原発は、今の規制で安全になるのか【言論アリーナ・本記】
アゴラ研究所は、運営するインターネット番組「言論アリーナ」で、「原発は新しい安全基準で安全になるのか」を2月25日に放送した。原子力規制委員会が行っている諸政策には問題が多く、原発のリスクを高めかねないばかりか、法的な根拠のない対策で問題が多いと、参加者は指摘した。それを報告する。
(要旨はこちら)
出席者は東京大学教授(大学院新領域創成科学研究科)の岡本孝司氏、政策家の石川和男氏、アゴラ研究所所長の池田信夫氏だった。モデレーターは石川氏が務めた。岡本氏は、茨城県東海村からの出演だった。岡本氏は原子力の安全を研究しており、石川氏は元経産官僚だった。

左から石川氏、池田氏、岡本氏
議論のポイントは、「1・今の規制委員会は法的な根拠のない対策を行っている」「2・規制の中身は担当官の感覚で対策が恣意的に行われている問題の多いものである」「3・『原子力ムラバッシング』に規制委員会は加担するのではなく、事業者と専門家と適切なコミュニケーションを行い、その知恵を使うべき」というものだった。
規制委員会の責務は、「原子力発電プラントを安全に運行すること」である。しかし、今の規制委員会は「規制をすることが今の規制の目的に見える」(岡本教授)。つまりその目的が明確ではなく、効果も深く考えていないものが多いそうだ。
法的根拠のない「私案」で政策が動く
原子力規制委員会は12年秋に発足。昨年7月に原子力発電の新安全基準を施行した。今はこれに基づいて、すべての原発が止まり、委員会・そして実施機関の原子力規制庁によって、原子力発電所の適合審査が行われている。
しかし、この規制はさまざまな問題があるという。原子力発電の長期の停止は事業者に損害を与える。そのために安全規制の変更では、「動かしながら検査をする」というのが世界の原子力規制の常識で、日本の原子力関係の諸法律にもそのように規定されている。
しかし原子力規制委員会は、新基準が出たことを契機に「新しい基準に基づかない限り原発を動かせない」と、田中俊一委員長が決めた。これは「田中私案」とされるメモにまとめられている。これは委員会の正式決定を経たものでもなく、私文書にすぎない。
これは事後的に法適用を行うバックフィットという行為だ。法律に決められた以上のことを、私的なメモで決めている。「法律に行政機関が違反しているのに、メモでごまかそうとしている。これを認めたら、日本は法治国家ではない」(池田氏)。
規制の適用も恣意的だという。岡本氏や専門家が規制の作成のときに、専門家として意見を述べた。しかし、それはほとんど規制の新基準に反映されなかった。また事業者である電力会社はそもそも意見表明の機会がほとんどなかった。現在行われている規制の適合審査でも、審査官の裁量で決まることが多い。プラントに機器を原発に取り付けさせるハード面の規制が中心になっているが、それらが実際に安全上の効果があるのか検証されていないものもあるという。
また規制委員会は全国で活断層を調査している。日本原電敦賀2号機は活断層と認定されて、事実上廃炉に追い込まれそうだ。その判断も「専門委員の思い込みに左右されている」(岡本氏)という。
審査官の裁量ではなく、リスクの総合的な分析を
「リスクは対象全体で考えなければ意味がない。一つのリスク対策をすることで別のリスクを高めてしまう」と岡本氏は指摘した。例えば、2001年の全米同時多発テロの後で、アメリカ人は飛行機に載らず、車で移動した。車の事故は飛行機事故より確率上多くなる。全体で交通の死亡者は増えてしまった。リスクではこのような事象が常に観察される。
「規制委員会はプラント全体のリスクを分析し、減らす発想がない。もしかしたら、今の規制で、各プラントでは構造が複雑になったために全体のリスクが増えているかもしれない」(岡本氏)。
規制委員会は、確率的に事故を分析して規制を行う「科学的な規制」の方針を設立時点で打ち出した。ところが実際にそれは行われなかった。今行われているのは、審査官の裁量による規制だ。「これは福島事故前の日本の規制に見られた問題だった。規制行政は根本のところで何も変わっていない。原子力の世界は情報が世界各国でつながっている。日本の規制政策は他国の専門家に危惧されている」(岡本氏)という。
