G7エヴィアンサミット:エネルギー安全保障の復権とアジアの時代

首相官邸HPより
23年間の大きな変化
6月17日、第52回G7エヴィアンサミットが閉幕した。
前回、エヴィアンでサミットが開催された2003年はロシアを含めたG8の時代であり、中国はまだ「世界の工場」として台頭途上であった。原油価格は上昇基調にあり、米国のシェールガス革命は未だ起きていなかったが、エネルギー危機という状況ではなく、気候変動問題は重要性を増しつつあったが、特定の温度目標に基づき、化石燃料フェーズアウト等、各国のエネルギー転換に容喙するようなものではなかった。
しかし23年後の現在は全く異なる。クリミア併合を経てG8はG7になり、中国は世界最大のエネルギー消費国、温室効果ガス排出国となった。世界のエネルギー消費に占めるG7のシェアは2003年当時の49%程度から2026年には28%に低下した。2022年のロシア・ウクライナ戦争は欧州のエネルギー秩序を揺るがした。
2021年以降、石炭火力、化石燃料フェーズアウト等、気候変動問題がG7の最優先課題であり続けたが、ホルムズ海峡封鎖はエネルギー安全保障を再び国際政治の中心に押し上げることとなった。
エネルギー安全保障の復権:1970年代以来の転換
今回のサミットの最大の特徴は、エネルギー安全保障が主要議題として全面的に復活したことである。もともと1975年の第1回ランブイエサミットは石油危機を契機に開催されたものであり、1970年代を通じてエネルギー安全保障はサミットの主要議題であり続けた。
しかし80年代半ば頃には国際石油需給は大きく緩和し、サミットにおけるエネルギーのウェイトは低下し、代わって重要度を増してきたのが環境問題、特に地球温暖化問題であった。特に1990年の冷戦終結で地球温暖化問題等のグローバル課題のプライオリティが更に上昇し、1992年の気候変動枠組み条約、1997年の京都議定書締結、2015年のパリ協定といった国際枠組み策定に呼応してG7は温暖化防止の国際世論の相場を作ってきた。
特にバイデン政権が誕生すると米欧の距離がかつてないほど縮まり、2021年の第47回コーンウォールサミット以降、2℃目標ではなく、1.5℃目標、全球カーボンニュートラルのタイミングも今世紀後半ではなく2050年がデファクトスタンダードとなり、石炭火力等、化石燃料のフェーズアウトを前面に打ち出し、新興国、途上国にも同調を求めるようになった。
2022年の第48回エルマウ・サミットはロシアによるウクライナ侵略とそれに伴うエネルギー供給中断の最中であったにもかかわらず、議論の中心は依然として温暖化防止、脱化石燃料、再エネ推進であった。
しかし今回のエヴィアンでは様相が異なる。ホルムズ海峡の安全な航行確保、エネルギー市場の安定、供給途絶への対応能力強化、産油国・消費国対話の重要性等が強く打ち出され、エネルギー安全保障が久々にG7サミットの中心課題に復帰したことを意味する。
パワー・アジアのハイライト
更に特徴的なのはG7のみならず、すべての国に対し緊急時対応体制の整備を奨励し、日本が東南アジアと進めているパワー・アジアの取り組みがエネルギー安全保障と資源安全保障を一体的に捉える新しい地域協力構想として認知されたことである。
これまでバイデン政権の米国や欧州は再エネ、省エネ中心のエネルギー転換論を世界に「押し付ける」きらいがあった。日本は成長著しいアジアに位置する唯一のG7国として、2022年以降、アジアゼロエミッションコミュニティ(AZEC)の下、石炭からガスへの転換、石炭とアンモニアの混焼、天然ガスと水素の混焼、CCUS、再エネ等を組み合わせた現実的なエネルギー転換の道筋を提唱してきた。
更にエネルギー需要の急増に緊急時対応体制が追いつかず、ホルムズ海峡封鎖の影響を強く受けることになったアジア諸国を支援するため、2026年4月には原油、石油製品の緊急調達支援、緊急時対応体制整備支援、重要鉱物の調達多角化などを内容とするアジア・エネルギー・資源供給力強靭化パートナーシップ、通称「POWERR Asia(パワー・アジア)」を打ち出した。
1970年代と異なり、世界のエネルギー需給安定に対するG7の影響力は大きく低下している。世界の成長エンジンであるアジア地域のエネルギー安全保障強化に対する日本の支援が認知されたことは大きな意義がある。
2003年のエヴィアンではG8諸国が世界のエネルギー需要の半分近くを占めていた。しかし2026年にはその比率は3割を下回る。世界の需要増加の大半は中国、インド、ASEANで発生している。エネルギー安全保障や脱炭素の将来を議論する上で、もはやG7だけでは十分ではない。
今回、インドや韓国との連携が重視され、POWERR Asia(パワー・アジア)が注目を集めた背景にはこうした構造変化がある。
中東依存脱却が中国依存になったのでは意味がない
中東危機を受けて、一部には「石油依存をやめるため再エネ導入を加速すべきだ」、「脱化石燃料を急ぐべきだ」との主張がある。しかし、この議論には重大な欠落がある。
現在の再エネ設備、蓄電池、EV、送電設備の供給網は中国への依存度が極めて高い。太陽光パネル、蓄電池、重要鉱物精製の多くを中国が支配している現状では、中東依存を減らすことがそのまま中国依存の拡大につながったのではエネルギー安全保障のリスクは消えない。
