放射線を多用する医療と放射線利用が極度に少ない食品の不思議
はじめに
日本の放射線利用では不思議なことが起きている。胸部エックス線検査を受けたことが無い人はいないだろうし、CT(Computed Tomography)やPET(陽電子放射断層撮影)も広く知られ実際に利用した人も多い。それほど日本では医療分野での放射線が多用されている。しかし、外国では食品の滅菌、殺菌等に放射線が多用されているのに日本ではほとんど使われていない。なぜこんなアンバランスなことになっているのかの理由は良く知らないが、事実はそうなのである。本稿はその事実関係を紹介する。
医療診断では放射線が多用されている
医療診断で放射線を使うことで良く知られているのは胸部エックス線検査だろう。その胸部エックス線での放射線被ばくは年間1.47ミリシーベルトである。最近病院でお馴染みになったCT(エックス線CT検査)はもっと多くて年間2.3ミリシーベルトである。これらを含む医療診断の放射線被ばく量は年間3.87ミリシーベルトである。自然放射線が日本では年間2.1ミリシーベルトだから、その1.8倍にあたる。医療診断の被ばく量の世界平均値、年間0.6ミリシーベルトの6.5倍だ。これらは国連科学委員会(UNSCEAR)が2008年に各国比較したグラフ(図1)によるものである。(出典:厚生労働省「医療被ばくの適正管理のあり方について」2018.1.19)。この3.87ミリシーベルトは環境省と福島県が合同で経営している福島駅前の「環境情報プラザ」でパネルに表示しているのでご覧になった方も多いと思う。
食品分野では放射線利用に消極的である
一方、食品への放射線照射に目を向けて見ると、日本ではなぜか食品にはほとんど放射線 を照射していない。日本ではジャガイモの芽止めにしか放射線照射が認められていないからである。内閣府が2012年に発表した資料(図2)に拠れば、世界の主要12ヵ国の食品への放射線照射品目を比較すると、英国、ブラジルの13品目が最多で、日本以外の最少国は韓国、オランダの5品目である。日本の1品目は突出して少ないのである。この12ヵ国の平均は約8品目だから日本は平均の約8分の1しかないのである。日本が食品の放射線照射にいかに消極的なのかはこのこと一つで一目瞭然である。
各国でどのような食品への放射線照射が認められているのかは図2の各国の縦軸の中の略称と図の下部に示した対比表を照合すれば判るようになっている。許可している国が多いベスト5は次の通りである。
①スパイス、②じゃがいも、②玉ねぎ、④鶏肉、④にんにく。

放射線利用がなぜこんなにちぐはぐになったのだろうか?
放射線照射の健康影響は直接人体に照射する場合の方が、食品に照射した物を食べる場合より大きいことは自明である。もし、健康影響を懸念するのなら、食品への照射より医療被ばくを減らそうとしていたはずであるが事実は逆である。
これは被ばくの健康影響を懸念したためとは思われない。また、食品への放射線照射が増えないのは福一事故より何十年も前からのことだから、風評被害の懸念からとも考え難い。単に産業構造への影響を懸念してのことなのかもしれない。放射線利用拡大が既存産業へ及ぼす影響である。もしそうだとすれば、国が支援を強化してその懸念を払拭すべきであろう。
経済効果はどれほど見込めるか
これまで専門家の調査が全くないので皆目見当がつかない。現在の農業分野(じゃがいもの芽止めの経済規模は年間13億円程度と見込まれる(出典:原子力ATOMICA「放射線利用の経済的規模」の表1)。放射線照射利用の先進国の米国の年間約8000億円は別格として、中国、ブラジル、南アと肩を並べるほど増やせたとすれば年間約2000億円となる。現在はゼロに近いから期待される増分は超概算であるが約2000億円と推定される。
関連記事
-
2012年の固定価格買取制度(FIT)導入以来、太陽光発電の増加が続いており、2019年に初めて九州電力エリアで太陽光発電の発電出力制御(以下「再エネ出力抑制」)が行われ、その後他のエリアにも波及して、2025年には東京
-
6月29日のエネルギー支配(American Energy Dominance)演説 6月29日、トランプ大統領はエネルギー省における「米国のエネルギーを束縛から解き放つ(Unleashing American Ener
-
15年2月に、総合資源エネルギー調査会の放射性廃棄物ワーキンググループで、高レベル放射性廃棄物の最終処分法に基づく基本方針の改定案が大筋合意された
-
現在世界で注目を集めているシェールガス革命。この動きをいち早く分析したエネルギーアナリストとして知られる和光大学の岩間剛一教授に寄稿をいただきました。分かりやすく、その影響と問題点も示しています。
-
IPCCの報告がこの8月に出た。これは第1部会報告と呼ばれるもので、地球温暖化の科学的知見についてまとめたものだ。何度かに分けて、気になった論点をまとめてゆこう。 IPCC報告を見ると、不吉な予測が多くある。 その予測は
-
アゴラ研究所の運営するエネルギーのバーチャルシンクタンク「GEPR」(グローバルエナジー・ポリシーリサーチ)はサイトを更新しました。
-
6月25日記事。バイデン副大統領が、米国でのインタビューで、習近平中国国家主席に、このような警告をしたと発言した。もちろん本音は中国への牽制だろうが、米国の警戒感もうかがえる。
-
このごろ世の中は「脱炭素」や「カーボンニュートラル」でにぎわい、再生可能エネルギーとか水素とかアンモニアとか、いろんな話が毎日のようにマスコミに出ています。それを後押ししているのがESG投資ですが、その意味がわからない人
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間
- 秋田に2兆円AIデータセンター:「風力発電が決め手」は本当か
- AfD排除で進む「ドイツ民主主義の侵食」:ベーメ=ネスラー教授の警告
- COPの理想論に冷水:S&Pグローバルが描く2060年のエネルギー
- データが示す石油輸入の中東依存度の実態
- 廃棄物もCO2も捨てたら価値はゼロになるのか? 炭素というレンズで読む思想史
- トランプが気候変動は「いかさま」だという理由
- スコープ3に代わる新たな炭素会計?「E-ledgers/E-liability」とは
- 正確だった国の“脱線”:ドイツ鉄道という国家の縮図
- 系統用蓄電池の問題点とはなにか?
- 全世界の町工場まで炭素簿記を義務化? E-ledgersという無理ゲー














