ドイツを揺るがすタウルスミサイル供与問題と情報漏洩の衝撃
ロシアによるドイツ国防軍傍受事件
3月2日の朝、ロシアの国営通信社RIAノーボスチが、ドイツ国防軍の会議を傍受したとして、5分間の録音を公開した。1人の中将と他3人の将校が、巡航ミサイル「タウルス」のウクライナでの展開について話し合っているもので、私も一部を聞いたが、音声は鮮明だった。もちろん、ドイツは上を下への大騒ぎになった。
同日の14時42分、RIAノーボスチは同じものを今度は38分間公開し、これにより会議の内容が詳しく漏れた。その後1時間もしないうちに、ドイツ国防省が沈黙を破り、ロシアに軍の会議を傍聴された可能性を発表。同夜8時のニュースではアナウンサーが、録音はおそらく本物であると言った。
録音は、2月19日にオンラインで行われた会議のもので、使われたソフトは米シスコ社のWebEx。ただ、これは国防軍のオンライン会議に使えるほど安全性が保証されているわけではないという。しかも、4人のうちの一人はシンガポールのホテルから会議に参加しており、漏れたのはここからと推察された。
タウルスミサイルと政治的葛藤
「タウルス」とは何か? ウクライナ戦争がなければ、私は、タウルスがミサイルの名前であることさえ知らないままに一生を終えていたに違いない。
タウルスとは巡航ミサイルで、巡航ミサイルというのは、戦闘機から落とされた後、自分で勝手に目標に向かって飛んで行って、それを破壊するのだそうだ。タウルスはドイツとスウェーデンが共同開発した優れ物で、戦闘機を離れた後、自分で500kmも飛べる。
ウクライナがこれをすでに昨年の初め頃から欲しがっていたが、ドイツ政府はガンとして首を縦に振らなかった。いや、正確に言えば、突っぱねていたのはショルツ首相で、その理由は、「ウクライナがドイツの供与したミサイルでロシアの重要施設を攻撃したりすれば、ロシアがそれをドイツからの宣戦布告と受け取りかねない」という真っ当なもの。ドイツは戦争の当事国になるわけにはいかない。つまり、タウルスのウクライナ供与など絶対にあり得ないというのがショルツ首相の考えだった。
ところが、CDU(キリスト教民主同盟)、緑の党、自民党は、タウルス供与によってドイツが戦争に引き摺り込まれるリスクなど無視し、頑強に供与を主張し続けていた。
CDUに関して言えば、彼らは野党の習性として、とにかくショルツ首相を追い詰めるためにタウルス供与を主張していたに過ぎないのだろうが、わからないのは連立与党である緑の党と自民党だ。特にこれまで平和主義を唱えていた緑の党が、一番熱心に声を張り上げ、ショルツ首相にタウルス供与を迫った。しかも、これで戦況が大きくチェンジする可能性など一切ないと言われているにもかかわらず、である。
ショルツ政権というのは、成立してから2年余り、常に党内の意見がまとまらないことが特徴で、タウルス供与に関してもその例に漏れない。ただ、2月22日、タウルス供与をめぐって国会で採決が行われたときには、いくら何でも、与党の緑の党と自民党が、野党のCDUと結託してショルツ首相に楯突くことはできなかったため、結局、タウルス供与は否決された。ロシアは胸を撫で下ろしたに違いないが、しかし、その後も、緑の党と自民党、そしてCDUのタウルス供与の主張は弱まることがなかった。
情報漏洩とその影響
ただ、ロシアが傍受していた会議は2月19日のものだったので、今、振り返ると、ロシア側はこの“爆弾”をすでに手中に収めながら、ドイツ国会のタウルスに関する採決を傍観していたことになる。こうなると、情報管理が疎かだった国防省の責任もさることながら、追い詰められるのはショルツ首相だ。というのも、タウルス供与を否定していたショルツ首相の横で、軍の将校たちはタウルスをどのように使い、ロシア領内の何を破壊するかについて話し合い、しかも国会では何食わぬ顔で採決が行われていたのだ。
しかも、ショルツ首相がタウルスの供与を拒否していた理由の一つが、タウルスの運用にはドイツの軍人をウクライナに送らなければならないから、というものだったが、この会議の中で将校らは、ドイツの軍人を送らずに、何発のタウルスで、いかにしてロシアとクリミアを結ぶ大橋を破壊できるかなどということも話し合っていた。これでは当然、ショルツ首相は嘘をついていたのかという疑問が浮かんでくる。
案の定、傍受の発表と同時に、ロシアの国営メディアは激しいドイツ叩きを開始した。特徴は、第2次世界大戦時のドイツに対する憎悪を蒸し返すような発言が盛んになされていることで、政府の報道官は「現在のドイツの指導者は、ナチの第三帝国の経験を蒸し返そうとしている。彼らは気が狂ったのか?」と言い放ち、メドヴェジェフ元ロシア大統領は、「永遠の敵ドイツ人は、再び我々の宿敵となった」と述べた。氏はさらに、「これに対して、どのような外交的手段があるのか、私にはわからない」と言っているから、完全な脅しだ。
肝心のショルツ首相は、「深刻な案件なので、慎重に、徹底的に、しかも早急に解明されなければいけない」と言っただけで、あとは音無の構え。ピストリウス国防相は、「これはロシアの情報操作を使ったハイブリッド攻撃だ。こんな謀略に引っ掛ってはいけない」と、私から見ると少しピントの外れた反撃を試みていた。氏によれば、傍受による被害はほとんどないので、「ロシアのせいで我々の大切な将校を更迭することはない」のだそうだ。つまり、ドイツ側の誰にも責任はないということか?
一方、CDUがやおら「ショルツ首相はドイツにとって安全を脅かすリスクだ!」と言い出したのは、何となく他人の褌で相撲を取っているように見える。この党は本当に落ちぶれる一方だ。
ドイツ社会の反応と今後
ところで、ロシアがこの傍受を、このタイミングで発表した目的は何だろう? まず第一に考えられるのは、ドイツ国民に「ロシアはこんなに怒っている。タウルスを送ったりしたら、本当に戦争になる」と思わせることか? あるいは、NATO内でのドイツの信用を失墜させ、最終的にドイツとフランスを引き離す作戦? これらは、マクロン仏大統領がウクライナでの地上戦の可能性をNATOで内密に相談せず、いきなり公の場で発表した理由と同じく、私にはわからない。
ただ、考えられるのは、ロシアが傍受した情報は他にもあるかもしれないことで、この話にはおそらく続きがあるだろう。
なお、最後に笑い話を一つ。大手調査会社Forsaのアンケートによると、回答者の72%はタウルス供与に反対しているという。ただし、緑の党の支持者だけが、唯一、供与に賛成という人が48%にも上り、反対の36%を大きく上回っている。
ところが、「有事の際に武器を持って国のために戦うか」という質問に対して、「絶対に戦わない」と答えたのは、緑の党が61%で一番多かった。いつも思うが、緑の党というのは、モラルで他人を縛ることが得意なわりには、自らのモラルは崩壊している人たちの集まりのようだ。
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