核のゴミ vs 資源枯渇:将来世代により重い「ツケ」はどちらか

2025年12月04日 06:40
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エネルギー問題に発言する会 元日立製作所

Trifonov_Evgeniy/iStock

はじめに

本稿では「有機物質地下資源」という聞き慣れない言葉を用いる。これは石油、石炭、天然ガス、シェールオイルなど、一般に「化石燃料」と呼ばれるものを指す。筆者が「化石燃料」という言葉を避けるのは、その名称が燃焼用途(自動車、発電、産業用熱源など)に意識を集中させてしまい、これら有機物質が化学製品・医薬品・電子機器など多様な分野の基本素材として社会を支える極めて重要な資源であることを見落としがちだからである。

そのため、本稿ではこれらを「有機物質地下資源(OMUR:Organic Material Underground Resources)」と呼ぶこととした。

これら貴重な基本素材は、安易な大量燃焼によって急速に消費され、現在では枯渇が懸念される段階にある。石油・天然ガスは約50年、石炭は約130年で枯渇すると試算されている。

現代社会は、エネルギーを得るために有機物質を燃焼させ、その結果、生活必需品の基本素材を自ら食いつぶしている。燃料が枯渇するだけでなく、プラスチック、ビニール、洗剤、多くの医薬品、さらには自動車やスマートフォンの構造材など、生活に不可欠な素材そのものが不足し、生産不能に陥る可能性がある。

現在20歳代の若者が社会の中核となる2030~2050年代は、ちょうど「第7次エネルギー基本計画」の対象期間と重なる。この期間に火力発電・自動車燃料としての有機物質消費を削減できなければ、世界的な資源争奪戦が避けられず、素材価格の高騰・供給不足が若者世代の活躍を大きく阻害する。その先の世代では、状況はさらに深刻となるだろう。

有機物質を基本素材として将来へ残すための方法の一つが原子力発電である。原子力は、燃焼以外の用途がほぼないウランを燃料とするため、社会生活に不可欠な有機素材を消費しない。原子力発電が主要電源として機能すれば、その分だけ有機物質の燃焼量を減らせ、素材用途へ振り向けられる量を増やせる。

一方、原子力には使用済み燃料の再処理で生じる高レベル放射性廃棄物、いわゆる「核のゴミ」の最終処分という問題がある。「将来世代にツケを残すな」という理由で原子力を抑制すれば、逆に有機物質の消費量は増大し、資源枯渇により現代生活はエネルギーと素材の両面で成立しなくなるだろう。これこそ将来世代への最も深刻な「ツケ」である。

本稿では、将来世代に残す二つの「ツケ」

  1. 核のゴミ
  2. 有機物質地下資源の枯渇

のいずれがより深刻か、そしてどちらがどの程度対処可能かを、現実のデータをもとに分析する。

「有機物質地下資源」を取り巻く状況

(1)世界の採掘量と用途
表1 世界の有機物質地下資源の採掘量(=消費量)(2021年)※1)
資源 年間採掘量 備考
石油 41.7億トン/年 約9,000万バレル/日(約1,140万トン/日)
石炭 80億トン/年 採掘量の約50%を中国が占める
天然ガス 4兆m³/年 東京ドーム(124万m³)約320万個分

石油の用途別割合(図1)によれば、燃焼用途が80%(熱源40%、動力源40%)を占め、年間採掘量42億トンのうち約34億トンが燃焼されている。これでは早期の枯渇は避けられない。

図1 石油の用途別消費割合
出典:石油情報センター『石油の用途』

BP統計(2023年)による枯渇推定年数は以下の通りである。(表2)

表2 有機物質地下資源の枯渇までの推定年数(BP統計 2023年)
資源 枯渇までの推定年数
石油 約50年
天然ガス 約53年
石炭 約132年

シェールオイルやその他の新資源の開拓、採掘技術の進歩によって利用可能期間が多少延びる可能性はあるものの、有機物質地下資源は100年足らずで枯渇に至る可能性が高い。

