「2035年の新車販売はEV!」への邁進は正しい選択なのか?②

2022年08月26日 06:40
アバター画像
技術士事務所代表

Naeblys/iStock

2025年までに1000億ドルに成長すると予測されるバッテリー産業だが、EVの「負債」について複数の報告書で取り上げられていた。

(前回:「2035年の新車販売はEV!」への邁進は正しい選択なのか?①

グリーンエネルギーを提唱する国際クリーン輸送協議会は報告書の中で、中国は世界のリチウムイオン電池の半分以上を製造しているが、EV用電池の製造過程で、従来のガソリンエンジン車より60%多いCO2を発生していると指摘した。

また、再エネを提唱する世界経済フォーラムによれば、ドイツの中型EVの場合、製造時に上回ったCO2を挽回するためには6万から12.5万kmの走行を要するとのこと。バッテリー寿命は10から20年ということだが、海外製EVでは発火事故なども報告されているため、交換時期が気になるところだ。

バッテリーなどの生産には、リチウム、ニッケル、コバルト、マンガン、グラファイトなどのレアアースが不可欠である。

国際エネルギー機関(IEA)の報告書によると、パリ協定の目標を達成するためには、これらの鉱物の生産量を2040年までに、現在の6倍に増やす必要があるという。さらに、エネルギー変換に必要とされる多くの遷移物質の生産地が石油や天然ガス以上に偏在しており、世界の上位3つの生産国が世界の生産量の4分の3以上を支配している。

この市場を支配しているのはコンゴと中国であり、再エネ機器の製造に必須とされる鉱物の大部分を産出する。報告書には、中国の精錬シェアは、ニッケルで約35%、リチウムとコバルトで50〜70%、レアアースで90%近くを占めていると記している。

これらの物質の採掘はエネルギー集約的であり、地域の環境に壊滅的な打撃を与える可能性がある。例えば、鉱物中のリチウムの含有量は採掘岩石の約1%にしか過ぎないため、採掘の過程で広大な土地を破壊してしまう。また、リチウム採掘には大量の水が必要であり、自然環境に負担をかける。

中国の新疆ウィグル地区における人権問題は有名だが、コバルトもアフリカで児童労働によって採掘されることが多い。また、精錬の過程で有害な重金属などの汚染物質が土壌や水中に放出される。

6月のフォーリン・ポリシー誌によると、中国は輸出用のバッテリー産業を急速に発展させる一方で、国内のエネルギー源として石炭の生産量を倍増させ、2022年には3億トン拡大する計画だという。これはEU全体の年間生産量にほぼ匹敵する。

さらに、中国が、石炭によるエネルギーの安定性とコスト競争力を優先する一方で、最大の競争相手である米国は、世界第2位の電力システムを再エネベースに移行するために、供給途絶を頻繁に起こしていると指摘する。

これまでの中国は大量に石油などを生産する国ではなく、これが戦略的なアキレス腱となっていた。ところが、化石燃料から再エネに移行するシナリオの下では、豊富な化石燃料を有する米国が、再エネの原料を中国に依存するという皮肉な結果になっている。

最後に、こうした国内外の現状をみると、我が国もEV化へと邁進するのではなく、バランスの取れた産業・対外政策、その下の技術開発へと方向転換してみてはいかがだろうか。

 

This page as PDF

関連記事

  • 小泉元首相の「原発ゼロ」のボルテージが、最近ますます上がっている。本書はそれをまとめたものだが、中身はそれなりの知識のあるゴーストライターが書いたらしく、事実無根のトンデモ本ではない。批判に対する反論も書かれていて、反原
  • >>>(上)はこちら 3. 原発推進の理由 前回述べたように、アジアを中心に原発は再び主流になりつつある。その理由の第一は、2011年3月の原発事故の影響を受けて全国の原発が停止したため、膨大な費用が余
  • 2024年7月24日各新聞に「原発の建設費を電気料金に上乗せ、経産省が新制度け検討 自由化に逆行(朝日新聞デジタル)」などの報道がありました。 一方、キヤノングローバル戦略研究所杉山大志氏の「電気代が高い理由は3つ:みん
  • アゴラ研究所の行うシンポジウム「エネルギー政策・新政権への提言」 の出席者を紹介します。この内容は、ニコニコ生放送、BLOGOSで生放送します。
  • 前回、SDGsウォッシュを見極める方法について提案しました。 SDGsに取り組んでいると自称している企業や、胸にSDGsバッジを付けている人に以下の2つを質問します。 ① その活動(事業、ビジネス等)は2015年9月以降
  • 西浦モデルの想定にもとづいた緊急事態宣言はほとんど効果がなかったが、その経済的コストは膨大だった、というと「ワーストケース・シナリオとしては42万人死ぬ西浦モデルは必要だった」という人が多い。特に医師が、そういう反論をし
  • IPCCの報告がこの8月に出た。これは第1部会報告と呼ばれるもので、地球温暖化の科学的知見についてまとめたものだ。何度かに分けて、気になった論点をまとめてゆこう。 前回の論点㉒に続いて「政策決定者向け要約」を読む。 冒頭
  • ポーランドの首都ワルシャワから、雪が降ったばかりの福島に到着したのは、2月2日の夜遅くでした。1年のうち、1月末から2月が、福島においては最も寒い季節だと聞きました。福島よりもさらに寒いワルシャワからやって来た私には、寒さはあまり気にならず、むしろ、福島でお目にかかった皆さんのおもてなしや、誠実な振る舞いに、心が温められるような滞在となりました。いくつかの交流のうち特に印象深かったのが、地元住民との食の安全に関する対話です。それは福島に到着した翌朝、川内村で始まりました。

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