IPCC報告の論点⑤:山火事で昔は寒かったのではないか

2021年09月14日 07:00
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キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

IPCCの報告がこの8月に出た。これは第1部会報告と呼ばれるもので、地球温暖化の科学的知見についてまとめたものだ。何度かに分けて、気になった論点をまとめてゆこう。

Adventure_Photo/iStock

IPCCの報告では、CO2等の温室効果ガスによる「地球温暖化」を、化石燃料の燃焼によって発生する空気中の微小な粒子である「エアロゾル」による「地球冷却化」の効果が打ち消している、とされる。

図はIPCCの要約にあるものだ。産業革命前(1850-1900年)からの温室効果ガスによる地球温暖化は、温室効果ガスによる地球温暖化が1.5℃であり、そこから「その他の人為起源」というものが0.4℃差し引かれて、「人間の影響合計」は1.1℃となっている。

この差し引かれた0.4℃が前述のエアロゾルの効果である。

図示されているように、このエアロゾルの効果については大きな誤差範囲があり、ゼロからマイナス0.8となっていて、よくわからないことが多い。

というのは、煙突などから出た様々な大気汚染物質が、どのように水蒸気等と反応して大気中に漂い、雲を形成して地球を冷却化するのか、という一連のプロセスは、大変に複雑で、よく把握できていないためだ。

さて、今回紹介したいのは、IPCC報告で用いている第6世代モデル研究(CMIP6)では「産業革命前にはエアロゾルは少なかった」と前提しているが、これは違うのではないか、という指摘である

産業革命前というと、大気は綺麗だったかというと、決してそんなことは無い。

焼き畑農業がおこなわれたり、落雷による山火事があったり、農業廃棄物の野焼きなどが行われていて、じつは、世界は煙に満ちていた。

産業革命後は、山火事は抑制されて起きにくくなり、焼き畑農業は無くなり、廃棄物は処理場で燃やすようになったので大気汚染は抑制され、その分、エアロゾルも減少した。

産業革命前にどのぐらいエアロゾルの効果があったのか、山火事の影響などを見積もったハミルトンの研究によると、その効果は最大で1.0W/m2(=1平方メートルあたり1.0ワット)だとされている。

さてIPCCによれば、人為的な温室効果の強さ(=専門的に言えば放射強制力の強さ)は、産業革命前と比較して 2019 年に 2.7W/m2 であった。前述のようにIPCCはこれによって1.1℃の気温上昇があったとしている。

放射強制力の変化と気温の変化は概ね比例関係にあるから、これを温室効果とエアロゾルの効果に分解しよう。

すると、「温室効果ガスによる3.7W/m2の温室効果が1.5℃の気温上昇をもたらしたところを、エアロゾルによる-1.0W/m2の温室効果が0.4℃の冷却をもたらした結果である」、と解釈できる(表)。

さてIPCCは化石燃料起源の大気汚染によって-1.0W/m2のエアロゾルによる冷却があったとしているが、たまたま、この-1.0W/m2は、ハミルトンによる産業革命前の冷却効果の見積もりと一致する。

つまりエアロゾルによる冷却効果は、じつは産業革命前と現在とで変わらない、ということになる!

だとすると、過去の1.1℃の気温上昇は、温室効果ガスだけによってもたらされたことになり、エアロゾルによる冷却効果は正味では存在しなかった、ということになる。

するとこの場合、温室効果ガスによる地球温暖化量の見積もりが小さくなり、将来の気温上昇予測も小さくなる。どの程度変わるかというと、同じだけの温室効果ガス排出による気温上昇は1.1/1.5 = 73%になる。

つまり気温が3.0℃上がるという予測があれば、それが3.0×73% = 2.2℃まで下がる訳で、このハミルトンの指摘は無視できない。

ハミルトンの-1.0W/m2という推計自体はまだ大きな不確実性を含むもので、本当の値はまだこれからの研究対象になる。数値はこれほど大きくないという研究もある。

だが「産業革命前にもエアロゾルの冷却効果は結構あったのではないか」という指摘が重要なことに変わりは無い。

1つの報告書が出たということは、議論の終わりではなく、始まりに過ぎない。次回以降も、あれこれ論点を取り上げてゆこう。

次回:「IPCC報告の論点⑥」に続く

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「脱炭素」は嘘だらけ

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