原子力とEUタクソノミー

2021年12月31日 06:55
アバター画像
東京工業大学原子炉工学研究所助教 工学博士

EUタクソノミーとは

欧州はグリーンディールの掛け声のもと、脱炭素経済つまりゼロカーボンエコノミーに今や邁進している。とりわけ投資の世界ではファイナンスの対象がグリーンでなければならないという倫理観が幅を効かせている。

2050年を目途に、電力、運輸、産業を全て脱炭素(ゼロカーボン)にするのが理想的な目標である。RE100などはその象徴的な例である。

投資に限らないが、その活動あるいはモノがグリーンであるか否かを判断する基準を提供するのがEUタクソノミーである。タクソノミーとは、〝分類〟の意味である。

そこで今話題になっているのは、原子力発電をEUタクソノミーにおいて、グリーンと分類するか否かである。グリーンであるとされれば民間投資が集まるが、タクソノミーでグリーン分類されなければ、民間の原子力への投資マインドは冷え込む。

そればかりか、SDGsのもと〝有害〟すなわち悪であるという烙印を押されることになる。

ネガティブスクリーニング

投資の世界においては、原子力発電は長らくネガティブリストに分類されてきた。それはそもそも原子力発電が軍事技術の転用から生まれたことに由来する。軽水炉が最初に実用化されたのは軍用の潜水艦、原子力潜水艦であった。

米海軍のハイマン・G・リッコバー提督の類い稀なる情熱とリーダシップのもと、世界初の原潜ノーチラスが就航したのが1954年であった。その3年後の1957年に、そのノーチラスの心臓部である軽水冷却原子炉を陸上にあげて、世界で初めて商業用原子力発電所としたのがシッピングポートであった。

このような経緯があるので、原子力発電への民間投資には常に抑制的な精神風土があった。それももちろんSR投資においてもそうであったし、ESG投資においてもそうなのである。その投資マインドが、もし原子力がEUタクソノミーでグリーンつまり善玉に分類されれば、ガラッと変わる可能性がある。

原子力潜水艦ノーチラス号
出典:Wikipedia

世界初の商用軽水炉―シッピングポート原子力発電所
出典:Wikipedia

スウェーデンとSMR ― ゼロカーボンの近道は原子力

スウェーデンは電源部門において現在すでにほぼゼロカーボンを達成している。それを担っているのは38%の原子力と40%の水力発電である。フランスも同様に発電部門はほぼセロカーボンを達成しているが、その主役は原子力で約70%の発電を担っている。

これらの例を見れば明らかなように、ゼロカーボンの近道は原子力にある。

まずは、原子力を最大限活かしてゼローカーボンへの道を開くのが良いのではないか。

また、原子炉もスモールモジュラー炉(SMR)に代表されるように、より安全性が高くスマートな原子力が登場している。これなどは投資マインドを大いにくすぐるはずである。

原子炉の改善のスパンは長いが、間違いなく進化しているのである。

原子力はグリーン ー 頑ななドイツ

さて、EUタクソノミーでの原子力の扱いであるが、科学的な判決はすでに下っている。

2021年4月に、ECの合同研究センター(Joint Research Center)は、〝すでにグリーンに分類されている他の電源と比べて、原子力がそれらを上回る健康被害や環境への悪影響を及ぼすという科学的根拠は見受けられない〟とした。

この問題は今政治の場に最終的判断が委ねられている。

ここで、〝脱原発〟を看板としたいドイツは、オーストリアやスペインなど5カ国と徒党を組んで原子力のグリーン入りをなんとしても阻む勢いである。

一方、フランス、ポーランド、チェコなど10カ国は原子力のグリーン入りを押し切りたい意向である。

ドイツは、メルケルが政権から退いた。ショルツ新政権は、中道左派の社会民主党(SPD:赤)を中心にFDP(黄)と緑の党(緑)が参画する奇妙な〝信号〟政権である。右派FDPの党首として連立政権の財務相となったクリスチャン・リントナーは、FDPが政権入りした以上「ドイツ政治は左寄りにはならない」と言っている。

FDP党首クリスチャン・リントナー
ロイターより

教条主義的でいきおい頑なな態度を見せつづけてきたドイツ政権が、原子力のEUタクソノミーにおいてどのような行動に出るのか?

それはヨーロッパがグリーンディールにおいてより現実的な方向づけをするのか否かの試金石になるのではないだろうか。

This page as PDF
アバター画像
東京工業大学原子炉工学研究所助教 工学博士

関連記事

  • 1.広域での“最大”と局所的な“最大”とは違う 2012年8月(第一次報告)及び2013年8月(第二次報告)に公表された国の南海トラフ巨大地震の被害想定や、それを受けて行われた各県での被害想定においては、東日本大震災の経験を踏まえ、広域対応を含めた巨大地震に対する対策を検討するために、「発生頻度は極めて低いが、発生すれば甚大な被害をもたらす、あらゆる可能性を考慮した最大クラスの地震・津波を想定する」という考え方に基づき、「最大クラス」の被害をもたらす巨大地震の被害想定がなされている。
  • アゴラ研究所の運営するエネルギー問題のバーチャルシンクタンクGEPRはサイトを更新しました。
  • 今回は気候モデルのマニア向け。 気候モデルによる気温上昇の計算は結果を見ながらパラメーターをいじっており米国を代表する科学者のクーニンに「捏造」だと批判されていることは以前に述べた。 以下はその具体的なところを紹介する。
  • 世の中で専門家と思われている人でも、専門以外のことは驚くほど無知だ。特に原子力工学のような高度に専門分化した分野だと、ちょっと自分の分野からずれると「専門バカ」になってしまう。原子力規制委員会も、そういう罠にはまっている
  • 米ホワイトハウスは、中国などCO2規制の緩い国からの輸入品に事実上の関税を課す「国境炭素税」について、支持を見合わせている(ロイター英文記事、同抄訳記事)。(国境炭素税について詳しくは手塚氏記事を参照) バイデン大統領は
  • 神奈川県地球温暖化対策推進条例の中に「事業活動温暖化対策計画制度」というものがあります。 これは国の省エネ法と全く同じ中身で、国に提出する省エネ法の定期報告書から神奈川県内にある事業所を抜き出して報告書を作成し神奈川県に
  • 現在の日本のエネルギー政策では、エネルギー基本計画(2014年4月)により「原発依存度は、省エネルギー・再生可能エネルギーの導入や火力発電所の効率化などにより、可能な限り低減させる」こととなり、電力事業者は今後、原発の新増設が難しくなりました。原発の再稼動反対と廃止を訴える人も増えました。このままでは2030年以降にベースロード電源の設備容量が僅少になり、電力の供給が不安定になることが懸念されます。
  • 核武装は韓国の正当な権利 昨今の国際情勢を受けてまたぞろ韓国(南朝鮮)の核武装論が鎌首をもたげている。 この問題は古くて新しい問題である。遅くとも1970年代の朴正煕大統領の頃には核武装への機運があり、国際的なスキャンダ

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