「カーボンゼロ」って何?
日本経済新聞の元旦の1面トップは「脱炭素の主役、世界競う 日米欧中動く8500兆円」でした。「カーボンゼロには21~50年に4地域だけでエネルギー、運輸、産業、建物に計8500兆円もの投資がいる」という、お正月らしく景気のいい話ですが、この記事はちょっと変です。
Q. カーボンゼロって何ですか?
二酸化炭素(CO2)は大気中に0.04%あり、人間が呼吸で排出するので、ゼロにはできません。だから「カーボンゼロ」という表現は不正確で、政府の出している目標はカーボンニュートラル、つまり排出する炭素と吸収される炭素を同じにして大気中のCO2濃度を増やさない「炭素中立」です。
Q. CO2を吸収させることはできるんですか?
自然な炭素循環でも人間の排出したCO2の半分以上は森林や海に吸収されるので、植林は役に立ちますが、それでは足りません。人間の排出するCO2を地中に埋めるCCS(CO2貯留)という技術もありますが、コストが非常に高く実用化できません。
Q. CO2って有害物質なんですか?
CO2は植物の光合成に必要なもので有害物質ではないので、それ自体は政策目標にはなりません。カーボンゼロが「第4の革命」だという日経のキャンペーンは意味不明です。大気中にCO2が増えると光合成がさかんになって植物が増えますが、あまりCO2が多くなると温室効果で気温が上がるといわれています。
Q. 温室効果って何ですか?
大気中のCO2が増えると、温室のようになって暖かい空気を逃がさないので、気温が上がります。自然界の炭素循環では気温が一定でしたが、人間の排出したCO2の分だけ温度が上がったと考えられています。それを減らして地球の気温上昇を防ぐことが、温室効果ガス排出削減の目的です(メタンにも温室効果がありますが、ここでは温室効果ガスをCO2で代表します)。
Q. カーボンゼロにしたら、地球温暖化は止まるんですか?
止まりません。CO2排出をゼロにしても、大気中にはこれまで人間が排出したCO2が100年ぐらい残留するので、気温は上がり続けます。2015年に各国のCO2削減枠を決めたパリ協定の効果の予測では、次の図のようにパリ協定の約束をすべての参加国が完全実施したら、自然体(Business as Usual)に比べて中央値で1℃ぐらい下がりますが、それでもパリ協定の目標(産業革命前から)2℃上昇は実現できません。
「カーボンゼロ」の投資収益率はマイナス94%
Q. 8500兆円投資して、どんな効果があるんですか?
投資プロジェクトの効果を決めるのは、コストではなく収益ですが、日経の記事には収益が書いてありません。地球の平均気温が下がっても、企業の利益は増えません。国連はカーボンニュートラルで1.5℃上昇に抑えられるといっていますが、先進国では1℃程度の気温上昇(約30cmの海面上昇)はインフラ整備で対応できます。これは防災事業ですから、公共投資としては意味がありますが、民間企業が投資する意味はないのです。
Q. カーボンゼロの投資収益率はどれぐらいでしょうか?
2018年のノードハウスのノーベル賞講演では、次の図のように100年後に1.5℃(T≦1.5℃)上昇で抑えるコストは全世界で約50兆ドル、その収益(防げる損害)は約3兆ドルと推定しています。3兆ドル÷50兆ドル=6%ですから、カーボンゼロの収益率はマイナス94%なのです。ノードハウスは投資収益(将来の損害の現在価値)と現在の防止コストが等しくなる最適の水準は、2100年に3℃上昇ぐらいに抑えることだといっています。
Q. 世の中ではESG投資(環境を意識した投資)がはやってますが?
政府のグリーン成長戦略にも「グローバル市場や世界のESG投資(3,000兆円)を意識し」と書かれていますが、ここにも投資額しか出てこない。どう計算しても、投資収益率が大幅なマイナスだからです。ESG投資はバブルなのです。
Q. では世界の投資家が8500兆円も投資するのはなぜですか?
株価をはやすにはもってこいだからです。カーボンゼロには膨大なインフラ投資が必要で、効果が出たかどうかは30年後までわかりません。日経が1980年代に「内需関連株」と称してあおった不動産投資のコストは莫大でしたが、何も生み出さず、それが崩壊して日本経済はめちゃくちゃになりました。
Q. ESG投資はもうかるんですか?
再生可能エネルギーなどの「脱炭素」技術を売るメーカーはもうかりますが、コストの高い技術を使う企業は損します。日経は「カーボンゼロでエネルギーを節約してコストが下がる」と書いていますが、コストの下がる投資は企業がすでにやっているので、これから増えるのは政府の補助金がないと赤字になる投資です。その補助金は結局、数百兆円の国民負担になります。
Q. カーボンゼロで株価は上がるんでしょうか?
これも日経がはやした不動産バブルと同じで、非生産的な投資でもバブルが続いている限り、みんなハッピーです。ESG投資をすると「地球にやさしい会社」というイメージで、株価が上がるかもしれません。でも収益はイメージではなく実体経済で決まるので、いずれ株価は収益還元価格まで下がります。不動産の収益は家賃ですが、カーボンゼロの収益は何もないので、収益還元価格はゼロに近い。
Q. 政府はなぜ「グリーン成長戦略」を決めたんでしょうか?
菅首相が去年10月に所信表明で「カーボンゼロ」を打ち出したのは、水野弘道さん(経産省参与)が「日本はESG投資に取り残される」とレクチャーしたためといわれています。水野さんはカーボンゼロでもうかる電気自動車メーカー、テスラの社外取締役なので、これは政策提言というより利益誘導です。
Q. カーボンゼロでいいことがあるんでしょうか?
政府が「脱炭素」と称して財政支出を拡大する理由にはなります。不景気で失業が出ているときは、無駄な投資でも雇用を増やす役に立つのです。でも今年度はコロナで一般会計予算が昨年度の2倍ぐらいにふくらんでいるので、タイミングが悪い。政府も本気でやる気はないので、日経に書かせて民間に投資させるんでしょうが、企業のみなさんは気をつけたほうがいいと思います。収益をみないで「空気」に流されて投資すると、30年前のように悲惨な結果になるでしょう。
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