電力会社も、対応が分かれているという。規制委員会の嵐をすぎさるのを待ち、言う通りに規制を受け入れるところがある。一方で、本当に福島事故を反省し、原発を徹底的に安全にしようと考え、自発的な安全対策を重ねている会社もある。「前者の方が規制庁には好かれるが、後者の運営する原発の方が安全だ」(岡本氏)。
岡本氏によれば、安全なプラントとは「ソフト面で常に改善を試みる思想の元に運営されているところ」という。しかし、そうした事業者の自発性を、現在の規制委員会は認めず、自分の考えた規制だけを押し付けている。
事業者とのコミュニケーションで適切な規制を
出席者3人はそれぞれの関係者から「事業者の話を聞かず、コミュニケーションがない」「独善的」という、規制委員会の評価を聞いている。「福島事故の後の、原子力ムラバッシングが裏目に出ている。独立機関ゆえに独善的になり、情報が遮断されている。これは問題だ」と池田氏は指摘した。
石川氏は行政官の経験から振り返った。「役所の机の上からは、適切な規制は生まれない。事業者が一番情報を持っている。そして事業者が規制当局を育てる面もある。今はそれが行われていない」と危惧した。
米仏の規制当局では、職員の訓練、そして現場での実務経験を重視しているという。日本の規制庁の中には、現場をよく知った人もいるそうだ。そうした実務を知った人が行政の中心になる必要があるという。「今は規制の過渡期で混乱がある。だからこそ規制委員会は慎重に行動し、適切な規制をしてほしい。リスクを高めかねない規制に意味があるのか」と岡本氏は語った。
日本の経常赤字は今年1月に1兆5890億円と過去最高になった。これは原発の長期停止による化石燃料の輸入増が影響している。原発の稼動は遅々として進まないまま、負担だけが増大している。そして稼動を遅らせている規制が、適正なものではなく、安全性を高めていない可能性もある。こうしたおかしな状況を直視して、原子力とエネルギーの未来を考えるべきだ。
(経済ジャーナリスト・石井孝明)
(2014年3月17日)

関連記事
-
1ミリシーベルトの壁に最も苦悩しているのは、いま福島の浜通りの故郷から避難している人々だ。帰りたくても帰れない。もちろん、川内村や広野町のように帰還が実現した地域の皆さんもいる。
-
石炭火力発電の建設計画が次々に浮上している。電力自由化をにらみ、経済性にすぐれるこの発電に注目が集まる。一方で、大気汚染や温室効果ガスの排出という問題があり、環境省は抑制を目指す。政府の政策が整合的ではない。このままでは「建設バブルの発生と破裂」という、よくあるトラブルが発生しかねない。政策の明確化と事業者側の慎重な行動が必要になっている。
-
今度の改造で最大のサプライズは河野太郎外相だろう。世の中では「河野談話」が騒がれているが、あれは外交的には終わった話。きのうの記者会見では、河野氏は「日韓合意に尽きる」と明言している。それより問題は、日米原子力協定だ。彼
-
今月の14日から15日にかけて、青森県六ヶ所村の再処理施設などを見学し、関係者の話を聞いた。大筋は今までと同じで、GEPRで元NUMO(原子力発電環境整備機構)の河田東海夫氏も書いているように「高速増殖炉の実用化する見通しはない」「再処理のコストは直接処分より約1円/kWh高い」「そのメリットは廃棄物の体積を小さくする」ということだ。
-
今SMR(Small Modular Reactor: SMR)が熱い。 しかし、SMRの概念図を見て最初に思ったのは、「これって〝共通要因〟に致命的に弱いのではないか」ということだ。 SMRは小型の原子炉を多数(10基
-
「トイレなきマンション」。日本の原子力政策では今、使用済み核燃料の後始末の問題が批判と関心を集める。いわゆる「バックエンド問題」だ。
-
長期停止により批判に直面してきた日本原子力研究開発機構(JAEA)の高速増殖炉の原型炉「もんじゅ」が、事業の存続か断念かの瀬戸際に立っている。原子力規制委員会は11月13日、JAEAが、「実施主体として不適当」として、今後半年をめどに、所管官庁である文部科学省が代わりの運営主体を決めるよう勧告した。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間