中国のNDC発表とトランプ大統領の気候変動詐欺発言
9月24日、国連気候サミットにおいて習近平国家主席がビデオメッセージ注1)を行い、2035年に向けた中国の新たなNDCを発表した。その概要は以下のとおりである。
- 2025年はパリ協定採択から10年にあたり、各国が新しい国家決定貢献(NDC)を提出する節目の年
- 「緑色・低炭素転換」は時代の潮流だが、一部の国がそれに逆行している。中国は決意と信念を持ってコミットメントを履行
- 気候変動対応においては「公平・正義」が重要であり、発展途上国の発展権を十分に尊重すべき。 「共通だが差異ある責任(common but differentiated responsibilities)」に基づき、先進国が率先して排出削減や技術・資金支援を行うべき
- 経済全体の温室効果ガス排出量を、2035年時点でピーク時点比で 7~10%削減(注:現行目標は2030年までに2005年比でCO2原単位を65%削減)
- エネルギー消費に占める非化石燃料比率を30%超に引き上げ。風力、太陽光発電容量を2020年比で6倍超。(3600GW)
- 森林を240億㎥に拡大
- 新車販売における新エネルギー車(電気自動車、ハイブリッド等)の比率を主流に
- 排出量取引市場を拡大
今回の中国のNDCは初めてCO2のみならず全温室効果ガスを対象とし、経済全体の総量削減目標を打ち出した。しかし発表後、当然、予想されたように「中国の新NDCが不十分である」との批判が起こった。
そもそも「ピーク比の7-10%減」といってもピーク時の排出量がどうなるかわからない。各国のNDCを評価するクライメート・アクション・トラッカーは6月、1.5℃目標と整合的な中国のNDCは2023年比で2030年▲54%、2035年▲66%であるべき(LULUCFを除く)との分析を発表している注2)。
今回の中国のNDCについては以下のプレスリリース注3)を出した。
- 中国は世界最大の排出国であると同時にクリーンエネルギーのリーダーでもある。新たな目標は、中国が世界の気候目標達成を支援する大きな機会となり得た。
- しかし、我々の計算によれば、中国は既に実施中の政策でこの目標を達成する見込みであるため、新たな目標が排出量のさらなる削減を促す可能性は低い。
- 風力・太陽光発電容量3600GWと一次エネルギーにおける非化石燃料比率30%という目標は、CATの現行政策シナリオと比較すると野心が不足し、過度に保守的
- しかもこの目標は絶対排出量ではなく、土地・林業部門(LULUCF)を含むネット排出量を対象としており、透明性が低い。
なお、クライメート・アクション・トラッカーは1.5℃目標達成を至高の目的とする環境原理主義の権化のような団体であり、日本を含め、各国の目標は軒並み「不十分」との烙印を押されている。
EU自身は域内の調整が難航しており、国連気候サミットでの表明ができなかったが、欧州委員会のフックストラ気候変動対策担当委員は中国のNDCに関し、「残念ながら(中国が)達成可能かつ必要と我々が考える水準を大きく下回っている。この野心レベルは明らかに失望させられるもので、中国の膨大な影響を考慮すると、世界の気候変動対策目標の達成は著しく困難になる」と述べている。
2023年のCOP28のグローバルストックテークでは、「次回のNDCにおいて、異なる国情を考慮し、最新の科学に基づき、全ての温室効果ガス、セクター、カテゴリーを対象とし、地球温暖化を1.5°Cに制限することに沿った、野心的で経済全体の排出削減目標を提示するよう促す」との文言が盛り込まれた。
これはバイデン政権の米国や欧州、島嶼国が強く主張してねじ込んだものであるが、結局のところ、最大の排出国である中国には何の効き目もなかった。国連交渉の合意文書で世の中が変わるものではないという顕著な事例だろう。
にもかかわらず、中国は「我こそは気候変動対応のリーダー」のような顔をしている。これは、なんといっても第2位の排出国である米国が温暖化対策に完全に背を向けていることとの対比で、中国が相対的に前向きに見えるからに他ならない。
9月23日にトランプ大統領が1時間弱にわたって国連で行った演説注4)は、「国連は何の役にも立っていない」、「欧州は移民受け入れで地獄に落ちる」等、激烈なものであったが、エネルギー・温暖化問題についても多くの時間を割いて持論を展開した。
そのエッセンスは以下のとおりである。
- 1982年、国連環境計画の事務局長は「2000年までに気候変動が地球規模の災害を引き起こす」と予測したが、我々は、今ここにいる。
- 気候変動問題は世界に対して行われた史上最大の詐欺だ。国連やその他多くの組織が、悪意を持って行った予測は全て間違っていた。グリーン詐欺から脱却しなければ、あなたの国は滅びる。
- 欧州は多くの雇用を失い、工場が閉鎖されたが、炭素排出量を37%削減したが、これは世界全体の54%増加によって完全に帳消しにされ、さらに上回られた。その大半は中国と、中国周辺で繁栄する国々から発生している。二酸化炭素排出量削減に必死に取り組むことはナンセンス
- 過酷なグリーンエネルギー政策は、非常識な規則に従う先進国から、規則を破って大金を稼いでいる汚染国へと、製造および産業活動を再分配したのみ。
- 欧州の電気料金は現在、中国の4~5倍、米国の2~3倍。地球温暖化というデマを止めるふりをする名目のもとで。成功した工業国に自ら苦痛を強いるよう求め、社会全体を根本から混乱させるというグローバリストの構想は、即座に、そして直ちに拒否されねばならない。
- 自分は米国を偽りのパリ協定から脱退させた。米国は他国よりはるかに多くの負担金を支払っていたが、他国は支払っていなかった。アメリカは何年も世界から搾取されてきたが、もう終わりだ。
- 米国は世界中どこよりも多くの石油、ガス、「クリーンで美しい石炭」を有している。我々は、必要とする国々に、豊富で手頃なエネルギー供給を提供する用意がある。
気候変動対策の総本山である国連の総会において、ここまで言われれば、野心レベルに大いに不満があるとしても、曲がりなりにもパリ協定の下で改訂NDCを提出した中国がまともに映ったとしても無理はない。
エネルギー安全保障や低廉で安定的なエネルギー供給の重要性を重視するトランプ政権の考え方は、マルチの場で化石燃料の役割を否定するバイデン政権よりも現実を率直に見据えたものだと言える。しかしトランプ大統領の物言いが結果的に中国の株を上げてしまっていることは困ったものだ。
■
注1)Full text: Xi Jinping’s video speech at the UN Climate Summit 2025
注2)1.5°C-compatible climate action and targets: China June 2025
注3)RELEASE: China’s new target unlikely to drive down emissions
注4)Trump Speaks at U.N.

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