特に大きな割合を占める発電用および自動車用(トラックを含む)燃料については、原子力発電を増やして火力発電を減らし、自動車をEV化して原子力による電力で充電するようにすれば、石油の燃焼消費を大幅に削減できる。

一方、石油のうち化学製品・医薬品・電子機器などの素材用途に振り向けられるのは 約20%、年間約8億トン にとどまる。これらは世界の加工産業の原材料であり、生活必需品を支える基盤である。今後、この素材需要はさらに増えると見込まれるため、石油の燃焼消費を極力抑え、素材用途への配分を増やして供給量を確保する必要がある。

石炭についても、燃焼以外の用途として石炭化学分野への供給があり、ベンゼン・トルエン、アスファルト、リチウムイオン電池の負極材、医薬品・農薬、タイヤ用カーボンブラックなど、多岐にわたる重要素材を生産している。これらの素材用途は石炭消費量全体では少ないものの、不可欠な基本素材である点は変わらない。しかし、大量の燃焼消費によって、石炭の枯渇時期は約130年と見込まれている。

天然ガスは、消費の54%が電力用、35%が都市ガス用(2022年)※2)であり、合計90%が燃焼用途である。そのため枯渇までの期間も短く、推定53年とされている。

以上をまとめると、世界の有機物質地下資源の燃焼消費量は、

  • 石油と石炭で年間約120億トン(34+80=114億トン)、
  • 天然ガスは年間4兆m³、

という膨大な量に達している。

一方、燃焼させず素材用途として使われる有機物質は年間約8億トンに過ぎない。今後拡大する非燃焼用途の需要を賄うためにも、供給力を維持することが極めて重要である。

(2)原子力発電がもたらす節約効果

世界の原子力発電量(2023年)は以下の通り(表3)。

表3 世界の原子力発電・発電量と節約された有機物質地下資源量(2023年)※3)
項目 数値
世界の原子力発電量 2兆5,300億kWh/年
ウラン消費量 8,100トン/年※4)
節約された有機物質(石油換算) 5億トン/年
節約された有機物質(石炭換算) 7.5億トン/年

世界の原子力発電によって節約されている有機物質の燃焼消費量は、石油換算で年間約5億トン、石炭換算で年間約7.5億トン に達する。これらの量が、有機物質地下資源として将来世代に温存されていることになる。

また、世界の原子力発電については、COP28(2023年)でアメリカやUAEが提唱したように、2050年に現在の3倍規模へ増設する 動きが出始めている。公的機関の予測でも、2050年には原子力発電量が4兆4,600億kWh/年(現在の約1.8倍)に拡大すると見込まれている※5)

日本の原子力の節約効果(表4)は以下の通り(2023年)。

表4 日本の原子力発電・発電量と節約された有機物質地下資源量(2023年)※3)
項目 数値
日本の原子力発電量 775億kWh/年
ウラン消費量 250トン/年※4)
節約された有機物質(石油換算) 1,550万トン/年
節約された有機物質(石炭換算) 2,350万トン/年

日本の原子力発電によって節約されている有機物質の燃焼消費量は、石油換算で年間約1,550万トン、石炭換算で年間約2,350万トンに達する。これらの量が、有機物質地下資源として将来世代に温存されていることになる。日本国内で原子力発電の再稼働が進めば、さらに多くの資源を温存することが可能となる。

しかし、現在の日本および世界全体の原子力利用レベルでは、有機物質の燃焼消費量(約120億トン)に対し、原子力による節約量は5~8億トンにとどまり、温存効果はなお小さい。

このまま有機物質地下資源の枯渇が近づけば、世界的な資源争奪戦が生じ、日本が必要な資源を十分に確保できるかが危うくなる。特に、価格が高騰する有機物質を購入できる経済力がなければ、そもそも調達は難しい。その経済力を維持するためには、生成AIやデータセンターを含む産業競争力を保つ必要があり、それを支える基盤は安定した電力供給である。しかも、その電力は有機物質を燃焼させない方法で供給されなければ意味がない。

