ドイツ産業の皆さん、日本へようこそ

2022年08月24日 07:00
手塚 宏之
国際環境経済研究所主席研究員

mirza kadic/iStock

苦しむドイツ

ウクライナ紛争に伴ったロシア制裁と、その報復とみられるロシアによる欧州への天然ガス供給の縮小により、欧州の天然ガス価格は今年に入って高騰を続け、8月半ばには1メガワットあたり250ユーロと、3月の水準から約3倍に上昇している。その結果、独の大手エネルギー企業のユニパーは今年上半期の業績として、120億ユーロ(約1.65兆円)に上る巨額の赤字を計上した。

独政府は既に今年7月の段階で、ガスの調達価格の高騰と販売価格の逆ザヤにより経営が悪化する同社に対して、2.7億ユーロ(約372億円)出資し、株式の約30%を取得して経営に参画することを決め、またドイツ復興金融公社から同社への与信枠の拡大をするなど、経営支援策を講じるとともに、今年10月1日からは、国内すべての天然ガス会社に対して、ロシア産天然ガスから代替供給への切り替えコストを価格に転嫁できる賦課金の仕組みを導入して経営を支えることを決めている。

その結果、ドイツ国内の企業、家庭などガスの消費者は、この秋からガス料金には1kWhあたり2.419ユーロセント(約33円)の賦課金が課されることになるが、これは年間のガス使用量が2万kWhの平均的な家庭の年間負担増が575ユーロ(約8万円)に上ることを意味する。

その激変緩和策として、ドイツ政府は8月18日、企業や家庭向けガス料金にかけられている付加価値税を、10月初めから現行の19%から7%へと軽減する一時的措置(24年3月末まで)を導入することを発表した。

ガス会社の調達コストが3倍に跳ね上がる中、税率の12%軽減程度の対策では、価格の高騰に対して焼け石に水にしかならないだろうから、この秋以降、ドイツ社会では家庭も企業も含めた深刻なエネルギー危機が顕在化することになる。

いつまで続く?ドイツのエネルギー危機

ではこのドイツのエネルギー危機は一時的な危機の留まるのだろうか? 仮にウクライナ紛争が1年以内の早期に収束したとしても、さすがに以前のドイツのように、天然ガスの過半をロシアからの輸入に依存して、パイプラインを通じて安価に大量調達するというわけにはいかないだろう。

問題はロシア以外の天然ガス代替調達先であるが、大規模な供給が早期に可能な地域は、カタールなどの中東、シェールガス生産拡大が可能な北米、豪州の3地域になるが、これらの地域からの天然ガスの調達はパイプライン調達というわけにはいかず、いずれも液化天然ガスの形で専用のLNG船を使って輸入することになる。

液化天然ガスのコストが、パイプラインでガスのまま供給される天然ガスの数倍に昇るということは、全てのガスをLNGの形で輸入せざるを得ない日本の経験を通じて明らかだ。

失われるドイツ産業の優位性

ドイツは従来、ロシアからパイプラインで大量安価に供給される天然ガスを産業用のエネルギー源とし、気候変動対策で拡大する風力・太陽光などの再エネ電力の出力変動調整も安価な天然ガス発電で行い、さらに国際競争に晒されている鉄鋼や化学といった企業群に対して、再エネ賦課金を大幅に減免する措置(コスト負担は家庭部門に片寄せされてきた)を講じるといった、手厚い産業保護的なエネルギー政策により、EU域内の製造業の中心地という地位を確保してきた。

それがこれからウクライナ紛争以降、ドイツの産業界はエネルギー供給を高コストのLNGに依存せざるを得なくなり、再エネの拡大を進めてもガス火力による出力調整コストも高騰するので電気代の上昇は不可避、さらに従来減免されてきた再エネ賦課金についても、インフレにあえぐ家庭部門の電気料金負担緩和の必要性から縮減される政策リスクに直面する可能性は高い。加えて現ドイツ政府は、稼働中の最後の3基の原発も、本年末に全停止して廃止する計画で、今のところそれを変更するつもりはないようだ。

こうしてみたとき、巨大なEU経済圏の中で最強の経済力を誇り、一大産業集積地として栄華を極めてきたドイツ産業帝国が、いまや危急存亡の危機に直面しているというのが実情ではないかと、いささか同情の念を禁じ得ない。

しかし考えてみればこれで、高コストの輸入LNG依存、高騰する中でも減免されない再エネ賦課金、遅々として進まない原発再稼働といったエネルギーコスト上のハンデにあえいできた日本の産業界とほぼ同様の、構造的なエネルギー問題に、ドイツ産業も直面することになるというわけである。

Welcome to Japan!

“Welcome to Japan!”  自動車、機械、鉄鋼、化学といった産業集積とその輸出競争力を国の強みとしてきた日独産業間の競争において、従来ドイツ産業に構造的な恩恵を持たらしてきたロシアのパイプライン天然ガスをドイツが失った後、日本から見てある意味でフェアな産業競争環境がもたらされると考えることもできる。

同じ構造的なハンデキャップを負った両国産業の競争の行方は、ウクライナ紛争後の世界のエネルギー事情を見据えて、両国が取り組む産業エネルギー政策如何にかかってくる。

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手塚 宏之
国際環境経済研究所主席研究員

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