EUの野心と悩み

2023年03月28日 06:50
アバター画像
東京大学大学院教授

PeskyMonkey/iStock

3月上旬に英国、ベルギー、フランスを訪問し、エネルギー・温暖化関連の専門家と意見交換する機会があった。コロナもあり、久しぶりの欧州訪問であり、やはりオンライン会議よりも対面の方が皮膚感覚で現地の状況が感じられる。

ウクライナ戦争とEU

EUは2022年5月に「REPowerEU」を掲げ、ロシアへの化石燃料依存からの脱却を進めている。それにとどまらず、中長期に、脱炭素化(グリーン)をさらに加速しようとしている。EUにとってのエネルギー安全保障の軸は脱炭素であり、RePowerEUはフォンデアライエン委員長の施策の1丁目1番地的位置づけとなっている。

EU域内ではウクライナ戦争を契機に再エネへのスイッチへの支持が更に高まっており、改正再エネ指令において再エネのエネルギー供給に占めるシェアを40%から45&に引き上げ、これに伴い、EU委員会はパリ協定の下での国別目標を90年比▲55%から▲57%に引き上げることを提案している。

2022年6月中旬よりロシアはEU向けのガス供給を大幅に制限。その結果もあり、40%を超えていたガスのロシアへの依存度は、10月時点では7.5%程度に低下した。価格高騰による需要減、ロシア以外からのLNG輸入の増強や暖冬傾向もあって、ガス貯蔵率はEU全体で2023年2月末時点で6割程度となり、ガス非常事態は防ぐことができた。

他方、昨年の貯蔵率増加にはロシアガスを活用していること、中国の景気回復等により世界のガス需要が増える可能性が高いことから、2023-4年冬のガス不足への対応は引き続き課題である。

EU域内のエネルギー価格は、2021年夏から上昇を続け、ウクライナ侵攻後さらに高騰したが、昨年から今年にかけての暖冬傾向による需要減や貯蔵量の増加により価格高騰は落ち着いている状況にある。しかし上記のような世界のガス需要の動向、ウクライナ戦争の動向如何によって再び価格が高騰する可能性はある。

ウクライナ戦争は長期化するという見通しが関係者の間では支配的であった。ロシア軍が支配地域を拡大することも困難だし、ウクライナ軍が奪還することも困難だからだ。加えてウクライナ国内ではクリミア奪還が政治的にマストとなっており、ロシアとの手打ちができない状況にある。ウクライナ国内には戦争終結機運はなく、他方、ロシア国内でのプーチン支持は盤石なようである。

上述のようにEUは対ロシアガス依存のみならず、化石燃料依存全体から脱却しようとしているため、時間がたてばたつほど、ロシアがエネルギーを政治的武器に使う有効性が低下する。EUがウクライナへの武器支援を強める中でロシアが短期的に天然ガスを政治的武器に使う可能性もあるが、EUはロシアガスが完全に止まる場合も想定して対策を講じているとのことである。

EUの抱えるジレンマ

ウクライナ戦争等による石油、ガス、電力料金上昇に直面してもEU域内において脱炭素政策に対しては幅広い政治的支持がある。2022-23年の冬を大過なく乗り切り、かつエネルギー需要、電力需要の低下、再エネのシェア上昇もあったことからRePower EUが機能しているとの自信を深めている模様である。

他方、EUがかかえるジレンマもある。第一に2022年8月に成立した米国のインフレ抑制法(Inflation Reduction Act: IRA)に対する危機感である。

IRAで提供されるインセンティブが巨額であり、EUに比べてエネルギーコストが安く、カーボンプライシングもない米国にグリーン残業の基盤がシフトしてしまう可能性がある。

例えばフォンデアライエン委員長は2022年12月にIRAの有する「バイ・アメリカン」のロジックや補助金競争の可能性について懸念を表明している。このことが2023年2月1日、EU委員会は「グリーン・ディール産業計画」(Green Deal Industrial Plan)の発表、3月の「ネットゼロ産業法」(Net-Zero Industry Act)の提案につながっている。

特にこれまで厳しく管理されていた加盟国の国家補助ルールを、EU全体の競争力向上のために緩和する議論が起きていることは注目される。ルール緩和により国家補助を拡大する経済余力のある独仏と、それ以外の国で路線対立が生じている。

第二にグラスゴー合意以降の世界の排出動向(2021年、2022年と連続で過去最高を更新)を見れば、EUがいくら頑張っても、2030年▲45%、2050年全球カーボンニュートラルが不可能であることは誰の目にも明らかであることだ。

