グリーンリカバリーは絵にかいた餅

Sohel_Parvez_Haque/iStock
2022年の年初、毎年世界のトレンドを予想することで有名なシンクタンク、ユーラシアグループが発表した「Top Risks 2022」で、2022年の世界のトップ10リスクの7番目に気候変動対策を挙げ、「三歩進んで二歩下がる」として対策の一進一退の停滞を掲げた。
曰く「2022年は長期的な脱炭素化目標と短期的なエネルギー需要が反目する年になる。・・・各国当局は、長期的な気候目標の達成と、今日のエネルギー需要を満たす必要性を両立する必要があるが、これは困難で不可能に近い課題である」と断じている。
振り返ってみると、コロナ禍のパンデミックが世界に広がりつつあった2020年5月、EUのフォン・デア・ライエン委員長は総額7500億ユーロに上るEUクリーンディール政策を発表し、コロナからの復興を単なるコロナ以前の世界への原状復帰ではなく、気候変動対策を大きく前進させる「グリーンリカバリー」政策として推し進めていくことを発表した。
同じ20年4月にIMFのゲロルギエヴァ事務局長も、ピータースバーグ気候対話の開会演説で、コロナ禍を大恐慌以来の経済危機と位置づけ、そこからの回復政策を推し進めるに際し、「私たちはグリーンリカバリーを推進するあらゆる手立てを打たねばならない」と訴えた。
実際コロナ禍により2020年には世界の経済活動には急ブレーキがかかり、飛行機や自動車による人々の移動は制限され、企業の生産活動は停滞し、人々の消費活動も抑圧された結果、CO2排出量は19年に比べて約7%減少したと推計されている注1)。
一方、2019年に公表されたUNEPの試算によれば、産業革命以降の世界の気温上昇を1.5℃以内の収めるというパリ協定の努力目標を実現するには、世界全体の温室効果ガス排出量を2030年まで、毎年7.6%ずつ削減する必要があるということで、2020年はコロナ禍の影響でこれを意図せずに達成したことになる。
しかし問題はそれからである。毎年7.6%ずつ削減というのは、コロナ禍で抑制された20年の排出量を維持するという意味ではなく、社会活動に大きな制約がかかることで達成した20年の排出量から、21年以降も毎年累積的に7.6%ずつ削減していくことを意味している。
EUやIMFが勇ましく宣言した「グリーンリカバリー」とは、コロナが収束していく中で経済活動が再開されても、抑圧された20年の排出量を維持しながら、さらにその2倍、3倍の削減量を毎年積み上げていくことでしか実現しないのである。
一方で2021年の世界のCO2排出量については、まだ実績が明らかになっていないものの、グローバルカーボンプロジェクト(GCP)は、コロナ流行以前の水準に戻ると試算しており注2)、IEAも21年4月のレポートで21年は20年から5%リバウンドすると警告している注3)。
最近の報告を見ると、このリバウンドの要因は、インドや中国といった「グリーンリカバリー」を唱えていない途上国の排出増に帰するものではないようである。
米国のシンクタンクRhodium Groupの試算によると、米国の20年の排出量は19年比で10.5%減ったものの、21年には前年から6.2%増大した模様ということである。その要因として同所が挙げているのが石炭火力発電の拡大で、米国では20年に比べて石炭火力発電からの排出が21年に17%も拡大したとし、その結果米国が掲げる「2030年に2005年比で50%から52%削減する」というバイデン政権が掲げた削減目標に対し、実際には20年の22.2%削減という実績から21年は17.4%削減に後退したと見られている。
バイデン政権が掲げた目標達成には、2005年から16年間で17.4%削減した実績(毎年1.1%の削減)から、今後9年間で32.6%、毎年3.6%の削減が必要であり、過去の3倍以上のスピードで削減を進めなければならない計算になる。
こうした状況は、環境先進国として日本でもよく紹介されるドイツでも同様である。
