原子力とEUタクソノミー
EUタクソノミーとは
欧州はグリーンディールの掛け声のもと、脱炭素経済つまりゼロカーボンエコノミーに今や邁進している。とりわけ投資の世界ではファイナンスの対象がグリーンでなければならないという倫理観が幅を効かせている。
2050年を目途に、電力、運輸、産業を全て脱炭素(ゼロカーボン)にするのが理想的な目標である。RE100などはその象徴的な例である。
投資に限らないが、その活動あるいはモノがグリーンであるか否かを判断する基準を提供するのがEUタクソノミーである。タクソノミーとは、〝分類〟の意味である。
そこで今話題になっているのは、原子力発電をEUタクソノミーにおいて、グリーンと分類するか否かである。グリーンであるとされれば民間投資が集まるが、タクソノミーでグリーン分類されなければ、民間の原子力への投資マインドは冷え込む。
そればかりか、SDGsのもと〝有害〟すなわち悪であるという烙印を押されることになる。
ネガティブスクリーニング
投資の世界においては、原子力発電は長らくネガティブリストに分類されてきた。それはそもそも原子力発電が軍事技術の転用から生まれたことに由来する。軽水炉が最初に実用化されたのは軍用の潜水艦、原子力潜水艦であった。
米海軍のハイマン・G・リッコバー提督の類い稀なる情熱とリーダシップのもと、世界初の原潜ノーチラスが就航したのが1954年であった。その3年後の1957年に、そのノーチラスの心臓部である軽水冷却原子炉を陸上にあげて、世界で初めて商業用原子力発電所としたのがシッピングポートであった。
このような経緯があるので、原子力発電への民間投資には常に抑制的な精神風土があった。それももちろんSR投資においてもそうであったし、ESG投資においてもそうなのである。その投資マインドが、もし原子力がEUタクソノミーでグリーンつまり善玉に分類されれば、ガラッと変わる可能性がある。

原子力潜水艦ノーチラス号
出典:Wikipedia

世界初の商用軽水炉―シッピングポート原子力発電所
出典:Wikipedia
スウェーデンとSMR ― ゼロカーボンの近道は原子力
スウェーデンは電源部門において現在すでにほぼゼロカーボンを達成している。それを担っているのは38%の原子力と40%の水力発電である。フランスも同様に発電部門はほぼセロカーボンを達成しているが、その主役は原子力で約70%の発電を担っている。
これらの例を見れば明らかなように、ゼロカーボンの近道は原子力にある。
まずは、原子力を最大限活かしてゼローカーボンへの道を開くのが良いのではないか。
また、原子炉もスモールモジュラー炉(SMR)に代表されるように、より安全性が高くスマートな原子力が登場している。これなどは投資マインドを大いにくすぐるはずである。
原子炉の改善のスパンは長いが、間違いなく進化しているのである。
原子力はグリーン ー 頑ななドイツ
さて、EUタクソノミーでの原子力の扱いであるが、科学的な判決はすでに下っている。
2021年4月に、ECの合同研究センター(Joint Research Center)は、〝すでにグリーンに分類されている他の電源と比べて、原子力がそれらを上回る健康被害や環境への悪影響を及ぼすという科学的根拠は見受けられない〟とした。
この問題は今政治の場に最終的判断が委ねられている。
ここで、〝脱原発〟を看板としたいドイツは、オーストリアやスペインなど5カ国と徒党を組んで原子力のグリーン入りをなんとしても阻む勢いである。
一方、フランス、ポーランド、チェコなど10カ国は原子力のグリーン入りを押し切りたい意向である。
ドイツは、メルケルが政権から退いた。ショルツ新政権は、中道左派の社会民主党(SPD:赤)を中心にFDP(黄)と緑の党(緑)が参画する奇妙な〝信号〟政権である。右派FDPの党首として連立政権の財務相となったクリスチャン・リントナーは、FDPが政権入りした以上「ドイツ政治は左寄りにはならない」と言っている。

FDP党首クリスチャン・リントナー
ロイターより
教条主義的でいきおい頑なな態度を見せつづけてきたドイツ政権が、原子力のEUタクソノミーにおいてどのような行動に出るのか?
それはヨーロッパがグリーンディールにおいてより現実的な方向づけをするのか否かの試金石になるのではないだろうか。

関連記事
-
世界の天然ガス情勢に大きな影響を及ぼしている北米のシェールガス革命。この動きを、経産省・資源エネルギー庁はどのように分析し、その変化を日本にどう取り込もうとしているのか。
-
先進国では、気候変動対策の一つとして運輸部門の脱炭素化が叫ばれ、自動車業界を中心として様々な取り組みが行われている。我が国でも2020年10月、「2050年カーボンニュートラル」宣言の中で、2035年以降の新車販売は電気
-
以前にも書いたが、米国共和党は、バイデンのグリーン・ディールが米国の石油・ガス産業を弱体化させ、今日の光熱費高騰、インフレ、そしてロシア依存を招いたことを激しく批判している。 今般、ノースダコタ州のダグ・バーガム知事をは
-
CO2を多く排出するとして、ここのところ先進国ではバッシングを受けている石炭事業だが、世界には多くの炭鉱開発計画がある。 最近出た環境団体グローバル・エナジー・モニターの報告によると、世界で提案されている新しい炭鉱開発事
-
8月に入り再エネ業界がざわついている。 その背景にあるのは、経産省が導入の方針を示した「発電側基本料金」制度だ。今回は、この「発電側基本料金」について、政府においてどのような議論がなされているのか、例によって再生可能エネ
-
北海道寿都町が高レベル放射性廃棄物最終処分場選定の文献調査に応募したことを巡って、北海道の鈴木知事が4日、梶山経済産業大臣と会談し、「文献調査」は『高レベル放射性廃棄物は受け入れがたい』とする道の条例の制定の趣旨に反する
-
ロシア軍のウクライナ攻撃を「侵攻」という言葉で表現するのはおかしい。これは一方的な「武力による主権侵害」で、どうみても国際法上の侵略(aggression)である。侵攻という言葉は、昔の教科書問題のときできた言い換えで、
-
国際エネルギー機関(IEA)は、毎年、主要国の電源別発電電力量を発表している。この2008年実績から、いくつかの主要国を抜粋してまとめたのが下の図だ。現在、日本人の多くが「できれば避けたいと思っている」であろう順に、下から、原子力、石炭、石油、天然ガス、水力、その他(風力、太陽光発電等)とした。また、“先進国”と“途上国”に分けたうえで、それぞれ原子力発電と石炭火力発電を加算し、依存度の高い順に左から並べた。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間