「脱炭素」関連報道の短絡: 欠如する科学的思考を改めよ

2021年07月05日 07:00
松田 智
元静岡大学工学部化学バイオ工学科

元静岡大学工学部化学バイオ工学科 松田 智

以前から指摘しているように、人為的温暖化説には科学的根拠が幾重にも無いのに、なぜこんなにも「脱炭素」に熱中するのか筆者には理解しがたいが、兎にも角にも、この世は「脱炭素」一色、突っ込みどころ満載のニュースが次々と入ってくる。

そこで今回は、その中から幾つかを取り上げて論評したい。共通するのは、科学的思考の欠如であり、ムードや雰囲気に流されて、何が「正しい」ことなのかを謙虚に見つめる態度が欠如した状態とも言えるだろう。

photoschmidt/iStock

最初の例は、バイオマス発電である。「バイオマス発電、再生エネの「主役」に」との記事があるが、バイオマス発電がエネルギー効率の点でかなり損な方式であることを認識しているのだろうか?以下、少し数字が多くなるが、ご容赦願いたい。

バイオマスとは、生物資源とも言い、木材など生物起源の有機物で、これらは太陽光を原資として水と大気中CO2から光合成によって作られる(そのため、しばしばバイオマスはカーボンニュートラル(CN)だと言われる)。バイオマス発電は、こうして得られた木材等を燃やして電力を得るので、同じ面積当りで太陽光から得られる電力エネルギーを、太陽光とバイオマスで比較してみる。

具体例として、森林資源を損なわないでエネルギーを得るとして、毎年の森林増加分を発電に使うものとする。毎年の森林増加量は、林野庁の統計「森林面積・蓄積の推移」を用い、1966年から2017年までの森林蓄積量増加分を面積当りで表し、平均を取ると、13.3 m3/ha/年 となる(ただし、この統計での「森林蓄積」が、どのようにして算出されたか明らかでないので、鵜呑みにするのは危険であるとの留保を付す。以前筆者が共著書(「幻想のバイオマスエネルギー」、日刊工業新聞社刊、2010年)で使った値は11.1 m3/ha/年 であった)。木材の比重0.6、発熱量3400 kcal/kg、発電効率30%として、1m2 当りに得られる電力は0.945 kWh/m2/年 程度になる。片や、実用されている太陽電池のエネルギー生産密度は、約160 kWh/m2/年 程度である。両者の比は約170倍にも上る。

なぜこんなに差ができるかと言えば、バイオマスの生産(=光合成)の効率が年間平均では1%程度(以下)しかなく、その上に発電効率(高くても0.3程度:バイオマスでは燃焼温度が低いため、効率は化石燃料発電より低くなる)がかかるからである。木を育てるには何年もかかるが、燃やすのは一瞬であることからも明らかだろう。太陽光で水を分解して水素生成などを行うと、効率が格段に下がることは既に述べた。故に、太陽光から電力を得るならば、太陽電池で直接発電するのが最短ルートである。

ちなみに、上記の森林増加分で得られる電力(0.945 kWh/m2/年)が、日本の全森林面積(2017年で2505万ha)から得られるとすると、発電可能量は23672 百万kWh/年となる(1ha=1万m2)。これは同じ年の国内総発電量1007423 百万kWh/年 の2.3%に過ぎない。もちろん、全森林の成長量を利用できるはずはないので、実際に得られる電力はこれより大幅に小さくなるし、蓄積分を食い潰して、たちまちハゲ山ができることになる。

結局は原料を海外からの輸入に頼るしかなくなる。実際上記の記事でも、燃料である木質ペレットをラオスから輸入するつもりのようである。海外資源を収奪しておきながら「再生可能エネルギー」でもなかろうに。再エネは本来、地産地消型のエネルギー生産・消費システムであるべきなのであるが。

これらの考察で明らかなように、バイオマスを発電燃料に使うのは非効率な方法であり、廃棄物処理の過程で熱回収・発電すると言った場合以外には、有用な使い途はない。無論、再エネの主役などにはなり得ない。

