小泉進次郎環境大臣の異議申し立ては環境団体に対する受け狙いにすぎない
小泉環境大臣がベトナムで建設予定の石炭火力発電所ブンアン2について日本が融資を検討していることにつき、「日本がお金を出しているのに、プラントを作るのは中国や米国の企業であるのはおかしい」と異論を提起している。
この報道を見て「ああ、始まったな」と思った。

(COP25政府代表スピーチ、小泉進次郎氏ブログから:編集部)
小泉大臣はCOP25の大臣ステートメントで
「国際社会から、石炭政策を含め厳しい批判があることも承知している。グテーレス国連事務総長は先週、石炭中毒をやめるよう呼びかけた。これは、日本に向けたメッセージと私は受け止めている。COP25 までに、石炭政策については、新たな展開を生むには至らなかった。しかし、これだけは言いたい。私自身を含め、今以上の行動が必要と考える者が日本で増え続けている」
と述べた。
大臣ステートメント
http://www.env.go.jp/earth/statement%201912110830.pdf
筆者は大臣ステートメントを聴いていて違和感を覚えた。
アジアの途上国において石炭消費が今後も増大する中で日本の高効率石炭火力技術は大きな役割を果たし得る。
このため、第5次エネルギー基本計画においては「エネルギー安全保障及び経済性の観点から石炭をエネルギー源として選択せざるを得ないような国に限り、相手国から、我が国の高効率石炭火力発電への要請があった場合には、OECDルールも踏まえつつ、相手国のエネルギー政策や気候変動対策と整合的な形で、原則、世界最新鋭である超々臨界圧(USC)以上の発電設備について導入を支援する」と明記されている。
内閣の一員である環境大臣が閣議決定されたエネルギー基本計画の方針について「新たな展開を生むに到らなかった」と発言するのはいかがなものなのか。
小泉大臣の発言からは「政府部内の反対でうまくいかなかったが、自分はできるだけ頑張った。今後も頑張る」というニュアンスがありありと読み取れる。他方、小泉大臣のスピーチの中には昨年6月に発表された「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」の最大の柱であるイノベーションへの言及が一切なかった。
石炭について言い訳がましいことを言うくらいであれば、イノベーション戦略や10月に日本で開催したRD20について発信すべきだと思った。ステートメントの中では自治体の2050年ネットゼロエミッション宣言をハイライトしていた。欧州のように国全体として「2050年ネットゼロエミッション」と言いたくてたまらないのだが、閣議決定された長期戦略を踏み越えてしまうので自治体の目標をハイライトしたということだろう。
どうも小泉大臣はCOP25に集る環境原理主義者から「受ける」ことを重視しているように思えてならない。COP25で化石賞を受けたことも、小泉大臣は帰国後、「それ見たことか、自分の言ったとおりだ」という材料に使うであろう。
そういう背景の中の今回の異論提起である。早速環境団体は小泉大臣の異議申し立てを歓迎する声明をだした。小泉大臣としては環境団体との関係で「点数を稼いだ」形であろう。
【共同声明】小泉環境大臣によるベトナム石炭火力案件に関する問題提起を歓迎- 日本政府は早急に海外への石炭火力発電支援を停止すべき(No Coal Japan)
しかし、小泉大臣はこれでベトナムの石炭火力開発にブレーキがかかるとでも思っているのだろうか?
