IPCC報告の論点⑬:モデルはアフリカの旱魃を再現できない
IPCCの報告がこの8月に出た。これは第1部会報告と呼ばれるもので、地球温暖化の科学的知見についてまとめたものだ。何度かに分けて、気になった論点をまとめてゆこう。

cinoby/iStock
アフリカのサヘル地域では1980年代に旱魃が起きて大きな被害が出た。では、地球温暖化の影響予測に使われる気候モデルは、これを再現できているだろうか。
ここで言うサヘル地域とは、下図(IPCC報告のFigure 10.11)の(b)で四角い枠に囲まれた地域である。1950年代に比べると雨量が20%から30%も減ったという。
雨量の推移は(a)にあるように、1950年代には多く、1980年代は少なかった。縦軸はmm/dayだから1日あたりミリメートル。1955年から1984年の平均のゼロとしてそこからの差分を示してある。1980年代は最大で -1 mm/day程度まで下がっているから、年間300ミリぐらいのマイナスになっていた訳だ。
それでは気候モデルはこれを再現できただろうか。下記(d)に、今回のIPCC報告がフル活用している第6世代気候モデルの計算結果が示してある。赤とピンクがその結果で、1950年以降の減少傾向と、1980年以降の増加傾向は、大雑把には捉えることが出来ている。これがCO2等の温室効果(青)とエアロゾルの効果(灰色)の和で起きた、とされている。
ところが、(a)と(d)を見比べると、縦軸のスケールが全然違う。(a)は最大で1.0であるところ、(d)は0.3になっている。つまりモデルは観測値よりもかなり小さな雨量の変動しか示していない。
そこでモデルと観測値を比較したのが(e)である。左側が1984年までの雨量減少期間、右側が1985年以降の雨量増大期間。一番上の××とあるのが観測値で(黄色ハイライトは著者による)、それ以外は全てモデル計算結果である。横軸は雨量の変化傾向を10年当たり何%かで示している。
左側の減少期を見ると、観測値は10年あたり15%もの急激な雨量減少を示しているのに対して、モデル計算はほぼゼロ%の周りに分布していて、観測値とは大きく外れている。右側の増大期には、観測値は10年当たり10%程度の急激な増大を示しているのに、モデル計算の大半はもっと緩やかな増大にしかなっていない。
ということは、旱魃をもたらした主な要因はCO2等ではなく、何かモデルで捉え切れていない自然変動の効果が大きかったのかもしれない。このことはIPCC報告でもあれこれ議論されている。
「地球温暖化によって旱魃が酷くなる」という予測がよく報道される。けれどもその予測を信じる前に、そこで使われているモデルは、そもそも過去をどの程度再現できているのか、注意深い検証が必要だ。
■
1つの報告書が出たということは、議論の終わりではなく、始まりに過ぎない。次回以降も、あれこれ論点を取り上げてゆこう。
次回:「IPCC報告の論点⑭」に続く
【関連記事】
・IPCC報告の論点①:不吉な被害予測はゴミ箱行きに
・IPCC報告の論点②:太陽活動の変化は無視できない
・IPCC報告の論点③:熱すぎるモデル予測はゴミ箱行きに
・IPCC報告の論点④:海はモデル計算以上にCO2を吸収する
・IPCC報告の論点⑤:山火事で昔は寒かったのではないか
・IPCC報告の論点⑥:温暖化で大雨は激甚化していない
・IPCC報告の論点⑦:大雨は過去の再現も出来ていない
・IPCC報告の論点⑧:大雨の増減は場所によりけり
・IPCC報告の論点⑨:公害対策で日射が増えて雨も増えた
・IPCC報告の論点⑩:猛暑増大以上に酷寒減少という朗報
・IPCC報告の論点⑪:モデルは北極も南極も熱すぎる
・IPCC報告の論点⑫:モデルは大気の気温が熱すぎる
・IPCC報告の論点⑬:モデルはアフリカの旱魃を再現できない
・IPCC報告の論点⑭:モデルはエルニーニョが長すぎる
・IPCC報告の論点⑮:100年規模の気候変動を再現できない
・IPCC報告の論点⑯:京都の桜が早く咲く理由は何か
・IPCC報告の論点⑰:脱炭素で海面上昇はあまり減らない
・IPCC報告の論点⑱:気温は本当に上がるのだろうか
・IPCC報告の論点⑲:僅かに気温が上がって問題があるか?
・IPCC報告の論点⑳:人類は滅びず温暖化で寿命が伸びた
・IPCC報告の論点㉑:書きぶりは怖ろしげだが実態は違う
・IPCC報告の論点㉒:ハリケーンが温暖化で激甚化はウソ
・IPCC報告の論点㉓: ホッケースティックはやはり嘘だ
・IPCC報告の論点㉔:地域の気候は大きく変化してきた
・IPCC報告の論点㉕:日本の気候は大きく変化してきた
■

関連記事
-
福島第一原子力発電所の重大事故を契機に、原発の安全性への信頼は大きくゆらぎ、国内はおろか全世界に原発への不安が拡大しました。津波によって電源が失われ、原子炉の制御ができなくなったこと、そしてこれを国や事業者が前もって適切に対策をとっていなかったこと、そのため今後も同様の事故が発生するのではないかとの不安が広がったことが大きな原因です。
-
今年は第7次エネルギー基本計画(エネ基)の年である。朗報は河野太郎氏の突撃隊である再エネタスクフォースと自然エネルギー財団が、エネ基の議論から排除されることだ。それを意識して朝日新聞は、再エネ擁護のキャンペーンを張り始め
-
以前、海氷について書いたが、今回は陸上の氷河について。 6000年前ごろは、現代よりもずっと氷河が後退して小さくなっていた(論文、紹介記事)。 氷河は山を侵食し堆積物を残すのでそれを調査した研究を紹介する。対象地点は下図
-
京都大学レジリエンス実践ユニット特任教授・名誉教授 鎌田 浩毅 富士山は日本を代表する「活火山」である。たとえば、『万葉集』をはじめとする過去の古文書にも、富士山の噴火は何度となく記されてきた。地層に残された噴火記録を調
-
リウマチの疫学を学ぼう、と公衆衛生大学院への留学を目指していた私の元に、インペリアルカレッジ・ロンドンから合格通知が届いたのは2011年2月28日。その時は、まさかそのわずか11日後に起こる事件のために自分の進路が大きく変わるとは、想像もしていませんでした。
-
2/27から3/1にかけて東京ビッグサイトにおいて太陽光発電の展示会であるPV expoが開催された。 ここ2年のPVexpoはFIT価格の下落や、太陽光発電市場の縮小を受けてやや停滞気味だったが、今年は一転「ポストFI
-
以前紹介したスティーブン・クーニン著の「Unsettled」の待望の邦訳が出た。筆者が解説を書いたので、その一部を抜粋して紹介しよう。 スティーブン・クーニンは輝かしい経歴の持ち主で、間違いなく米国を代表する科学者の1人
-
20世紀末の地球大気中の温度上昇が、文明活動の排出する膨大な量のCO2などの温室効果ガス(以下CO2 と略記する)の大気中濃度の増加に起因すると主張するIPCC(気候変動に関する政府間パネル、国連の下部機構)による科学の仮説、いわゆる「地球温暖化のCO2原因説」に基づいて、世界各国のCO2排出削減量を割当てた京都議定書の約束期間が終わって、いま、温暖化対策の新しい枠組みを決めるポスト京都議定書のための国際間交渉が難航している。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間