有機物質地下資源が枯渇に向かう状況で電力の安定確保を図るためには、燃料として他用途に使いにくいウランを最大限活用し、原子力発電を拡大することが最も効果的であり、世界各国もその方向へ進んでいる。

一方で日本では、「将来世代に『核のゴミ』というツケを残してはならない」という意見が根強く、原子力の活用が進まない。しかし、「核のゴミ」を具体的な数字で捉えると、次のようなことがわかる。

(3)「核のゴミ」はどの程度の量か

図2に、原子力発電で消費するウラン量と発生する核分裂生成物(高レベル放射性廃棄物を含む)の関係を示す。

図2 原子力発電で消費するウラン量と発生する核分裂生成物の関係
出典:エネ百科 原子力・エネルギー図面集

ウラン1トンを消費すると、核分裂生成物(以下、高レベル廃棄物等と記す)が3~5%(30~50kg)発生する。きわめて少量である。

表3に示したとおり、世界の原子力発電で年間8,100トンのウランを消費すると、高レベル廃棄物等の発生量は243~405トン/年程度となる。放射線量が高い廃棄物ではあるものの、世界全体で年間数百トン規模であれば、適切な処理・処分方法を構築することで十分に対処可能な物量である。

一方、有機物質を燃焼させた際に発生する廃棄物(二酸化炭素(CO₂)、窒素酸化物、硫黄酸化物など)は桁違いに多く、二酸化炭素だけでも 年間577億トン(2024年)に達する。高レベル廃棄物等の量は、その約1億4,000万分の1にすぎない。

これらのデータが示すのは、原子力発電を活用することで、有機物質地下資源を年間10億トン規模で節約できるという点である。これは、非燃焼用途向け有機物質の年間使用量(約8億トン)に匹敵し、その分を毎年将来世代に温存できることを意味する。

そして、原子力発電によって発生する高レベル廃棄物等は年間数百トン程度にとどまり、人類にとって十分に管理可能な量である。

まとめ

「高レベル放射性廃棄物の影響期間は10万年」という議論があるが、それよりもはるかに近い将来である今後300年を考えると、この期間が「有機物質地下資源が枯渇した300年」となるのか、それとも「有機物質地下資源が存続した300年」となるのかによって、将来社会の姿は大きく異なる。

どのような生活水準が維持されるのか、社会の仕組みがどのような形になるのかを慎重に考える必要がある。

間違いなく言えるのは、どのような将来社会においても、生活物資・医薬品・電子機器を製造するための基本素材が不可欠であるという点である。有機物質以外の材料でこれらを完全に代替できるようになるまで(それが何世紀先になるかは不明だが)、有機物質地下資源を可能な限り残していかなければならない。

そのためには、有機物質を燃焼用途に極力使わずに温存し、どうしても燃焼が必要なエネルギー用途には、他用途に使いにくいウランを用いて発電し、その電力によって動力や高熱、照明を賄うという考え方が重要となる。

将来世代に残す「ツケ」としては、「核のゴミ」よりも有機物質地下資源の食いつぶしや枯渇の方がはるかに深刻である。「有機物質地下資源が枯渇した社会」というツケを将来世代に背負わせることは、可能な限り遅らせるべきである。

2030〜2050年代に社会の中心的役割を担う若者世代をはじめとする将来世代のためにも、「第7次エネルギー基本計画」およびその後の長期計画で有機物質の燃焼消費を削減する施策を確実に実行し、有機物質地下資源を極力温存していくことが極めて重要である。

※1)資源エネルギー庁、 エネルギー白書(2023)
※2)一般社団法人、日本ガス協会「都市ガス・天然ガスとは」
※3)Beautiful Chart社「世界の原子力発電生産量ランキング2000年~2023年」 に基づき計算
※4)100万kW原子力発電所を1年間運転するのに必要なウラン=21トンに基づき計算
※5)国際エネルギー機関(IEA)「2024年版世界エネルギー見通し(WEO 2024)」

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