仮に彼の異議申し立てによって日本がこのプロジェクトから手を引いたとしても、電力需要が急増し、国内に潤沢な石炭資源をかかえるベトナムがプロジェクト自体を放棄することは100%有り得ない。
日本の金融機関、企業が手を引いた後にその穴を埋めるのは間違いなく中国企業である。小泉大臣の異議申し立てを陰でほくそえんで見ているのは中国政府であろう。
日本のプロジェクトであれば、石炭火力の発電効率が設計性能から低下しないよう発電所の運営管理についてもノウハウを移転することになるだろう。事実、日本の発電所運転管理ノウハウはこれまでもインドや東南アジア諸国から高く評価されてきた。
これが中国丸抱えのプロジェクトになれば、そのような手厚い支援は行われない。売り渡して終わりになるだろう。そして中国製の石炭火力は高効率火力であっても数年で発電効率が大きく低下するといわれている。日本が関与しているよりも排出が増大する可能性が高い。
こう考えると小泉大臣の異議申し立ては結局のところ、環境団体に対する受け狙いにすぎず、日本のビジネス機会と言う点でも温室効果ガス削減という点でも有害でしかない。そもそも世界最大の石炭消費国であり低効率の石炭火力も売りまくっている中国に化石賞を出さないような環境団体から褒めてもらってなんの意味があるのか。
より巨視的に見れば、最近の環境原理主義の台頭や石炭叩きの風潮は、結局、中国を肥え太らせるのみではないかと思えてならない。
中国からしてみれば、OECD諸国がネットゼロエミッションを目指して炭素制約を強化すれば自分たちの太陽光パネルや電気自動車の商機が拡大する。
他方、OECD/DACが化石燃料へのODA供与を取りやめ、EIBが化石燃料関連融資を差し止める等、OECD諸国の企業や金融機関が石炭火力を含む化石燃料プロジェクトから手を引けば、途上国に対する石炭火力の輸出機会を独占できる。
中国やロシアといった国々にとって環境団体等の批判は「蛙の面に小便」である。
小泉大臣は将来の総理候補と言われている。であれば温暖化問題は各国の経済的利害と密接に結びついており、綺麗事だけで語れるものではないという現実を是非考えていただきたいと思う。

関連記事
-
透明性が高くなったのは原子力規制委員会だけ 昨年(2016年)1月実施した国際原子力機関(IAEA)による総合規制評価サービス(IRRS)で、海外の専門家から褒められたのは組織の透明性と規制基準の迅速な整備の2つだけだ。
-
著名なエネルギーアナリストで、電力システム改革専門委員会の委員である伊藤敏憲氏の論考です。電力自由化をめぐる議論が広がっています。その中で、ほとんど語られていないのが、電力会社に対する金融のかかわりです。これまで国の保証の下で金融の支援がうながされ、原子力、電力の設備建設が行われてきました。ところが、その優遇措置の行方が電力自由化の議論で、曖昧になっています。
-
世の中で専門家と思われている人でも、専門以外のことは驚くほど無知だ。特に原子力工学のような高度に専門分化した分野だと、ちょっと自分の分野からずれると「専門バカ」になってしまう。原子力規制委員会も、そういう罠にはまっている
-
ゼレンスキー大統領の議会演説は、英米では予想された範囲だったが、ドイツ議会の演説には驚いた。 彼はドイツがパイプライン「ノルドストリーム」を通じてロシアのプーチン大統領に戦争の資金を提供していると、かねてから警告していた
-
そもそも原子力水素とは何か 原子力水素とは、原子力をエネルギー源として製造される水素のことをいう。2050カーボンニュートラル実現のためには運輸、産業、果ては発電においても水素を利用することがキーポイントなるといわれてい
-
東日本大震災からはや1年が経過した。昨年の今頃は首都圏では計画停電が実施され、スーパーの陳列棚からはミネラルウォーターが姿を消していた。その頃のことを思い返すと、現在は、少なくとも首都圏においては随分と落ち着きを取り戻した感がある。とはいえ、まだまだ震災後遺症は続いているようだ。
-
昨年夏からこの春にかけて、IPCCの第6次報告が出そろった(第1部会:気候の科学、第2部会:環境影響、第3部会:排出削減)。 何度かに分けて、気になった論点をまとめていこう。 気候モデルが過去を再現できないという話は何度
-
7月21日(日本時間)、Amazonの創始者ジェフ・ベゾスと3人の同乗者が民間初の宇宙飛行を成功させたとして、世界中をニュースが駆け巡った。ベゾス氏の新たな野望への第一歩は実に華々しく報じられ、あたかもめでたい未来への一
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間