イラン戦争を「再エネ加速の好機」と呼ぶUNFCCC、その論理の落とし穴

はじめに
ロイターによれば、去る4月30日、パリのIEA本部で開催されたCOP31準備会合において、UNFCCC(国連気候変動枠組条約)のスティール事務局長が注目すべき発言を行った。イラン戦争が世界の再生可能エネルギー移行を「急加速させている」と述べたというのである。
また、「世界の化石燃料依存を維持しようとしてきた人々が、図らずも再生可能エネルギーブームを加速させている」と指摘。「再生可能エネルギーはより安全、安価、クリーンなエネルギーで、狭い海峡や世界的な紛争に左右されることがない」と述べた。
ここで一つ、重要な前提を確認しておく必要がある。スティール氏が揶揄する「化石燃料への依存を維持しようとしてきた人々」とは、単に古い燃料にしがみつく守旧派ではない。
石炭・石油・天然ガスは、人類が産業革命以来の文明を築いてきた基盤であり、エネルギー源であると同時に、鉄鋼・セメント・化学肥料・医薬品・プラスチックをはじめとするあらゆる製品の製造原料でもある。
再生可能エネルギーが担えるのは、発電と一部の輸送燃料の代替に過ぎない。化学原料としての炭化水素を代替する技術は、現時点では存在しない。すなわち再エネはモノづくりの必要条件ではなく、化石燃料こそがその必要条件である。
この根本的な区別を無視したまま「再エネが化石燃料に取って代わる」と論じるならば、それは工学的事実に反する。
地政学的危機を気候政策推進の追い風として位置づけるスティール事務局長の発言は、政治的メッセージとしては理解できる。しかし、エネルギー安全保障・気候政策・地政学的危機管理という本来別個の問題を混同しており、冷静な検討が必要ではないだろうか。
エネルギー安全保障と脱炭素化は別問題である
戦争によって石油・ガスの供給が途絶した時、人々が真に必要とするのは「安定した・信頼できる・手頃な価格のエネルギー」であって、間欠性再エネへの急速な移行ではない。
太陽光発電は夜間に発電しない。風力発電は無風時に止まる。地政学的危機においてこれらは単なる工学的課題ではなく、病院・軍事インフラ・食料サプライチェーンに直結する生死に関わる脆弱性である。
真のエネルギー安全保障とは、燃料・技術・サプライチェーンの多様化に他ならない。「危機だからこそ特定の技術カテゴリーへの移行を加速せよ」というスティールの論法は、健全なエネルギー安全保障の考え方と真逆である。
さらに、「再エネは安価」という主張にも重大な留保が必要である。再エネのコスト評価によく用いられるLCOE(均等化発電原価)は、発電設備そのもののコストしか反映しない。しかし現実には、間欠性電源を系統に組み込むためのバックアップ電源・蓄電設備・送電網の整備・需給調整コストが別途必要となる。これらを含めたFCOE(完全均等化発電原価)で評価すると、再エネの「安価」という主張は根拠を失う。
この問題は途上国において特に深刻である。既存の送電グリッドが未整備な地域に再エネを導入しても、安定供給を実現するためには系統全体の構築コストが上乗せされる。その結果、FCOEベースでは先進国以上に割高な電力コストになりかねない。スティール事務局長が「再エネは安価」と途上国に向けて訴えるならば、LCOEとFCOEの区別を明示する責任があるはずだ。
中国の現実と日本の対策の限界
ここで直視すべき数字がある。中国の年間CO₂排出量は約117億トンで世界全体の約31%を占める。一方、日本の排出量は約10億トン、世界の約2.7%に過ぎない。仮に日本の排出量がゼロになったとしても、中国は1年足らずでその分を取り戻す計算になる。
中国は対外的に「2060年カーボンニュートラル・2030年ピークアウト」を掲げている。しかし2023〜2024年にかけて、中国は記録的なペースで石炭火力発電所の新規建設を承認し続けた。公約と実際のインフラ投資の乖離は些細な問題ではなく、地球規模の気候変動対策における最も重要な算術的事実である。
日本の政治家も官僚も、この現実を知らないはずはない。どれだけの税金を投じて国内削減を進めても、グローバルな排出量削減への実質的貢献は極めて限定的である。それでも「気候変動対策をやっています」という国際的・国内的アリバイのために政策が動いているとすれば、それは納税者への誠実な説明とは言えない。
COP31議長国トルコが示す現実
今回のパリ会合が示した現実は見逃せない。COP31は今年11月、トルコのアンタルヤで開催される。そのトルコでは、ロシア国営企業ロスアトムが建設を進めるアックユ原子力発電所(VVER-1200型×4基)が、エネルギー政策の中核プロジェクトとして位置づけられており、初号機は2026年の稼働開始が見込まれている。
注目すべきは、議長国トルコ自身の発言である。クルム環境相はロイターのインタビューで「トルコは再エネも化石燃料も使っている、なぜならニーズを満たし自給自足する必要があるから」と率直に語っている。すなわち、国際的には「再エネ加速」を訴えながらも、自国のエネルギー政策は再エネ・原子力・化石燃料を組み合わせた現実主義に基づいている。
これは批判されるべき矛盾ではなく、エネルギー安全保障と電力安定供給を踏まえた合理的な選択と見るべきだろう。「再エネか、原子力か」という単純な二項対立ではなく、複数の電源を組み合わせる多層的な戦略——それがアンタルヤで開催されるCOP31の開催国自身が体現している現実である。
健全なエネルギー政策とは何か
イラン戦争のエネルギーショックが示す教訓は、「再エネへの移行をより速く」ではない。そもそも再エネと化石燃料は、代替関係にあるのではなく、役割が根本的に異なる。再エネは発電の一手段であり、化石燃料は発電・輸送燃料・製造原料という文明の三つの柱を担う。この区別を踏まえてこそ、「特定の供給源への過度な依存がシステム全体の脆弱性を生む」という教訓が正確に理解できる。
現実的なエネルギー政策は、炭化水素が燃料としてだけでなく、化学肥料・医薬品・プラスチック・そして再エネ設備そのものの製造原料として不可欠であることを直視しなければならない。「脱炭素」ではなく「炭素共生」——これこそが、私たちが実際に生きているこの複雑な世界の現実に即したフレームワークであろう。
おわりに
スティール事務局長のパリでの発言は、COP31を前にした政治的メッセージとして理解できる部分もある。しかし地政学的危機の熱気の中で、気候的緊急性という言葉をまとって形成されるエネルギー政策は、他のいかなる「危機便乗主義」にも適用するのと同じ厳しい目で検証されなければならない。
イラン戦争は、エネルギーサプライチェーンがいかに脆弱かを世界に改めて示した。正しい対応は多様化による強靭性の構築であって、間欠性という宿命的な制約を抱え、文明の基盤を単独で支えることのできない再エネに、すべてを賭けることではない。
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