといったレベルだ。
4 コストは国家予算に匹敵する
では「仮に」上記の技術が全て利用可能になったとして、コストは幾らかかるのか。RITEが先だって2016年に行った試算がある。
それによると、日本の温室効果ガスを8割削減するには、エネルギー供給についても電力供給についても「かなり無理のある」技術構成が必要である。のみならず、上述のような新規技術の大規模な普及も必要となる。
その2050年におけるコストは年間43兆円から72兆円、と試算されている。コストに30兆円もの幅が出るのは、原子力の利用をするか否かによる。
残り2割を削減するための費用は発表されていない。だが単純に比例計算するとしても、8割から10割に削減率を上げると、43×1.25=54兆円ないし72×1.25=90兆円となる。
これはいまの国家予算が年間103兆円であるのに匹敵する規模だ。このような巨額を、温暖化対策だけの為に使うことなど、正当化できるはずがない。

日本の国家予算(財務省)
5 「CO2ゼロ」が実現する確率はほぼゼロである
巨額の出費は心配だが、それ以前の問題がある。そもそも、2050年までに前述のような新規技術を開発して、しかも大規模な普及に至るだろうか?技術開発はそう容易ではない。
新しい技術は、まず机上の計算や実験室レベルの研究を経たのち、パイロットプラントで実証試験を行い、徐々にスケールアップして実用化に至る。この間には失敗はつきもので手戻りも多い。のみならず、実用化されるためには、多様な利害の調整が必要であるし、環境や安全への対策も必要になるし、コストも安くなければならない。
政治化や行政官が目標を決め年限を切って予算をつけたからといって、その筋書き通りに技術が普及する、というのは虫が好すぎる。「2050年CO2ゼロ目標」は、「政治的に正しい」言い方をするならば、「極めて野心的」だとか「チャレンジングだ」という言い方になろう。
だが、政治的に正しくないが率直な言い方をするならば、「実現する確率はほぼゼロ」だ。
6 CO2ゼロ宣言の「賢明なる解釈」が必要だ
何の技術的・経済的裏付けもないのにCO2ゼロを宣言してしまうとは、随分といい加減な話であるが、そうなった以上は仕方がない。一国の首相が言ったことであるから、それなりの重みがある。今後はこれを前提として、CO2ゼロ宣言をどう「解釈」するか、つまりは具体的な政策としてどうするか? という文脈で議論が進むことになる。
原子力の利用を正常化し、世界で売れる技術を開発するならば、国益にとっても、温暖化対策としても意味がある。だが巨額のコストで経済を破壊し国家の安全を危機に晒してはならない。

関連記事
-
福島原子力事故について、「健康被害が起こるのか」という問いに日本国民の関心が集まっています。私たちGEPRのスタッフは、現在の医学的知見と放射線量を考え、日本と福島で大規模な健康被害が起こる可能性はとても少ないと考えています。GEPRは日本と世界の市民のために、今後も正しい情報を提供していきます。
-
環境税の導入の是非が政府審議会で議論されている。この夏には中間報告が出る予定だ。 もしも導入されるとなると、産業部門は国際競争にさらされているから、家庭部門の負担が大きくならざるを得ないだろう。実際に欧州諸国ではそのよう
-
ロシアによるドイツ国防軍傍受事件 3月2日の朝、ロシアの国営通信社RIAノーボスチが、ドイツ国防軍の会議を傍受したとして、5分間の録音を公開した。1人の中将と他3人の将校が、巡航ミサイル「タウルス」のウクライナでの展開に
-
アゴラ研究所の運営するエネルギーのバーチャルシンクタンク、GEPR(グローバルエナジー・ポリシーリサーチ)はサイトを更新しました。 今週のアップデート 1)核燃料サイクルに未来はあるか 池田信夫アゴラ研究所所長の論考です
-
12月22日に開催された政府の地球温暖化対策推進本部の会合で、本部長を務める安倍晋三首相が来春までの温対計画策定を指示しました。環境省の中央環境審議会と、経済産業省の産業構造審議会の合同会合で議論が始まっています。
-
トランプ大統領は1月20日に就任するや、国内面では石油、ガス、鉱物資源の国内生産の拡大を図り、インフレ抑制法(IRA)に基づくクリーンエネルギー支援を停止・縮小し、対外面では米国産エネルギーの輸出拡大によるエネルギードミ
-
アメリカでは地球温暖化も党派問題になっている。民主党系は「温暖化は深刻な脅威で、2050年CO2ゼロといった極端な温暖化対策が必要だ」とする。対して共和党系は「それほど深刻な問題ではなく、極端な対策は必要ない」とする。
-
原子力規制委員会は24日、原発の「特定重大事故等対処施設」(特重)について、工事計画の認可から5年以内に設置を義務づける経過措置を延長しないことを決めた。これは航空機によるテロ対策などのため予備の制御室などを設置する工事
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間