スリランカ:無茶な環境政策の末路

2022年07月16日 07:00
手塚 宏之
国際環境経済研究所主席研究員

omersukrugoksu/iStock

混迷のスリランカ

スリランカのゴタバヤ・ラジャパクサ大統領が軍用機で国外逃亡したというニュースが7月13日に流れた。

スリランカではここ数か月、電気も燃料も食料も途絶え、5月以来54.6%のインフレ、中でも食糧価格が80%を超えて上昇するという経済危機に直面し、怒った何千人もの国民が大統領公邸になだれ込んで占拠するという大混乱の中での大統領の国外脱出は、長く続いたラジャパクサ一族による政権支配の崩壊を意味する。

同国のウィクラマシンハ首相は既に6月23日、CNNの取材に対して「我が国経済は完全な破綻状態にある」と宣言し、6月末にはIMFがミッションを発見して同国経済の再建策について話し合いをはじめている。

スリランカ・ラジャパクサ大統領の環境政策

このスリランカの深刻な経済危機の発端となっているのが、国の基幹産業であった国際観光業収入が、2019年に起きた大規模な連続爆破テロ事件と20年から続くコロナ禍により喪失してしまったことにあることは指摘されているが、実は経済破綻の最後の引き金を引いたのが、ラジャパクサ大統領の環境政策であったということは、日本ではほとんど報道されていない。

同大統領は2021年4月に突如、同国農業の「完全な有機農業化」を宣言し、国内農業における輸入化学窒素肥料の使用を全面禁止した。その背景には、2019年に同国の首都コロンボで開かれた国連環境計画(UNEP)の国際会議でとりまとめられた「持続可能な窒素管理に関するコロンボ宣言」に参画したことがある。

同宣言では、農業に大量使用されている化学窒素肥料の廃棄物が、動物や人間の健康被害をもたらし、さらにCO2の400倍の温室効果をもつ亜酸化二窒素(N2O)になって、地球温暖化を加速させているとして、各国が持続可能な窒素管理のためのロードマップを策定し、2030年までに窒素廃棄物を半減することを目指すとしている。

これを受けてラジャパクサ大統領は、率先してこのコロンボ宣言の目標を達成しようと、国内農業における化学肥料の使用を一切「禁止」するという、極端な政策を導入することを突然発表した上で、昨年11月に英グラスゴーで開催されたCOP26に参加して、自らの政策を以下のように誇らしげに語っている。

誰もが知っているように気候変動は世界が直面している最大の危機の一つです。・・・2019年10月、14カ国が 「持続可能な経営に関するコロンボ宣言」 に参加しました。この重要な宣言は、2030年までに窒素廃棄物を半減するという観点から、各国が持続可能な窒素管理のための国家ロードマップを策定することを奨励しています。私はこの宣言にすでに関連している国々に感謝し、他の国々にも同じことをするよう奨励します。

スリランカの農業の中心地では、何十年もの間、慢性腎臓病が深刻な問題となっていますが、化学肥料の過剰使用がこの問題に大きく寄与しています。このような状況の中で、私の政府は化学肥料の輸入を削減するために断固とした措置をとり、有機農業を強く奨励しました。・・・私の政府の政策体系は持続可能性に力を入れています。・・・これはスリランカが国連に提出したNDCの野心度向上に反映されています。・・・今生きている私たちは皆、未来の世代のために地球を守っているのです。・・・

有機農法への転換の誤算

地球を守るためにラジャパクサ大統領が導入した、窒素肥料使用禁止による有機農法への転換は、同国の主要産業であり、総人口の3割が従事してきた農業生産に壊滅的なダメージをもたらし、国連の推計では2021~22年の同国の農作物収穫量は40~50%も落ち込むと見られているとされている注1)

窒素肥料は農産物の生育を促進し、少ない耕作面積、労働投入で大きな収穫を得ることを可能にしてくれるが、これを禁止すれば生産性が落ちて収穫量が激減するのは目に見えている。有機農法は大量生産とは相いれないのである。

ちなみにスリランカの主食であるコメの自給率は、2015年で129.5%とされており注2)、農産物純輸出国として外貨を稼いでいたのだが、収穫量が半減すれば純輸入国に転落してしまう。これがテロとコロナで海外観光客が激減して外貨収入を絶たれる中で起きれば、同国に食料不足と価格高騰を招くのは必然だろう。

皮肉なことにWorld Economics ResearchによるESGインデックスの国際比較で、スリランカの環境インデックスは100点満点中98.1点と、ほぼ満点に近い高評価を得ている。ちなみに先進国で最も高い評価を得ているスェーデンで96.1点、日本が91.0点、米国は58.7点である注3)

「今生きている私たちは皆、未来の世代のために地球を守っているのです」としてCOP26で導入を誇ったラジャパクサ大統領の拙速なESG政策は、「今生きている人たち」の生活を破壊し、大統領自身が国から放逐される結果を招いたのである。

欧州各国に暗い影を落とし始めるESG政策

ちなみにこの窒素肥料使用制限は、欧州でも導入が計画されており、欧州を代表する農業国の一つであるオランダでは、去る6月に2030年までに窒素排出の半減を目指すという政策が発表されている。

それによるとオランダの農家は一酸化二窒素、アンモニアの排出を40%削減することが求められることになり、農家が生産縮小や農場閉鎖に追い込まれることになるとして、7月に入ってオランダ各地で農民による反対デモが繰り広げられていることは日本でも報道されていた。

この農家による反対運動は、同様の政策の検討が進められているドイツ、イタリア、スペイン等にも飛び火し、ただでさえウクライナ紛争で食料価格のインフレに直面している欧州諸国に暗い影を落とし始めている注4)

注1)https://dailycaller.com/2022/07/06/complete-collapse-esg-destroyed-nations-economy/
注2)http://www.statistics.gov.lk/Agriculture/StaticalInformation/PaddyStatistics/SelfSufficiencyInRice
注3)https://worldeconomics.com/ESG/Environment/Sri%20Lanka.aspx
注4)https://www.fwi.co.uk/news/environment/dutch-farmer-protests-against-emissions-cuts-spread-across-eu

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手塚 宏之
国際環境経済研究所主席研究員

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