EUの野心と悩み

PeskyMonkey/iStock
3月上旬に英国、ベルギー、フランスを訪問し、エネルギー・温暖化関連の専門家と意見交換する機会があった。コロナもあり、久しぶりの欧州訪問であり、やはりオンライン会議よりも対面の方が皮膚感覚で現地の状況が感じられる。
ウクライナ戦争とEU
EUは2022年5月に「REPowerEU」を掲げ、ロシアへの化石燃料依存からの脱却を進めている。それにとどまらず、中長期に、脱炭素化(グリーン)をさらに加速しようとしている。EUにとってのエネルギー安全保障の軸は脱炭素であり、RePowerEUはフォンデアライエン委員長の施策の1丁目1番地的位置づけとなっている。
EU域内ではウクライナ戦争を契機に再エネへのスイッチへの支持が更に高まっており、改正再エネ指令において再エネのエネルギー供給に占めるシェアを40%から45&に引き上げ、これに伴い、EU委員会はパリ協定の下での国別目標を90年比▲55%から▲57%に引き上げることを提案している。
2022年6月中旬よりロシアはEU向けのガス供給を大幅に制限。その結果もあり、40%を超えていたガスのロシアへの依存度は、10月時点では7.5%程度に低下した。価格高騰による需要減、ロシア以外からのLNG輸入の増強や暖冬傾向もあって、ガス貯蔵率はEU全体で2023年2月末時点で6割程度となり、ガス非常事態は防ぐことができた。
他方、昨年の貯蔵率増加にはロシアガスを活用していること、中国の景気回復等により世界のガス需要が増える可能性が高いことから、2023-4年冬のガス不足への対応は引き続き課題である。
EU域内のエネルギー価格は、2021年夏から上昇を続け、ウクライナ侵攻後さらに高騰したが、昨年から今年にかけての暖冬傾向による需要減や貯蔵量の増加により価格高騰は落ち着いている状況にある。しかし上記のような世界のガス需要の動向、ウクライナ戦争の動向如何によって再び価格が高騰する可能性はある。
ウクライナ戦争は長期化するという見通しが関係者の間では支配的であった。ロシア軍が支配地域を拡大することも困難だし、ウクライナ軍が奪還することも困難だからだ。加えてウクライナ国内ではクリミア奪還が政治的にマストとなっており、ロシアとの手打ちができない状況にある。ウクライナ国内には戦争終結機運はなく、他方、ロシア国内でのプーチン支持は盤石なようである。
上述のようにEUは対ロシアガス依存のみならず、化石燃料依存全体から脱却しようとしているため、時間がたてばたつほど、ロシアがエネルギーを政治的武器に使う有効性が低下する。EUがウクライナへの武器支援を強める中でロシアが短期的に天然ガスを政治的武器に使う可能性もあるが、EUはロシアガスが完全に止まる場合も想定して対策を講じているとのことである。
EUの抱えるジレンマ
ウクライナ戦争等による石油、ガス、電力料金上昇に直面してもEU域内において脱炭素政策に対しては幅広い政治的支持がある。2022-23年の冬を大過なく乗り切り、かつエネルギー需要、電力需要の低下、再エネのシェア上昇もあったことからRePower EUが機能しているとの自信を深めている模様である。
他方、EUがかかえるジレンマもある。第一に2022年8月に成立した米国のインフレ抑制法(Inflation Reduction Act: IRA)に対する危機感である。
IRAで提供されるインセンティブが巨額であり、EUに比べてエネルギーコストが安く、カーボンプライシングもない米国にグリーン残業の基盤がシフトしてしまう可能性がある。
例えばフォンデアライエン委員長は2022年12月にIRAの有する「バイ・アメリカン」のロジックや補助金競争の可能性について懸念を表明している。このことが2023年2月1日、EU委員会は「グリーン・ディール産業計画」(Green Deal Industrial Plan)の発表、3月の「ネットゼロ産業法」(Net-Zero Industry Act)の提案につながっている。
特にこれまで厳しく管理されていた加盟国の国家補助ルールを、EU全体の競争力向上のために緩和する議論が起きていることは注目される。ルール緩和により国家補助を拡大する経済余力のある独仏と、それ以外の国で路線対立が生じている。