EUにとって1.5℃目標は今や宗教のようなものであり、いかに実現可能性がなくとも、これを見直したり、断念したりすることを口に出せる状況ではない。欧州で高コストの温暖化政策に疑問を差しはさむコメントをすると「ファシスト」的な扱いを受けるという話を聞いた。これはプラグマティックな政策論議を阻むものである。

例えば現在のエネルギー危機に対応するために化石燃料投資、特にガス投資が必要であることは自明であるが、政策担当者がそれをオープンに言えない「空気」が支配的である。他方、BP、シェルといったEUメジャーは既存油田・ガス田投資だけでは不十分ということはわかっており、注意深い言い回しながら、新規油田・ガス田投資の必要性に言及しはじめている。

第三に2050年全球カーボンニュートラルに決定的な影響を与えるのは先進国ではなく、中国、インド等の途上国であるが、彼らは温暖化防止をトッププライオリティにおらず、欧米先進国がそれに対する有効なレバレッジを有していないことだ。EUが導入する炭素国境調整措置(CBAM)の一つの目的は新興国の行動を促すことにあるが、中国、インドはCBAMが枠組み条約に反発を強めており、CBAMが彼らの政策変更につながる可能性はほとんどない。

EUが1.5℃目標へのコミットメントから野心レベルを引き上げ、域内エネルギーコストが上昇すれば(CBAMの導入はEU域内の物価上昇をもたらす)、片やエネルギーコストの安い米国とのグリーン産業競争上、不利となり、片や中国等、温暖化目標と心中するつもりのない新興国とのレベル・プレイイング・フィールドが更に失われる。

こうした状況にEU域内の産業がどこまで持ちこたえられるのだろうか。

This page as PDF

関連記事

  • 国会で語られた「CO₂の恵み」 2026年5月26日、参議院環境委員会の参考人質疑において、杉山大志氏(キヤノングローバル戦略研究所)は太陽光発電の廃棄物問題に関連して、脱炭素政策の根拠そのものへの疑問を呈した。 その中
  • 高浜3・4号機の再稼動差し止めを求める仮処分申請で、きのう福井地裁は差し止めを認める命令を出したが、関西電力はただちに不服申し立てを行なう方針を表明した。昨年12月の申し立てから1度も実質審理をしないで決定を出した樋口英明裁判官は、4月の異動で名古屋家裁に左遷されたので、即時抗告を担当するのは別の裁判官である。
  • 国際エネルギー機関(IEA)は、毎年、主要国の電源別発電電力量を発表している。この2008年実績から、いくつかの主要国を抜粋してまとめたのが下の図だ。現在、日本人の多くが「できれば避けたいと思っている」であろう順に、下から、原子力、石炭、石油、天然ガス、水力、その他(風力、太陽光発電等)とした。また、“先進国”と“途上国”に分けたうえで、それぞれ原子力発電と石炭火力発電を加算し、依存度の高い順に左から並べた。
  • 6月の公開前後にニューヨーク・タイムス、ワシントンポストなど主要紙の他、NEI(原子力エネルギー協会)、サイエンティフィック・アメリカン(Scientific American:著名な科学雑誌)、原子力支持および反原子力の団体や個人などが、この映画を記事にした。
  • 日本は2050年ネット・ゼロに向けて基準年(2013年)から直線的にCO2が減っている。日本政府はこのことを「着実に削減を進めている」と評価しており、環境大臣は直線に乗っていることを「オン・トラック」と発言している(図1
  • イギリスのジャーナリスト、アンドリュー・モンフォード氏が2026年4月9日、インターネット上のブログ“ネットゼロウオッチ”に2025年4月28日に発生したスペインを含むイベリア半島全体の大停電(ブラックアウト)について、
  • 2025年6月20日、NHKニュースにて「環境省 気候変動に関するフェイク情報拡散防止で特設ページ」という報道がありました。記事によると、「地球温暖化は起きていない」「人間の活動による温室効果ガスの排出は関係ない」といっ
  • 9月14日、政府のエネルギー・環境会議は「2030年代に原発ゼロ」を目指す革新的エネルギー環境戦略を決定した。迫りくる選挙の足音を前に、エネルギー安全保障という国家の大事に目をつぶり、炎上する反原発風に気圧された、大衆迎合そのものといえる決定である。産業界からの一斉の反発で閣議決定にまでは至らなかったことは、将来の国民にとって不幸中の幸いであった。報道などによれば、米国政府筋などから伝えられた強い懸念もブレーキの一因と いう。

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