ついでながら、都市ゴミ焼却発電量は環境省資料によると、2018年度の総発電量は9553 GWh/年で、これは同じ年の国内総発電量1000409 GWh/年(=百万kWh/年)の僅か0.95%に過ぎない。現状焼却ゴミはほぼ全て発電に回されており、この年度のゴミ1t当りの発電量が平均284 kWh/トンと発電効率が低い(13.6%)ことが響いている。高いところは768 kWh/トンと言う値もあるので、潜在的には現状の2.7倍程度、総発電量の2.6%程度は供給できそうではあるが、これとても再エネの主役などにはなり得ない。

また、木質燃料がCNであるとの理由で、CO2排出量を減らす目的で石炭火力発電に木質燃料を混入させることも行われているが、これも愚かの極みと言うべき所行である。石炭より高価な木質燃料を用い、コスト的に損な上に、発熱量も低いので発電量も下がる、全く目も当てられない愚行としか言えない。「CO2排出を下げるためなら何でもやる病」にとりつかれ、「健康のためなら死んでも良い」「節約のためならどんな出費も厭わない」のような倒錯状況に陥っている。

さらに、バイオマスから水素を製造する試みなども報道されているが、これもため息が出るような話としか言えない。

元々、バイオマスは化石燃料などの炭化水素と比べて、水素の含有量が小さい。これを(部分)燃焼してガス化し、さらに改質して水素を取り出すと、この2段階でバイオマスが本来持っていたエネルギーの大部分が消費され、得られる水素も微々たるものにしかならない。当然、水素価格はかなり高くなる。さらに水素を液化するのに必要な電力をバイオマス発電で賄うとのことで、損に損を重ねるような試みである。バイオマスはCNだから、どんなに損な使い方でも構わないとでも考えているのだろうか?しかし、バイオマスは無尽蔵の資源ではない。

水素がらみで言えば「メタネーションで燃料も脱炭素」と言うのも、一種の詭弁である。確かに、CO2を還元してCH4を造り、燃やしてCO2にしても正味でCO2は増えないが、この過程で水素(H2)が消費されており、その水素を天然ガス(CH4が主成分)から造ったら元の木阿弥、何の意味もないし、電気分解で得たら電力の無駄遣いになる。化学を習った中学生でも分かる話である。

ガス会社の社長が、これを理解できないとは信じられないが、現場の技術者ならもちろん理解しているだろう。「社長、水素やアンモニアで発電しても絶対儲かりませんぜ」と進言する現場の技術者はいないのだろうか?今のご時世、下の者は「わきまえて」何も言わないことが美徳になっているのだろうか?あるいは、分かっちゃいるけど、お上には逆らえない?

また、「世界の企業「水素」をこう語る」と言う記事を見ても、以前から筆者が指摘している諸問題に真正面から答えた発言は、驚くほどに何も無い。実は筆者は2016年に英語論文をネット誌に載せ、水素の諸問題を議論しているのであるが、英語圏の人々にもまだ広く読まれていないらしい。今ならネット検索で簡単に読めそうなものであるが。

これらの事象に共通するのは、きちんとした科学的知見に基づく、論理的思考の欠如である。水素=脱CO2=エコ、バイオマス=CN=エコを、何の条件もなく念仏のごとく唱える人たちが、マスコミその他で後を絶たないことは、実に嘆かわしい事態だと思う。

物事の本質を見極めずに、表面だけを眺めていることによる誤解、または、聞く耳を持たず、自分の見たいものしか見ない態度。日本政府の態度にもこの気配が感じられる。政策立案には、オープンな議論が必要なはずである。今からでも遅くない、「聞く耳持たず」の態度を改めることから始めてはどうだろうか?

松田 智
2020年3月まで静岡大学工学部勤務、同月定年退官。専門は化学環境工学。主な研究分野は、応用微生物工学(生ゴミ処理など)、バイオマスなど再生可能エネルギー利用関連

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松田 智
元静岡大学工学部化学バイオ工学科

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