リチウム、ニッケル、コバルト、黒鉛、レアアースなどはエネルギー転換の基盤でありながら、その加工能力は中国に大きく集中している。重要鉱物問題はエネルギー安全保障、経済安全保障、産業競争力、安全保障政策が交差する戦略課題である。現実に中国は重要鉱物の輸出制限を露骨に政治的武器として活用している。
今回のサミットで重要鉱物の供給網が大きな議題になったのはこうした問題意識に基づくものである。議長国フランスは当初、中国を招聘することを考えていたが、日本や米国等の反対により、最終的に見送られた。中国を議論の場に呼ぶより、中国依存低減を議論する方向にG7は傾いたということだろう。
2025年の第51回カナナスキスサミットでは重要鉱物供給源の多角化、投資促進、同盟国協力、情報共有等が議論されたが、今回は産業協力、資金調達、サプライチェーンの強靭性に関する基準、共同調達、プライスフロア等の貿易関連措置、透明性とトレーサビリティ、備蓄能力の開発・増強、リサイクル促進等が議論され、そのためのG7重要鉱物強靭性・生産アライアンスの設立が打ち出された。
石油と異なり重要鉱物は種類ごとに市場構造が異なる。石油備蓄モデルをそのまま適用できるわけではない。しかし、中国への過度な依存が安全保障上の脆弱性であるという認識はG7で共有された。
日本は他国に先駆けて1980年代半ばからレアメタル備蓄に取り組んできた。今次サミットにおいてエネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)の専門的知見の活用が明記されたことは特筆に値する。
脱炭素は課題であり続ける
今次サミットでは2025年までのG7サミット共同声明の中心軸となっていた脱炭素、エネルギー転換への言及は皆無となった。言うまでもなく、パリ協定から離脱し、脱炭素に否定的なトランプ政権への配慮である。だからといって脱炭素という政策課題を放棄してよいということにはならない。
米国で政権が変われば逆の風が吹くだろう。ただしかつてのような理念的な脱炭素一辺倒に戻るとは考えにくい。こうした議論を主導してきた欧州自身がエネルギー価格高騰、産業競争力低下、中国製EV流入という現実に直面している。世界全体が「理想」と「現実」のギャップに直面している。
G7エヴィアンサミットから我々が汲み取るべきメッセージは脱炭素の放棄ではなく、エネルギー安全保障、経済安全保障、産業競争力を無視した脱炭素は持続しないという現実の確認である。
関連記事
-
「手取りを増やす」という分かりすいメッセージで躍進した国民民主党が自公与党と政策協議をしている。最大の焦点は「103万円の壁」と報道されている。 その一方で、エネルギーに関しては、国民民主党は原子力発電の推進、ガソリン税
-
トリチウムを大気や海に放出する場合の安全性については、処理水取り扱いに関する小委員会報告書で、仮にタンクに貯蔵中の全量相当のトリチウムを毎年放出し続けた場合でも、公衆の被ばくは日本人の自然界からの年間被ばくの千分の一以下
-
既にお知らせした「非政府エネルギー基本計画」の11項目の提言について、3回にわたって掲載する。今回は第3回目。 (前回:非政府エネ基本計画②:太陽光とEVは解答ではない) なお報告書の正式名称は「エネルギードミナンス:強
-
大変残念なことに、金融庁は2027年度から上場企業へCO2排出量などのサステナビリティ情報開示を義務化する方向で動いています。 サステナビリティ開示、保証基準策定へ議論 金融庁 金融庁は12日、一部上場企業に義務化される
-
筆者はスコープ3の実態について繰り返しアゴラ上で指摘してきました。 無駄を極める「スコープ3」の算出・開示はやめるべきだ | アゴラ 言論プラットフォーム スコープ3を算出する目的はサプライチェーンにおけるCO2削減のは
-
いろいろ話題を呼んでいるGX実行会議の事務局資料は、今までのエネ庁資料とは違って、政府の戦略が明確に書かれている。 新増設の鍵は「次世代革新炉」 その目玉は、岸田首相が「検討を指示」した原発の新増設である。「新増設」とい
-
EUと自然エネルギー EUは、パリ協定以降、太陽光や風力などの自然エネルギーを普及させようと脱炭素運動を展開している。石炭は悪者であるとして石炭火力の停止を叫び、天然ガスについてはCO2排出量が少ないという理由で、当面の
-
GEPRフェロー 諸葛宗男 はじめに 本稿は原子力発電の国有化があり得るのかどうかを考える。国有化のメリットについては前報(2018.5.14付GEPR)で述べた。デメリットは国鉄や電電公社の経験で広く国民に知られている
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間
- 秋田に2兆円AIデータセンター:「風力発電が決め手」は本当か
- COPの理想論に冷水:S&Pグローバルが描く2060年のエネルギー
- 廃棄物もCO2も捨てたら価値はゼロになるのか? 炭素というレンズで読む思想史
- データが示す石油輸入の中東依存度の実態
- AfD排除で進む「ドイツ民主主義の侵食」:ベーメ=ネスラー教授の警告
- スコープ3に代わる新たな炭素会計?「E-ledgers/E-liability」とは
- トランプが気候変動は「いかさま」だという理由
- 系統用蓄電池の問題点とはなにか?
- 全世界の町工場まで炭素簿記を義務化? E-ledgersという無理ゲー
- 正確だった国の“脱線”:ドイツ鉄道という国家の縮図
















