「2050年ネットゼロ」の費用はその便益よりはるかに大きい
ドバイではCOP28が開かれているが、そこでは脱炭素化の費用対効果は討議されていない。これは恐るべきことだ。

国連サイトより
あなたの会社が100億円の投資をするとき、そのリターンが100億円より大きいことは最小限度の条件だが、世界各国は毎年数兆ドルの脱炭素化投資のリターンが、投資額より大きいかどうかも知らないのだ。
1.5℃目標の費用は便益の2~10倍
これについては経済学者が多くの論文を書いているが、それをサーベイしたのがRichard S.Tolの論文である。これは気候変動による損害について61の推計値と論文39本のデータを使って、パリ協定の目標達成の費用対効果を推計した。
それによると、図1のように2050年までに1.5℃目標を実現するには、世界のGDP比で毎年4.5%のコストがかかるが、その便益は0.5%である。2100年までには5.5%の費用がかかるが、便益は3.1%である。

図1 1.5℃目標の費用と便益(Tol)
この論文はIPCCの最悪ケース(SSP5-8.5)を想定したもので、通常シナリオにもとづくと、もっと便益は小さくなる。予測には点線で描いたように大きな幅があるが、最小の場合の費用でも、2100年にようやく便益の中央値に近づく程度で、それまでの損失は回収できない。
どう考えても、1.5℃目標の費用はそのコストを大幅に上回り、通常の企業の投資プロジェクトとしては実施すべきではない。
では公的投資としては実施すべきだろうか。この論文は国際的に一律の炭素税引き上げなど、最も低コストの対策で気温上昇の抑制目標を実現すると想定しているが、現実には炭素税はほとんど導入されず、各国は石炭の禁止やガソリン車の禁止などのアドホックな規制と補助金を投入している。その費用は、この論文の想定の2倍以上である。
炭素税は最大1200ドル/トンかける必要
Jennifer Morris et al.は、炭素税のコストをくわしく調べている。2050年ネットゼロ(CO₂排出量実質ゼロ)を実現するには、世界一律に最大1200ドル/トンの炭素税をかける必要がある。

図2 必要な炭素税率(CO₂トン当たり)
これはヨーロッパで最高の炭素税をかけている国の80ドル/トンをはるかに上回る。日本円でいうと、18万円/トンである。政府のGX戦略では1万円の「GX賦課金」が提案されているが、そんなものでは何の効果もない。
このように桁違いのコストがかかるのは、2050年ゼロという目標が非現実的だからだ。長期的に排出量を減らして1.5℃目標に近づけるほうがましだが、それでも最大500ドルの炭素税が必要で、これはどこの国も課税できるとは考えられない。
日本ではガソリンに400円/リッターの炭素税をかける必要があるが、岸田政権は70円程度の税率もトリガー条項発動で下げようとしている。
要するに現状のようなアドホックな脱炭素化政策にはほとんど効果がなく、地球温暖化は止まらないのだ。COP28の討議は単なる外交的おしゃべりで、実効性のある協定は何もできない。1.5℃目標とか2050年ネットゼロという空想的な目標を掲げるのはやめ、現実に何ができるかを考える方向に転換すべきだ。
関連記事
-
刻下の日本におけるエネルギー問題(電力供給問題)が中小企業に及ぼす負の影響について、安定供給・価格上昇・再生可能エネルギー導入・原発再稼働などの側面から掘り下げてみたい。
-
今年は、太平洋戦争(大東亜戦争)終結70周年であると同時に、ベトナム戦争(第2次インドシナ戦争)終結40周年でもある。サイゴン陥落(1975年4月30日)と言う極めてドラマティックな形で終わったあの悲劇的な戦争については、立場や年齢によって各人それぞれの思いがあろうが、筆者にとっても特別な思いがある。
-
今年の8月初旬、韓国の電力需給が逼迫し、「昨年9月に起こった予告なしの計画停電以来の危機」であること、また、過負荷により散発的な停電が起こっていることが報じられた。8月7日の電気新聞や9月3日の日本経済新聞が報じる通り、8月6日、夏季休暇シーズンの終了と気温の上昇から供給予備力が250万キロワット以下、予備率が3%台となり、同国で需要想定と供給責任を担う韓国電力取引所が5段階の電力警報のうち3番目に深刻な状況を示す「注意段階」を発令して、使用抑制を呼びかけたという。
-
エネルギーのバーチャルシンクタンク「GEPR」(グローバルエナジー・ポリシーリサーチ)を運営するアゴラ研究所は、インターネット放送「言論アリーナ」を提供している。9月3日は1時間にわたって『地球は本当に温暖化しているのか--IPCC、ポスト京都を考える』を放送した。
-
「2年10ヶ月の懲役刑」というのが、ノートライン=ヴェストファーレン州のボッフム州立裁判所が7月1日に下した判決だった。被告は、医師であるハインリヒ・ハービク氏、67歳。裁判長ペトラ・ブライヴィッシュ=レッピング氏によれ
-
菅首相の所信表明演説を受けて、政府の温暖化対策見直しの作業が本格化すると予想される。いま政府の方針は「石炭火力発電を縮小」する一方で「洋上風力発電を拡大」する、としている。他方で「原子力の再稼働」の話は相変わらずよく見え
-
米国マンハッタン研究所の公開論文「エネルギー転換は幻想だ」において、マーク・ミルズが分かり易い図を発表しているのでいくつか簡単に紹介しよう。 どの図も独自データではなく国際機関などの公開の文献に基づいている。 2050年
-
オーストラリアの東にあるグレートバリアリーフのサンゴ礁は絶好調だ。そのサンゴ被覆度(=調査地域の海底面積におけるサンゴで覆われた部分の割合)は過去最高記録を3年連続で更新した(図)。ジャーナリストのジョー・ノヴァが紹介し
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間















