アンモニアを燃やすことの愚かしさが、なぜ分からないのか?

2021年08月15日 07:00
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元静岡大学工学部化学バイオ工学科

元静岡大学工学部化学バイオ工学科 松田 智

これまで筆者は日本の水素政策を散々こき下ろし、そのついでに「水素を燃やすのが勿体ないならば、その水素を原料に大量のエネルギーを使って合成するアンモニアを燃やすのは更に勿体ない、ほとんど狂気の沙汰である」と一刀両断してきた。これで、誰もが納得すると思っていた。しかし現実はそうではなかった。「そんなバカな?」と我が目を疑うようなニュースが次々と飛び込んでくる。

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とまあ、飽きもせず続く。

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こんな記事を読み続けていたら「アンモニア燃料って結構良いんじゃないの?」と思う人々が出てきても何ら不思議はない。これらの記事は、水素礼賛記事と同様、水素・アンモニアが抱えている問題を何ら直視せず、ひたすら「脱炭素に役立つ」ことのみを強調しているからだ。しかし実際は違う。簡単に言うと、アンモニアを燃料として使うことの問題点は、大きく見て2つある。

1)エネルギー的に大損(コスト的にも不利)

2)CO2は出ない代わり窒素酸化物(NOx)が出る

この2つは、どちらも致命的な欠陥だと言える。

まず、エネルギー的観点。水素を議論した際、天然ガス中のメタンを水蒸気改質して造ったら、元のエネルギーが約半分に減る上に、燃やすのと同量のCO2が出る、水の電気分解で水素を造ると、水素の生産・消費の過程で元の電力が6割以上減るとの理由で、水素製造はエネルギー的損失が大きいと述べた(当然、コストも上がる)。アンモニアは、その水素を原料として合成する。どんなに工夫しても、エネルギー損失がさらに大きくなり、コスト的にも原料水素より製品アンモニアが安いと言うことは絶対にあり得ない。水素が高くて困っているなら、それより高いアンモニアがさらに困ることは自明である。

現在の人工的窒素固定は、主に「ハーバー・ボッシュ法」という合成プロセスで行われている。このプロセスには数種類あるが、中圧法で200〜350気圧、500℃(反応器出口NH3濃度10〜16%)、高圧法で600〜1000気圧、500〜650℃(反応器出口NH3濃度20〜25%)と言う、大変な高温・高圧プロセスである。原料ガス(H2とN2)の圧縮・昇温にも大きなエネルギーが要る。こんな高温高圧でも反応率は低く、反応器出口の製品濃度が低いため、反応器を出たガスは分離器にかけられ、製品アンモニアだけ液化して除き、液化しない原料ガスをリサイクルする方式を採っている。まさに洗練の極み、現代化学工業の花形と言える。むろん、こうしたプラント建設には巨大な費用がかかる。この方法で合成されたアンモニアは、主に窒素肥料の原料として使われている。

現在、世界中でハーバー・ボッシュ法に代わる低温・低圧での合成プロセスが盛んに研究されており、特に東大の研究東工大の研究成果は注目を集めている。今後研究開発の進展により、アンモニア合成プロセスの大幅な省エネ化が実現する可能性がある。しかしそれは、食料生産への貢献と見るべきであって、燃料生産のためではない。なぜなら、上述したように、たとえ省エネ的に合成されたアンモニアでも原料水素より決して安くはならないから、高価な水素燃料よりさらに高価な燃料になるからだ。

また、水素なら燃料電池に使って効率的発電に使えるが、アンモニアにすると、もはや燃やすしかない。アンモニアは燃えにくいので、一部元の水素に分解して燃やす場合もあるとか。苦労して合成し、今度は燃えにくいからと(部分)分解する・・。やっていて虚しくならないのだろうか?

さらに、アンモニアを燃やすことは 2)環境への悪影響に直結する。アンモニアを燃やしたら、厄介な窒素酸化物(NOx)が発生する。NOxは酸性雨・オゾン層破壊・光化学スモッグ・PM2.5などの原因物質であり(N2Oは温室効果ガスでもある)、大気汚染物質の中で最も被害の影響範囲が大きく、かつ処理の難しい物質である(NOx自体は直接的な温室効果を持たないが、各種化学反応によって温室効果ガスを生成するので間接的温室効果ガスと呼ばれる)。NOxは、CO2などよりはるかに微量・低濃度で環境に悪影響を及ぼす。CO2を出さない代わりにNOxを出す方がマシ・・? これほどの本末転倒があるだろうか?大気汚染関連の技術者・研究者が聞いたら、ビックリして腰を抜かすような話である。

ちなみに、ゴミ焼却施設や火力発電所のNOx排出抑制には、アンモニアが使われている(脱硝設備)。酸性雨原因物質のうち、硫黄化合物(SOx)は石灰等のアルカリ性物質と接触させることで比較的容易に除去できるが、NOxは吸収・吸着ではなかなか取れないので、アンモニアと触媒を使って化学反応させて除去するのである(尿素水を吹き込む例もあるが、尿素は熱分解してアンモニアになるので、原理的には同じ)。

空中窒素と水素から合成したアンモニアを燃やしたら窒素酸化物(NOx)が生じ、それを処理するために空中窒素からまたアンモニアを造りそれを消費する。その処理過程で窒素(N2)は大気に戻り、正味で消費されるのは水素のみである。何と皮肉な巡り合わせであることか。脱炭素を進めるためには、こうした矛盾・逆説にも目をつぶるのであろうか・・?

地球環境における窒素循環の観点で言えば、現在すでに人工的窒素固定量は、自然界での生物的窒素固定量に匹敵するほどになっており、水環境や土壌における窒素量の増加が、富栄養化その他の環境問題を引き起こしていることを見過ごすべきでない(参照)。炭素循環では、人類の寄与は自然界の5%程度でまだ小さいが、窒素循環ではすでに人類の寄与が無視できない(70〜100%)。食料生産の必要から、窒素肥料の生産は続けざるを得ないが、むやみやたらに窒素固定すれば良いと言うものではない。窒素循環の問題は、実は人類にとって炭素循環以上に切実・深刻であることを、認識していただきたい。

アンモニアへの期待は、水素より安全性が高く取扱いが楽であることから来たものだろう。何しろ水素は、気体なら爆発しやすく漏れやすく、金属を脆くする性質があり、液体にするには多くのエネルギーを要し、液体水素は超低温なので保存にも苦労する。だからこそ、アンモニアやメタン化(メタネーション)、あるいは炭化水素燃料化(欧州でのe-Fuel等)など、水素以外の化学形態が模索されている。しかしそれらはいずれも、どんなに工夫しても、水素製造の他にさらにエキストラのエネルギー消費を伴うのであり、エネルギー的には損失、コスト的には上昇と言う運命を避けられない。すなわち、進んでも進んでも泥沼の道しか残されていない。

出発点の水素ですら種々の困難に直面しているのに、その水素を原料として別の燃料や化学形態を合成しても、その困難は決してなくならず、却って損を重ねるだけである。経産省や国交省の優秀なお役人なら、当然そんな事情は先刻御承知のはず。しかし「上」からの指令で動かざるを得ない(「上」が愚かだと「下」はいつも苦労する)。一方、今は補助金に尻尾を振っている商社その他も、金の切れ目は縁の切れ目と割り切ってお付き合いしているのだろう。いつまで、こんな茶番を続けるつもりなのだろうか?

松田 智
2020年3月まで静岡大学工学部勤務、同月定年退官。専門は化学環境工学。主な研究分野は、応用微生物工学(生ゴミ処理など)、バイオマスなど再生可能エネルギー利用関連。

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