米国のグリーンランド領有にはそれなりの合理性がある

2026年01月24日 06:50
アバター画像
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

トランプ大統領が、グリーンランドを買うと言ったと思ったら、軍事介入をするという騒ぎになり、ヨーロッパとアメリカで軍事衝突か、あるいは関税紛争かと大騒ぎになったが、結局、トランプ大統領も矛を引っ込め、協議をしようということになったようだ。

さて、ここまで敵対的なやり方をするのが正解とは思わないが、それは別として、アメリカがグリーンランドを領有することに意義を見出すのは、それなりにわからなくはない。

北大西洋条約機構・マルク・ルッテ事務総長と会談するトランプ大統領
ホワイトハウスXより

まず第一に、軍事面である。グリーンランドは、ちょうどアメリカとロシアの真ん中にある。核戦争になるとしたら、ここを核兵器が行ったり来たりすることになる。

地上発射の大陸間弾道弾ICBMにしろ、陸上から発進する戦略爆撃機にしろ、原子力潜水艦発射の弾道弾SLBMにしろ、グリーンランドやその周辺に配備しておけば、それは相手の喉元に配備することになる。あるいは、対ミサイル防空網を建設するなら、グリーンランドは適地になる。ハドソン研究所の公開レポートがこのことを詳しく説明している。

Closing the Arctic Gaps: NATO Allies and Partners Can Protect Their Homelands by Updating Their Defense Force Postures

このレポートのシミュレーションでは、北大西洋にロシアの潜水艦が進出して、欧州に軍事的圧力をかける。それに伴って武力衝突も起きる、としている。グリーンランドからアイスランド、イギリスへと抜けるGIUKギャップは、欧州にとって重要な防衛線になるわけである。

第二は経済安全保障面である。グリーンランドには様々な鉱物資源が眠っている。特に注目されているのがレアアースとウランである。レアアースの中でも、いわゆる重レアアースが存在していることが確認されている。

レアアースの中でも軽レアアースであれば、中国以外の供給源もそれなりにある。しかし重レアアースとなると、今ほとんどが中国に独占されている。そしてこの重レアアースなくして製造できないハイテク製品や防衛装備品も多くある。

酷寒のグリーンランドでの開発は容易ではないが、中国がレアアースを武器化する中で、このレアアース開発は米国としても何としても成し遂げたいものとなる。この点についてはCSISの公開レポートが解説している。

Greenland, Rare Earths, and Arctic Security

第三は政治および地政学面である。グリーンランドは歴史的経緯からデンマーク領になっているが、中国はそこに参入しようとしてきた。レアアースとウランを同時に産出する鉱山への投資案件、それから空港インフラへの投資案件である。

いずれも巨大な案件であったが、前者は主に環境問題の観点から反対運動が起きて、事業を事実上不可能にするウラン濃度規制が導入されて、実現しなかった。後者は、経済安全保障の観点からデンマーク政府が介入し、結局は実現されなかった。しかし、今後もデンマーク政府がこのように中国を拒否し続けるかは予断を許さない。

グリーンランドは人口の9割がイヌイットである。そして、デンマーク政府は、イヌイットが自らの意思で独立国になることを認めている。政治情勢によっては、デンマークから独立したグリーンランドが、親中的になるという展開もあり得るかもしれない。そこまで行かずとも、これまでデンマーク政府との合意の下で米国が許容されてきた、同地における幅広い軍事活動も、グリーンランド政府によって制限されるようになるかもしれない。これは米国としては受け入れがたい事態であろう。

そのようなことが起きず、今のままの政治体制が継続するとしても、アメリカが望むレアアースなどの資源開発については、必ずイヌイットと交渉しなければならない。レアアースはウランを伴って産出されるので、その生産や精錬においては放射能を管理しなくてはいけない。まさにこの点が嫌悪されて、過去のグリーンランドにおけるレアアース事業はイヌイットの反対運動に遭い、禁止されたという経緯がある。

いま米国は、経済安全保障の観点を重視するということで、国内の鉱物資源開発の規制を大幅に合理化している。特筆すべきはウラン資源開発についてのもので、ブレイクスルー研究所のテッド・ノードハウスが簡潔にまとめた記事がある。

President Trump’s Climate Moonshot

このような米国の目から見たときに、対中国において最も重要な戦略物資であるレアアース、特に重レアアースが大量に付存するグリーンランドの開発が、地元のイヌイットによって阻止されるという状況は、やはり好ましくないであろう。