ドイツの環境シンクタンクAgora Energiewendeによればドイツの排出量は20年にはコロナの影響で19年比8.7%下がったものの、21年には前年比4.5%、3300万tCO2の排出増となったとされており注4)、特にコロナリカバリーと寒冷な気候の影響によるエネルギー需要拡大(+2.6%)、風況の悪化による風力発電量の低下(△11%、再エネ全体でも△4.7%)による石炭、褐炭発電の拡大(+18%)で、発電部門からの排出量は20年比で21%も増大したと試算されている。
特にドイツの石炭火力発電の比率は、COP26における脱石炭火力の盛り上がりとは裏腹に、20年の24%から21年は28%に拡大したとされている注5)。しかもこの状況は今後も当面は続くことが予想されており、緑の党から新たに就任したドイツの気候変動大臣は、ドイツは自ら設定した「2030年に90年比で65%削減する」というターゲットの実現に必要なセクター別削減目標について、21年につづいて22年、23年も未達となることを示唆している注6)。
こうした先進諸国の排出拡大は、21年という未だコロナ禍が収束していない経過年度において顕在化しているもので、今後コロナが収まって様々な制約が取り払われる中で本格的な経済復興プロセスに入っていけば、経済活動が活発化し更なる排出増を招く可能性がある。実際、経済活動の再活性化を抑制してまでCO2排出削減を維持、加速しようとする政府が出てくるようには思えない。
まさにユーラシアグループの懸念する「温暖化対策は三歩進んで二歩下がる」が現実のものとなっており、勇ましく唱えられたグリーンリカバリーは絵にかいた餅になることが大いに予見される。
■
注1) 世界のCO2排出量、第2次世界大戦以来で最も減少 新型ウイルス対策が要因(BBC NEWS)
注2) https://arxiv.org/abs/2111.02222

関連記事
-
去る6月23日に筆者は、IPCC(国連気候変動政府間パネル)の議長ホーセン・リー博士を招いて経団連会館で開催された、日本エネルギー経済研究所主催の国際シンポジウムに、産業界からのコメンテーターとして登壇させていただいた。
-
この3月に米国エネルギー省(DOE)のエネルギー情報局(EIA)が米国のエネルギー予測「Annual Energy Outlook」(AEO)を発表した(AEOホームページ、解説記事)。 この予測で最も重視されるのは、現
-
以前、2021年の3月に世界の気温が劇的に低下したことを書いたが、4月は更に低下した。 データは前回同様、人工衛星からの観測。報告したのは、アラバマ大学ハンツビル校(UAH)のグループ。元NASAで、人工衛星による気温観
-
米国では発送電分離による電力自由化が進展している上に、スマートメーターやデマンドレスポンスの技術が普及するなどスマートグリッド化が進展しており、それに比べると日本の電力システムは立ち遅れている、あるいは日本では電力会社がガラバゴス的な電力システムを作りあげているなどの報道をよく耳にする。しかし米国内の事情通に聞くと、必ずしもそうではないようだ。実際のところはどうなのだろうか。今回は米国在住の若手電気系エンジニアからの報告を掲載する。
-
福島原発事故は、現場から遠く離れた場所においても、人々の心を傷つけ、社会に混乱を広げてきた。放射能について現在の日本で健康被害の可能性は極小であるにもかかわらず、不安からパニックに陥った人がいる。こうした人々は自らと家族や子供を不幸にする被害者であるが、同時に被災地に対する風評被害や差別を行う加害者になりかねない。
-
東日本大震災から2年。犠牲者の方の冥福を祈り、福島第一原発事故の被害者の皆さまに心からのお見舞いを申し上げます。
-
アゴラ研究所の運営するエネルギーのバーチャルシンクタンクGEPR(グローバルエナジー・ポリシーリサーチ)はサイトを更新しました。
-
アゴラチャンネルで池田信夫のVlog、「守れない約束「46%削減」」を公開しました。 ☆★☆★ You Tube「アゴラチャンネル」のチャンネル登録をお願いします。 チャンネル登録すると、最新のアゴラチャンネルの投稿をい
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間