COP28の結果と評価

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12月にドバイで開催されたCOP28はパリ協定発効後、最初のグローバル・ストックテイクが行われる「節目のCOP」であった。
グローバル・ストックテイクは、パリ協定の目標達成に向けた世界全体での実施状況をレビューし、目標達成に向けた進捗を評価する仕組みであり、その評価結果は、次期国別目標(NDC)や今後の途上国支援を強化するためのインプットとなる。
削減経路は「認識」対象
先進国は1.5℃目標、2050年全球カーボンニュートラルを実現するため、IPCC第6次評価報告書に盛り込まれた「2025年ピークアウト、2030年全球43%削減、2035年全球60%削減」という数値がグローバル・ストックテイクに反映されることを強く主張した。1.5℃目標の実現に決定的な影響力を有する中国、インドを中心とする新興国に対して大幅な目標引き上げを促すためである。
採択された文書注1)には1.5℃目標を達成するためには2025年ピークアウト、2035年全球▲60%が必要との文言が書き込まれた(パラ26,27)。更に2025年に提出される次期NDCにおいては1.5℃目標に沿ったものを提示することが促された(パラ47)。
しかし、これによって世界が1.5℃目標と整合的な排出経路に行くとは思われない。IPCC報告書に記載された2025年ピークアウト、2035年▲60%といった数値は「世界的なモデル化経路と仮定に基づくもの」と位置付けられ、「認識(recognize)」対象でしかない。更に2025年ピークアウトについては「この期間内に全ての国でピークに達することを意味するものではなく、ピークに達するまでの期間は、持続可能な開発、貧困撲滅の必要性、衡平性により形成され、各国の異なる状況に沿ったものである」との留保条件が付いている。
次期NDCについても「各国が決定するとの性格を再確認し」「異なる国情を考慮し」という点が強調されている。これらの留保条件を考えると、中国、インドが2025年ピークアウトや2035年▲60%といった目標を出す可能性はゼロである。むしろ新興国・途上国は「世界全体で2025年ピークアウト、2035年▲60%を目指すならば、先進国は更なる深掘りをして途上国に炭素スペースを与え、途上国に対する資金援助を大幅に拡大すべきだ」との主張を強めるだろう。
「化石燃料の段階的廃止」ではなく「化石燃料からの移行」
COP28で最大の論点になったのは化石燃料の取扱いであった。欧米諸国、島嶼国が「1.5℃目標を達成するためには化石燃料の段階的撤廃(フェーズアウト)が不可欠」と主張したのに対し、サウジアラビア、ロシア等が「我々が目指すべきはCO2排出であり、化石燃料狙い撃ちはおかしい」と強く反発し、交渉は最後までもめた。
最終的に合意された決定文書(パラ28)では、「1.5℃の道筋に沿って温室効果ガス排出量を深く、迅速かつ持続的に削減する必要性を認識し、パリ協定とそれぞれの国情、道筋、アプローチを考慮し、国ごとに決定された方法で、以下の世界的な取り組みに貢献するよう締約国に求める」との柱書の下、8項目の取り組みが列挙され、化石燃料については「科学に沿った形で2050年までに正味ゼロを達成すべく、この10年間で行動を加速させ、公正、秩序ある、衡平な方法でエネルギーシステムにおいて化石燃料から移行(transition away from fossil fuels))という表現になった。
その他、「2030年までに世界の再エネ設備容量3倍、エネルギー効率改善2倍」、「再エネ、原子力、CCS、低炭素水素製造等のゼロ・低排出技術加速」等が盛り込まれている。更にエネルギー安全保障に配慮しつつ、エネルギー移行を進めるための「移行燃料」(天然ガス等)の役割も明記された(パラ29)。
「化石燃料からの移行」がCOP決定に書かれるのは歴史上初であるが、原子力、CCS、天然ガスがポジティブな意味で言及されるのも初めてである。マスコミ報道とは裏腹に、全体としてみれば「化石燃料からの移行」だけが突出しているわけではない。むしろ、各国の国情を踏まえた選択を認める意味で、広島サミット等で日本が主張してきた「多様な道筋」の考え方に沿ったものと言える。
地政学的な視点が必要
しかし今回の合意の地政学的意味合いは複雑だ。再エネ設備容量3倍増という世界目標は太陽光パネル、風力、蓄電池等に高いシェアを占める中国が利益を得ることに直結する。クリーンエネルギー技術に不可欠な重要鉱物における中国の支配力を考えれば、石油の中東依存、ガスのロシア依存と同様の経済安全保障上のリスクをもたらしかねない。
COP28を席巻した化石燃料フェーズアウト論は8割を化石燃料に依存する世界のエネルギー供給の現実を無視するものであった。これに強く反発するOPEC、中東産油国はロシアとの連携を強めており、イスラエル・ハマス戦争も相まって欧米諸国に対する不信感を強めた可能性は大きい。
12月初頭にプーチン大統領がサウジアラビア、UAEを訪問したことは欧米と中東諸国の関係にくさびを打つことも一つの目的であっただろう。ロシアから石油、天然ガスを陸上パイプラインで調達している中国も中東への関与を強めている。化石燃料フェーズアウト論に強硬に反対するサウジ、ロシアの背後に回って彼らを側面支援していたに違いない。
温室効果ガス削減が至高の目的となり、環境NGOの声が会場を席巻するCOPにおいてこうした地政学的意味合いが十分考慮されていたとは思われない。
歴史的合意には巨額のコストがかかる
また野心的な緩和目標やエネルギー転換目標は巨額な資金ニーズと表裏一体であることを忘れてはならない。
決定文書には「途上国の資金ニーズは2030年以前の期間で5.8~5.9兆ドル」(パラ67)、「2050年までにネットゼロ排出量に達するためには、2030年までに年間約4兆3,000億ドル、その後2050年まで年間5兆米ドルをクリーンエネルギーに投資することが必要」、(パラ68)「途上国、特に公正かつ衡平な方法での移行を支援するため、新規の追加的な無償資金、譲許性の高い資金、非債務手段を拡大すること極めて重要」(パラ69)等が盛り込まれている。
換言すれば、1.5℃目標に必要な排出経路やエネルギー転換を実現するためには巨額な請求書が回ってくるということであり、これらの金額が動員されなければ、途上国の排出削減は期待できないということだ。現実には先進国の途上国支援は現行目標1000億ドルにも達していない状況である。
会議中、複数の途上国から「先進国は途上国に対して(脱化石燃料等)あれこれ追加的な制約を課そうとしているが、それに必要な資金援助を出していない」とのフラストレーションが表明されたが、残念ながらこの指摘は相当程度当たっている。
1.5℃目標の呪縛
このように「歴史的合意」とされ、「1.5℃目標を射程に」入れたグローバル・ストックテイク決定文書に盛り込まれた削減数値、エネルギー転換目標、資金ニーズは野心的であるが、実現可能性は極めて低い。
2021年のグラスゴー気候合意において1.5℃目標が世界のデファクトスタンダードとなったが、2030年までに2010年比▲45%が必要と明記されているのと裏腹に、2021年、2022年、2023年と3年連続で世界の排出量は最高値を更新し続けている。
率直に言えば、1.5℃目標は実質的に「死んでいる」に等しいのだが、誰もそれを口にすることをしないまま、ますます非現実的な緩和目標と資金需要を掲げ、「1.5℃目標は射程にある」と強弁しているに等しい。現実を無視した理想論が跋扈するCOPプロセスは果たして持続可能なのだろうか?
注1)https://unfccc.int/sites/default/files/resource/cma2023_L17E.pdf

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