歴史的に見れば、アメリカがグリーンランドを領有したいというのは、そう突飛なことでもない。かつて南北アメリカは、欧州の植民地帝国が分割していた。アメリカはそのうちの一つイギリスから独立し、戦争や金銭的な購入を通じて領土を拡大してきた。すなわち、フランスからルイジアナを購入した。メキシコと戦争してテキサスやカリフォルニアなどを手に入れた。ロシアからアラスカを購入した。スペインと戦争してフィリピンから追い出し、やがてそれを購入した。

グリーンランドは本国であるデンマークからかなり離れており、しかも本国よりはるかに広大である。見ようによっては、まさに帝国主義時代の残滓であって、そのグリーンランドが独立ないしはアメリカに編入されるというのは、歴史的に見ればそう変わったことではない。

経済の現状についていえば、ウオールストリートジャーナルが報じているように、グリーンランドは完全にデンマークのお荷物である。

グリーンランド経済、自立に程遠く 補助金とエビ漁が頼り

漁業以外にこれといった産業はなく、人口はわずか5.7万人しかなく、しかも広い領土にまばらに住んでいて、舗装道路延長も150キロしかないので、日常的に飛行機で行ったり来たりしている。そこにデンマーク型の高福祉社会を実現するためとして、デンマーク政府は年10億ドル強の補助金を拠出しており、これはグリーンランド政府歳入の約半分、同GDPの2割に相当する。

これによって、デンマークから独立せずつなぎ留められている側面のあるグリーンランドであるが、もしアメリカがこれを領有するならば、やはり同等の高福祉の維持を求められることになるであろう。これは決して安くはない。

ただそれでも、上述したグリーンランドの軍事的および経済経済安全保障上の価値と、それが抱えるしている政治的・地政学的リスクにい鑑みるならば、アメリカの国策としてグリーンランドを領有することは、やはり魅力的に見える。

誰がどのような形で領有するかはさておき、日本にとっても、グリーンランドのレアアース資源の開発に関与できれば、経済安全保障上、重要な価値があるかもしれない。グリーンランド問題の解決のためのピースの1つとして、日本も検討してみてもよいのではないだろうか。

データが語る気候変動問題のホントとウソ

This page as PDF
アバター画像
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

関連記事

  • かつて省エネ政策を取材したとき、経産省の担当官僚からこんなぼやきを聞いたことがある。「メディアの人は日本の政策の悪い話を伝えても、素晴らしい話を取材しない。この仕事についてから日本にある各国の大使館の経済担当者や、いろんな政府や国際機関から、毎月問い合わせの電話やメールが来るのに」。
  • 1月12日の産経新聞は、「米マクドナルドも『多様性目標』を廃止 トランプ次期政権発足で見直し加速の可能性」というヘッドラインで、米国の職場における女性やLGBT(性的少数者)への配慮、『ポリティカルコレクトネス(政治的公
  • 「生物多様性オフセット」COP15で注目 懸念も: 日本経済新聞 生物多様性オフセットは、別名「バイオクレジット」としても知られる。開発で失われる生物多様性を別の場所で再生・復元し、生態系への負の影響を相殺しようとする試
  • 北極の氷がなくなって寂しそうなシロクマ君のこの写真、ご覧になったことがあると思います。 でもこの写真、なんとフェイクなのです! しかも、ネイチャーと並ぶ有名科学雑誌サイエンスに載ったものです! 2010年のことでした。
  • 福島第一原発事故による放射線被害はなく、被災者は帰宅を始めている。史上最大級の地震に直撃された事故が大惨事にならなかったのは幸いだが、この結果を喜んでいない人々がいる。事故の直後に「何万人も死ぬ」とか「3000万人が避難しろ」などと騒いだマスコミだ。
  • 中国の台山原子力発電所の燃料棒一部損傷を中国政府が公表したことについて、懸念を示す報道が広がっている。 中国広東省の台山原子力発電所では、ヨーロッパ型の最新鋭の大型加圧型軽水炉(European Pressurized
  • ショルツ独首相(SPD)とハーベック経済・気候保護大臣(緑の党)が、経済界の人間をごっそり引き連れてカナダへ飛び、8月22日、水素プロジェクトについての協定を取り交わした。2025年より、カナダからドイツへ液化水素を輸出
  • ポイント 石炭火力発電は、日本の発電の3分の1を担っている重要な技術です。 石炭火力発電は、最も安価な発電方法の1つです。 石炭は、輸入先は多様化しており、その供給は安定しています。 日本の火力発電技術は世界一優れたもの

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