浮体式原子力発電所に注がれる熱い期待

ipopba/iStock
なぜ浮体式原子力発電所がいま熱いのか
いま浮体式原子力発電所への関心が急速に高まっている。ロシアではすでに初号基が商業運転を開始しているし、中国も急追している。
浮体式原子力発電所のメリットは、基本構造が小型原子炉を積んだ船なので、海域であれば原理的にはどこにでも立地できること。海上に浮揚しているので地震の直接的影響を排除できる。津波に関しても、沖合い20キロメートル以上と十分に離岸していればその影響を免れるという。
地震と津波で辛酸を舐めた日本の事業者から熱い視線が注がれ、原子力の新設機運を掘り起こし、研究開発能力を維持していく上でも期待が集まる所以である。
産業競争力懇談会(COCN)では、「浮体式原子力発電研究会」を発足させ短期に研究報告をまとめて、2021年2月に公開した注1)。
そこには、以下のようなセールストークが冒頭に記されている。
グリーン成長戦略では2050年に向けて洋上風力発電が主力電源と位置づけられており、本研究会と並行して「革新的浮体式洋上風力発電」の検討が進められている。洋上風力発電は社会的受容性が高いが、 洋上で建設や長距離の海底送電設備などコスト面での課題が大きい。
一方、原子力発電は発電原価では優位であるが、福島第一原子力発電所事故により社会的受容性が課題である。浮体式原子力発電所は津波や地震のような自然災害に対して安全性が大きく向上できる見通しがあることと人が居住する地域から大きな離隔を保つことで、社会的受容性の面でも一定の改善が期待される。
更に、浮体式原子力発電の送電設備を浮体式洋上風力発電が送電設備として利用(ハイブリッド)することで、洋上風力発電の主力電源化の大きな課題であるコスト軽減も図ることかができる。
北極圏の原子力発電所―Power-to-X
ロシアは、世界初の海上浮体式原子力発電所の営業運転を2020年5月20日に開始した。ロシア極東の北極圏にあるぺヴェクに接岸されたアカデミック・ロモノソフ号である注2)。
このアカデミック・ロモノソフ号は、2基の小型原子炉(電気出力3万5000kW×2、供給熱量30万kW)を備え、電気と熱を地域に供給する。すでに同地で稼働してきたビリビノ原子力発電所(電気出力1万2000kW×3)が老朽化したためのリプレースである。
ぺヴェクはロシア最北の街で北極圏に位置する。1933年に北極海航路の中継地として町が建設された。人口は約5千人である。近郊にスズなどの鉱山があり、その精練所がある。
人口5千人という小規模な街に7万kWの電気は家庭用にしては過剰であるが、電気の工業利用も可能である。また、単に発電のみならず、つくった電気と排熱を結合させて、水素製造などの多目的利用の道が開ければ、浮体式原子力を中核にしたPower-to-X(熱利用も含めた多目的利用)による脱炭素の未来型都市モデルになりうるのではないか。

(左)ロシア最北の街ぺヴェク(北緯69度42分) (右)アカデミック・ロモノソフ号 ©ロスエネルゴアトム社
ぺヴェクの属するチュクチ自治管区は地下資源が豊富で、主なものにタングステン、石油、石炭、天然ガス、金がある。また、2000年から2008年まではロシア一の資産家(石油王)のロマン・アブラモビッチが知事を務め、この地域の発展に大きな貢献があった。
浮体式原子力発電所の課題
日本で浮体式原子力発電所を実用化する上での課題を、コスト、立地、技術の面から見ていこう。
コストでは、小型炉なので全くもって不利である。それに加えて、沖合からの海底送電線の敷設が大きなコスト付加要因になる。
立地は、電気供給のみでは適応地域が極めて限られてくるので、熱利用も含めた多目的利用(Power-to-X)やオフショア風力などとのハイブリッドが活路を開くのではないか。
技術の面では、日本はかつて原子力船むつを建造し運転した。出力は3万5000kWであった。また、比較的最近では高温ガス炉(出力3万kW) が茨城県大洗町にある。2011年以降新規の原子炉の建造はないが、今ならまだかろうじてメーカーなどに技術はある。しかし、それもあと5年を待たずに絶滅するであろう。
国産技術が根絶してしまった後では何もできない。
浮体式原子力発電所に本気で取り組むなら、今すぐ手を打つ必要がある。
注1) http://www.cocn.jp/report/3fa29452533b880e1321c00eeaea0e9be78e40f0.pdf
注2) https://www.jaif.or.jp/journal/oversea/3145.html

関連記事
-
「福島の原発事故で放射能以上に恐ろしかったのは避難そのもので、精神的ストレスが健康被害をもたらしている」。カナダ経済紙のフィナンシャルポスト(FP)が、このような主張のコラムを9月22日に掲載した。この記事では、放射能の影響による死者は考えられないが、今後深刻なストレスで数千人の避難住民が健康被害で死亡することへの懸念を示している。
-
原子力規制委員会、その下部機関である原子力規制庁による活断層審査の混乱が2年半続いている。日本原電の敦賀原発では原子炉の下に活断層がある可能性を主張する規制委に、同社が反論して結論が出ない。東北電力東通原発でも同じことが起こっている。調べるほどこの騒動は「ばかばかしい」。これによって原子炉の安全が向上しているとは思えないし、無駄な損害を電力会社と国民に与えている。
-
世の中で専門家と思われている人でも、専門以外のことは驚くほど無知だ。特に原子力工学のような高度に専門分化した分野だと、ちょっと自分の分野からずれると「専門バカ」になってしまう。原子力規制委員会も、そういう罠にはまっている
-
ロイターが「世界の海面上昇は史上最高になり、海面が毎年4.5センチ上がる」というニュースを世界に配信した。これが本当なら大変だ。この調子で海面が上がると、2100年には3.6メートルも上がり、多くの都市が水没するだろう。
-
日米原子力協定が自動延長されたが、「プルトニウムを削減する」という日本政府の目標は達成できる見通しが立たない。青森県六ヶ所村の再処理工場で生産されるプルトニウムは年間最大8トン。プルサーマル原子炉で消費できるのは年間5ト
-
デンマークの統計学者、ビョルン・ロンボルグ氏の著書『地球と一緒に頭を冷やせ』を軸に、温暖化問題を考察しました。GEPR編集部が提供します。
-
政府は電力改革、並びに温暖化対策の一環として、電力小売事業者に対して2030年の電力非化石化率44%という目標を設定している。これに対応するため、政府は電力小売り事業者が「非化石価値取引市場」から非化石電源証書(原子力、
-
スマートグリッドという言葉を、新聞紙上で見かけない日が珍しくなった。新しい電力網のことらしいと言った程度の理解ではあるかもしれないが、少なくとも言葉だけは、定着したようである。スマートグリッドという発想自体は、決して新しいものではないが、オバマ政権の打ち出した「グリーンニューディール政策」の目玉の一つに取り上げられてから、全世界的に注目されたという意味で、やはり新しいと言っても間違いではない。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間