第二にグラスゴー合意以降の世界の排出動向(2021年、2022年と連続で過去最高を更新)を見れば、EUがいくら頑張っても、2030年▲45%、2050年全球カーボンニュートラルが不可能であることは誰の目にも明らかであることだ。
EUにとって1.5℃目標は今や宗教のようなものであり、いかに実現可能性がなくとも、これを見直したり、断念したりすることを口に出せる状況ではない。欧州で高コストの温暖化政策に疑問を差しはさむコメントをすると「ファシスト」的な扱いを受けるという話を聞いた。これはプラグマティックな政策論議を阻むものである。
例えば現在のエネルギー危機に対応するために化石燃料投資、特にガス投資が必要であることは自明であるが、政策担当者がそれをオープンに言えない「空気」が支配的である。他方、BP、シェルといったEUメジャーは既存油田・ガス田投資だけでは不十分ということはわかっており、注意深い言い回しながら、新規油田・ガス田投資の必要性に言及しはじめている。
第三に2050年全球カーボンニュートラルに決定的な影響を与えるのは先進国ではなく、中国、インド等の途上国であるが、彼らは温暖化防止をトッププライオリティにおらず、欧米先進国がそれに対する有効なレバレッジを有していないことだ。EUが導入する炭素国境調整措置(CBAM)の一つの目的は新興国の行動を促すことにあるが、中国、インドはCBAMが枠組み条約に反発を強めており、CBAMが彼らの政策変更につながる可能性はほとんどない。
EUが1.5℃目標へのコミットメントから野心レベルを引き上げ、域内エネルギーコストが上昇すれば(CBAMの導入はEU域内の物価上昇をもたらす)、片やエネルギーコストの安い米国とのグリーン産業競争上、不利となり、片や中国等、温暖化目標と心中するつもりのない新興国とのレベル・プレイイング・フィールドが更に失われる。
こうした状況にEU域内の産業がどこまで持ちこたえられるのだろうか。
関連記事
-
東京電力福島第一原発の事故処理で、汚染水問題が騒がれている。このコラムで私は問題を考えるための図を2つ示し、以下の結論を示したい。
-
各種機関から、電源コストを算定したレポートが発表されている。IRENAとJ.P.Morganの内容をまとめてみた。 1.IRENAのレポート 2022年7月13日、国際再生可能エネルギー機関(IRENA)は、「2021年
-
エネルギー・環境問題を観察すると「正しい情報が政策決定者に伝わっていない」という感想を抱く場面が多い。あらゆる問題で「政治主導」という言葉が使われ、実際に日本の行政機構が政治の意向を尊重する方向に変りつつある。しかし、それは適切に行われているのだろうか。
-
今年7月から再生可能エネルギーの買取制度が始まります。経産省からは太陽光発電で1kWh42円などの価格案が出ています。この価格についての意見を紹介します。
-
ガソリン価格が1リットル170円を上回り、政府は価格をおさえるために石油元売りに補助金を出すことを決めました。他方で政府は、脱炭素化で化石燃料の消費を減らす方針です。これはいったいどうなってるんでしょうか。 レギュラーガ
-
エネルギー政策をどのようにするのか、政府機関から政策提言が行われています。私たちが問題を適切に考えるために、必要な情報をGEPRは提供します。
-
今回の衆院選は自民党の圧勝に終わりました。政権基盤が強化された高市政権にやってほしいことリストは以下の通りです。 再エネ賦課金廃止 2050年カーボンニュートラル宣言撤回 パリ協定NDCおよび国内地球温暖化対策計画の数値
-
はじめに 台湾政府は2017年1月、脱原発のために電気事業法に脱原発を規定する条項を盛り込んだ。 しかし、それに反発した原発推進を目指す若者が立ち上がって国民投票実施に持ち込み、2018年11月18日その国民投票に勝って
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間














