「水素ハイブリッド電車」は本当にCO2フリーか?見えない排出を検証する

「HYBARI」(ひばり)の愛称を持つJR東日本の水素式燃料電池駆動電車
Wikipediaより
JR東日本が2027年度末をめどに、国内初となる水素ハイブリッド電車「HYBARI(ひばり)」の営業運転を鶴見線・南武線で開始すると発表した。
JR東日本の水素ハイブリッド車「HYBARI」、27年度末にも運行 30年から前倒し – 日本経済新聞
1回の充填で約70km走行でき、走行中はCO2を排出せずに発電できるという。地球温暖化対策の象徴的な取り組みとして報じられているが、技術的な視点からもう一段掘り下げてみたい。
「走行時排出ゼロ」の意味
HYBARIは水素を燃料電池に供給し、空気中の酸素と化学反応させて発電する。生成物は水のみで、走行中にCO2は一切出ない。これ自体は事実であり、疑いようがない。
しかし問題は、その水素が「どこから来たか」である。JR東日本の発表資料を確認しても、今回の水素の由来(原料・製造方法)についての明記はなかった。
水素の大半は今も天然ガス由来
現在、世界で流通する水素の9割以上は、天然ガスを水蒸気改質(SMR)して製造される「グレー水素」である。化学反応式(CH₄+2H₂O→CO₂+4H₂)だけを見れば、水素1kgの製造に伴うCO2排出量は理論上5.5kgにとどまる。
しかし実際のプラントでは、
① 原料としてのメタン消費に加え、
② 改質炉を800〜900℃近くまで加熱するための追加燃料の燃焼、
③ プロセス用蒸気の生成、
④ COシフト反応、
⑤ PSAによる水素精製工程
といった一連の周辺工程でもエネルギーが投入されるため、実測ベースでのCO2排出量は1kgあたり9〜12kgに達するとされる。
理論値と実測値のこの差こそが、水蒸気改質が単なる化学反応ではなく、燃焼・熱交換・精製を含む総合的な工業プロセスであることを物語っている。
もし今回のHYBARIの水素もこの一般的な製造方法によるものだとすれば、1回の充填(約20kg、約224Nm³)に必要な水素の製造だけで、約180〜240kgのCO2が上流で発生している計算になる。
天然ガス量で試算すると
化学量論だけで見れば、224Nm³の水素製造に必要なメタンは約56Nm³(約40kg)にとどまる。しかし前述の通り、実際のプラントでは改質炉の加熱や精製工程にも天然ガスが投入されるため、実消費量は理論値の1.5〜2倍程度、約90〜120Nm³に達すると見積もられる。
1回の充填で得られる70kmの走行距離の裏側で、これだけの天然ガスが上流で燃やされている計算になる。
Well-to-Wheelで見なければ意味がない
車両単体の「走行時排出ゼロ」という表現は間違いではない。しかし、水素の製造から輸送・充填までを含めたWell-to-Wheelで評価しなければ、社会全体としての脱炭素効果は判断できない。
IEAやJH2A(水素バリューチェーン推進協議会)も、水素を「製造源」ではなく「炭素集約度」で評価する国際基準づくりを進めており、グレー水素とグリーン水素・ブルー水素を区別せずに「水素=クリーン」と語ることの危うさは、専門家の間でも共有されつつある。
JR東日本自身も、次世代車両では将来的に海外からの輸入水素や国内再エネ由来の水素活用を検討すると発表している。裏を返せば、現時点でのHYBARIの水素はそうした「低炭素水素」ではない可能性が高いということでもある。
技術報道が「CO2排出ゼロ」という一言で完結してしまう前に、その裏側にあるエネルギー収支を正しく伝えることが、脱炭素社会への現実的な一歩になるのではないだろうか。
おわりに
もっとも、こうした検証自体が「CO2排出削減こそが技術の善し悪しを決める」という思考枠の上に成り立っている。水素を燃料とする輸送技術は、エネルギー多様化や資源自給、都市部での大気質改善など、CO2排出量とは別の観点からも評価されうる未来技術のはずである。
あらゆる技術評価がCO2という単一の指標に収斂していくことが、はたして技術と社会にとって健全なことなのか——その問いも、あわせて残しておきたい。
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