2026年以降は「カーボンニュートラル」と言えなくなる
前回、改正省エネ法やカーボンクレジット市場開設、東京都のとんでもない条例改正案などによって企業が炭素クレジットによるカーボンオフセットを強制される地盤ができつつあり、2023年がグリーンウォッシュ元年になるかもしれないことを述べました。
(前回:2023年はグリーンウォッシュ元年か)
すると記事を読んだ知人から、欧州でこんな動きがあるらしいよとこちらの日経ESG記事を紹介されました。恥ずかしながら筆者は本記事を知りませんでした。以下、引用します。
「9月19日、欧州連合(EU)は不当商行為指令(UCPD)と消費者権利指令(CRD)を改正し、26年までに『カーボンニュートラル』との主張を禁止することに合意した」と、複数の海外メディアが報じました。英フィナンシャル・タイムズは20日付の記事で「排出量相殺に基づく主張も違法とする」、25日付の記事では「企業がオフセットを必要とせずに達成できることを証明できない限り、26年までに『クライメート・ニュートラル』の主張を禁止する計画だ」としています。
そこで、EUの原文を探してみました。引用します。
消費者は環境に配慮した正しい選択をするために必要な情報を得ることができ、また、グリーンウォッシュやソーシャルウォッシュ、その他の不公正な商慣行からよりよく保護されることになる。
温室効果ガス排出オフセットに基づく不公正な主張を禁止商慣行リストに含める。つまり、取引業者は、検証されていないオフセットプログラムに基づいて、製品の環境影響が中立、低減、改善されていると主張することができなくなる。
たしかに、カーボンオフセットはグリーンウォッシュ、2026年以降はEU域内においてオフセットによるカーボンニュートラルという主張はできなくなる、という動きのようです。
ここでも「検証されていないオフセットプログラム」と条件が付いているので、国連と同じように「悪いクレジットではなくよいクレジットを使いましょう」という意図が感じられます。
おそらくEU-ETSが検証されたプログラムということなのでしょうが、前回述べた通り炭素クレジットに良いも悪いもなく、本質的には同じものです。EU-ETSは過大な無償排出枠という抜け道がありますし、国連自身に対しても炭素クレジットによるオフセットの欺瞞が指摘されています。
筆者はたびたび炭素クレジット利用によるカーボンオフセットはグリーンウォッシュと指摘してきました。
J-クレジットや昨今流行りの非化石証書は、過去のCO2削減実績や過去に発電された非化石燃料由来の電気が持っている環境価値を買うものであって、追加的なCO2削減効果は1グラムもなく、また1kWhも再エネ電力を生み出しません。
(中略)
仮に、この記事を読んで脱炭素に貢献できるのだと思い込んで環境価値を購入した企業が、後になってNGOなどから「CO2排出の免罪符!」「グリーンウォッシュ!」と糾弾されたとしたら、この記者や出版社はどう反応するのでしょう。
「気合い」の脱炭素宣言は終焉を迎える-企業はCOP27で潮目が変わったことを認識すべき-(2023年1月13日付国際環境経済研究所)
2050年脱炭素や2030年CO2半減などの宣言を行っている場合に、スコープ1、2だけでなく3まで含め毎年の目標と白地のない削減計画がクレジットの購入なしに積み上がっていないとしたら、今後グリーンウォッシュと指弾される可能性が出てきました(こんな計画を立てられる企業はほとんど存在しません。まさに野心的)。
今回、EUがまったく同じ動きを始めてしまいました。EU域内の規制とはいえ、この流れはいずれ日本企業にも影響します。
2026年からクレジット利用にもとづくカーボンニュートラル主張が禁止されるのに、日本では2023年の改正省エネ法で国がクレジット利用を推奨し、2023年10月11日にカーボンクレジット市場が開設され、2025年からは東京都が中小事業者にも脱炭素条例を拡大しようとしています。クレジット利用を急拡大させた後、2026年以降に「カーボンニュートラル」という表現が使えなくなったら産業界は大混乱に陥ります。
企業側も、国や都が認めているから大丈夫、どんどん利用すればよい、などと考えるのは思考停止ではないでしょうか。炭素クレジット利用によるカーボンオフセットはグリーンウォッシュなのです。2023年がグリーンウォッシュ元年にならないことを願います。
■

関連記事
-
日本の化石燃料輸入金額が2023年度には26兆円に上った(図1)。これによって「国富が流出しているので化石燃料輸入を減らすべきだ、そのために太陽光発電や風力発電の導入が必要だ」、という意見を散見するようになった。 だがこ
-
トランプ前大統領とハリス副大統領の討論会が9月10日に開催される。大統領選に向けた支持率調査によると、民主党の大統領候補であるハリス副大統領が42%、共和党候補のトランプ前大統領が37%で、ハリス氏がリードを広げていると
-
IPCCの報告がこの8月に出た。これは第1部会報告と呼ばれるもので、地球温暖化の科学的知見についてまとめたものだ。何度かに分けて、気になった論点をまとめてゆこう。 以前、「IPCC報告の論点③:熱すぎるモデル予測はゴミ箱
-
監督:太田洋昭 製作:フィルムボイス 2016年 東日本大震災、福島第一原子力発電所事故から5年間が過ぎた。表向きは停電も電力不足もないが、エネルギーをめぐるさまざまな問題は解決していない。現実のトラブルから一歩離れ、広
-
高速増殖炉「もんじゅ」の廃炉決定を受けて、7日に政府の「高速炉開発会議」の初会合が開かれた。議長の世耕弘成経済産業相は冒頭で「高速炉の開発は必要不可欠だ」と述べた。これは高速増殖炉(FBR)に限らず広く高速炉(FR)を開
-
2023年8月22日付アゴラ記事「ガソリン補助金が9月以降も延長 岸田首相の「ガソリンポピュリズム」」より。 岸田首相は、エネルギー価格を抑制している補助金が9月以降なくなることに対する「物価が上がる」という苦情を受け、
-
沸騰水型原子炉(BWR)における原子炉の減圧過程に関する重要な物理現象とその解析上の扱いについて、事故調査や安全審査で見落としがあるとして、昨年8月に実証的な確認の必要性を寄稿しました。しかし、その後も実証的な確認は行わ
-
私は東京23区の西側、稲城市という所に住んでいる。この土地は震災前から現在に到るまで空間線量率に目立った変化は無いので、現在の科学的知見に照らし合わせる限りにおいて、この土地での育児において福島原発事故に由来するリスクは、子供たちを取り巻く様々なリスクの中ではごく小さなものと私は考えている。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間