自動車メーカーはライドシェアで「爆縮」する
松田公太氏の記事は、猪瀬直樹氏などが岸田首相に売り込んだ「モデルチェンジ日本」の提言だが、基本的な事実誤認があるので、簡単に指摘しておく。
自動車メーカーは斜陽産業
この提言は「日本の自動車メーカーはテスラに追いつけ」という話に尽きる。たしかにテスラの時価総額は1.2兆ドルでトヨタの5倍以上だが、テスラの2020年の販売台数は50万台。トヨタグループは991万台である。
ではテスラがトヨタを追い越して年間1000万台売る日は来るだろうか。たぶん来ないだろう。次の図のように、世界の自動車産業は縮小しているからだ。

世界の自動車生産台数(日本自動車工業会)
日本でも都市部では自家用車をもつ人が減っているが、アメリカや中国の生産台数が縮小しているのは、ウーバーなどのライドシェア(配車サービス)が増えているためだ。JBpressにも書いたように、ゲームチェンジャーは電気自動車ではなくライドシェアなのだ。
自家用車は20世紀の負の遺産
自家用車は保有している時間の3%しか乗らない浪費であり、20世紀のアメリカの特殊な生活様式である。ネットワーク化してライドシェアになれば、自動車の生産台数は大幅に減る。
アメリカ運輸省は、2030年までに乗用車の90%以上がライドシェアに置き換わると予想している。これによって次の図のように、アメリカの自動車関連産業の付加価値は1481兆ドルから393兆ドルへと60%以上減る。特に自動車メーカーの付加価値は80%以上減る。

自動車関連産業の付加価値(RethinkX)
これは1980年代にコンピュータ産業で起こった爆縮と似ている。かつてIBMは世界のコンピュータ産業の付加価値の70%を占めていたが、メインフレームはPCで置き換えられ、1990年にはIBMは倒産の危機に瀕した。自動車の変化はそれほど急激ではないが、2050年までには上のような変化が起こるだろう。
日本でも法人タクシーの年間走行距離は10万kmで自家用車の10倍だから、自家用車が法人のライドシェアに置き換われば、生産台数は1/10になる可能性がある。
ライフサイクルでみると、日本ではバッテリー駆動のEVよりハイブリッドのほうがCO2排出量は少ないので、EVで脱炭素化はできない。本質的な変化はガソリン車からEVへの転換ではなく、自動車の所有から利用への転換である。
これは資源の大幅な節約にもなるが、付加価値が60%縮小する産業で成長することはむずかしい。トヨタがIBMだとすれば、テスラはマイクロソフトのようなものだが、コンピュータ産業の付加価値は数百倍になった。コロナでリモートワークが増えた時代に、移動サービス(Taas)がそれほど成長するとは思えない。
ライドシェアを解禁して自家用車を減らせ
しかし日本では、よくも悪くもそういう変化は起こらない。タクシー業界の反対で、ライドシェアが禁止されているからだ。したがって自動車の国内生産台数は大きくは減らないだろうが、それは国際競争に取り残されることを意味する。
トヨタがIBMの失敗を繰り返さないためには、早急にライドシェアを解禁する必要がある。自家用車がライドシェアに変わると、大きな出費がなくなって可処分所得は増えるが、GDPは縮小する。
テスラは斜陽産業の中でトヨタのシェアを食うだけだが、それでも自動車メーカーには収益のチャンスがある。水素やアンモニアなどの脱炭素化技術は社会の純負担である。そのコストは全世界で年間4兆ドルというのがIEAの試算だ。
要するに脱炭素化と成長はトレードオフなので、その負担を炭素税(カーボンプライシング)などでどう配分するかが問題である。「カーボンゼロで経済成長」などという夢物語を政府に売り込むのはやめていただきたい。
関連記事
-
世耕経産相は「EV(電気自動車)の潮流は拡大してきているが、いきなりEVにいけるわけでもない」と述べ、プラグインハイブリッド車(PHV)、燃料電池車(FCV)などいろいろな次世代自動車がある中で「戦略的によく考えて中長期
-
グレタ・トゥーンベリの演説を聞いた人は人類の絶滅が迫っていると思うかもしれないが、幸いなことにそうではない。25日発表されたIPCCの海洋・雪氷圏特別報告書(SROCC)では、従来の気温上昇予測(第5次評価報告書)にもと
-
何が環境に良いのかはコロコロ変わる。 1995年のIPCC報告はバイオエネルギーをずいぶん持ち上げていて、世界のエネルギーの半分をバイオエネルギーが占めるようになる、と書いていた。その後、世界諸国でバイオ燃料を自動車燃料
-
1. 寒冷化から温暖化への変節 地球の気候現象について、ざっとお浚いすると、1970~1980年代には、根本順吉氏らが地球寒冷化を予測、温室効果ガスを原因とするのではなく、予測を超えた変化であるといった立場をとっていた。
-
米国のプロフェッショナル・エンジニアであるRonald Stein氏と、3度目の共同執筆を行ったので、その本文を紹介する。 Net Zero emission ideologies is destructive to f
-
パリ気候協定への2035年の数値目標の提出期限は2月10日だったのだが、ほとんどの国が間に合っていない。期限に間に合った先進国は、米国、スイス、英国、ニュージーランドの4か国だけ。ただしこの米国は、バイデン政権が約束した
-
他方、六ヶ所工場に関連してもう一つ、核不拡散の観点からの問題がある。すなわち、はっきりした使途のない「余剰プルトニウム」の蓄積の問題である。
-
原子力規制委員会は、今年7月の施行を目指して、新しい原子力発電の安全基準づくりを進めている。そして現存する原子力施設の地下に活断層が存在するかどうかについて、熱心な議論を展開している。この活断層の上部にプラントをつくってはならないという方針が、新安全基準でも取り入れられる見込みだ。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間














